任務当日
茶髪の鬘を、慣れた手つきで整える。
今回はお義母様に頼んで、目の色も魔法で茶に変えてもらった。
眼鏡をかけたら、流石にクリスティーンとは誰にも気付かれないだろう。
同行するカーターにも、変装してもらう。
貴族間の夜会には滅多に顔を出さないカーターだが、どこかで私と一緒にいる所を見られているかもしれない。
念には念をとお義母様の命令で変装することになったのだが、赤茶長髪の鬘を被り私と同様に眼鏡をかけたカーターは、とってもカッコよかった。
カーターの髪は紺色なのだが、明るい性格のカーターには赤茶色の方が似合うと思う。
因みに眼鏡をかけているのは、本日のターゲット、タブレージ伯爵夫人の好みが眼鏡男性という情報を王太子殿下より頂いたためである。
今、私は城内の夜会会場とは離れた場所にある王太子殿下に用意してもらった部屋で、カーターと共に夫人が現れるのを待っているところである。
ケリエル様は魔法騎士団の方で、色々とお忙しくされているようだ。
本来の夜会では、直接警護の任につくのは騎士団の役目。
ケリエル様率いる魔法騎士団は、離れた場所から重要な場所の結界と不審者の探知をするのが大きな役目となっている。
一応、何においても騎士団と連携して動くことになっているが、何かと王太子殿下が魔法騎士団を重宝してしまうものだから、最近では騎士団が魔法騎士団を敵対視してしまっているそうだ。
だが直接意見するには、団長であるケリエル様が怖過ぎる? と嘆くしかない騎士団が、拗ねてしまって動きが鈍くなっているというのも問題なんだそうだ。
でもそれって、ケリエル様が悪いんじゃないよね。
どちらかというと、王太子殿下の所為?
脳内でハハハハハと高笑いする王太子殿下の姿が浮かんでしまう。
「どうしました、クリス様?緊張されてますか?」
私が王太子殿下の高笑いに耳を塞いでいると、カーターが心配そうにたずねてきた。
今回の件、私を止めなかったことに少しだけ気が咎めているようだ。
「せっかく前向きに頑張ろうとしているクリス様の勇気付けになればと思ったのですが、よく考えてやっぱり怖いと思ったら、遠慮なく言ってくださいね。最悪の場合、俺が頑張ってみますから」
王太子殿下に呼ばれてクラリウスとして登城した夜、カーターが寝る前の挨拶に来た時に、そう告げてきたのだ。
驚きと共に嬉しさが込み上げた。
カーターは本当に、よくできた専属執事だ。
私の気持ちを一番に考えてくれている。
素直に「ありがとう」とお礼を述べる。「でも頑張る」とも伝えてみた。
カーターは嬉しそうに笑うと「一緒に頑張りましょう」と言ってくれたのだ。
今もまた、私の心配をしてくれるカーターに素直な気持ちを伝える。
「ありがとう、カーター。大好きだよ」
「え?」
「ケリエル様の次に。エリオットと同じくらい」
「……あ、そうですか。そうですね。ある意味、良かったです」
何故か顔を隠してしまったカーターを不思議に思いながらも、私はカーターがくれた励ましに勇気づけられる。
フンッと気合を入れていると、扉がノックされた。
現れたのはなんと、ケリエル様。
「遅くなって、すまなかったね。心細かっただろう」
ニッコリ笑ったケリエル様に、頭を撫でられる。
ほっこりした私は、ブンブンと首を横に振る。
「いえ、大丈夫です。それよりも、仕事の方はいいのですか?」
気合を入れていただけで特に緊張もしていなかった私が素直にそう答えると、ケリエル様はなんとも言えない微妙な表情をされた。
ん、何か変なことを言っただろうか?
「あちらは副団長に任せてあるから大丈夫だよ。頼りになる奴だからね」
苦笑して答えてくれるケリエル様に、後ろからカーターがニッコリ微笑む。
「実質、彼の方が団長ですよね。ケリエル様は、いつも外でフラフラされていますから。あたっ」
ポコッと軽い音がした。
軽口をたたくカーターの頭を、ケリエル様が軽く叩いたのだろう。
だが別に怒っているわけではない。
多分カーターの言う通り、実際に副団長が采配を振るう方が多いのだろう。
いつも外でフラフラとは、どう考えても私の呪いのために奔走している行動のことだ。
一度ちゃんと副団長には、謝罪しなくてはいけないなと思う私である。
「ケリエル様は、この後どうするんです? 俺達と夜会に出ますか?」
カーターが今後のケリエル様の行動を確認する。
「クリスのそばに居てあげたいが、私が一緒だと相手が警戒するだろう。姿を隠して、クリスを見守っているよ。大丈夫。何かあれば、すぐに駆け付けるからね」
一緒だとかなり心強いが、ケリエル様は騎士だ。相手はやましいことをしている人間だから、彼の存在には敏感になるだろう。
それでは今回の任務は果たせない。
仕方がないと諦めるが、それでも離れてようとすぐに駆け付けると言ってくれるケリエル様に、私は勇気付けられた。
こんなに守られていて、何もできなかったなんて言える訳がない。
私は新たに与えられた勇気で、もう一度気合を入れる。
絶対にお役に立ちたい。
そうこうしていると、夜会の時間になった。
会場からは音楽が流れだし、私達の部屋の扉をノックしたケリエル様の部下が、タブレージ伯爵夫人の入場を確認したとの知らせを持ってくる。
暫くは、王族の入場や挨拶周りで動く貴族で身動きは取れないだろう。
落ち着いた頃合いを見計らう。
そうしてケリエル様の合図で、私とカーターは会場へと姿を潜り込ませた。
姿絵で見せてもらっていた夫人を探す。
余りにもキョロキョロと見渡してしまったため、カーターから注意を受けた。
冷静に、冷静にと深呼吸をしていると、若い令嬢が三人、近付いてきた。
「あの、私はモリアナ・ボルトイックと申します。失礼ながら、お名前を窺ってもよろしいですか?」
いきなり名前をたずねられ、驚く私が思わず怯むと、すぐにカーターが後ろから背中を支えてくる。
「申しわけありませんが、先約がありますので。失礼」
令嬢達にそう言うと私を捕まえたまま、そそくさとその場を去る。
去ったその先に、今度は年配の夫人に捕まってしまう。
困惑する私に、次から次へと女性達は声をかけてくる。
一体どういうことだろうと考えて、私はふと気が付いた。
そうか。クラリウスは女性受けするんだった。
そして隣には、カッコよく着飾ったカーターもいる。
夫人に声をかけて色々な話をしてもらうため、わざとこの姿をしているというのに、こんなことで怯んでいるわけにはいかない。
女性に声をかけられるのは、当然じゃないか。
私はクルっと振り向くと、女性達に微笑んだ。
「これはこれは、美しいお嬢様方に声をかけていただけるなんて、なんて光栄なことでしょう。私達に興味をもっていただけたのでしょうか?」
そう言って、一番近くにいる女性の手をとる。
「きぃやあぁぁぁ!」
周りにいる女性の奇声に内心耳を押さえたくなりながらも、私はニッコリと笑顔を浮かべたまま気合を入れる。
隣でカーターが白目をむきそうになっているのは、見なかったことにしたいと思う。




