召喚されてしまった
朝一番に王太子殿下の執務室に呼ばれた私は、ムスッとしたまま「なんですか?」と訊いた。
私の機嫌の悪さにキョトンとする王太子殿下。
「なんですか? じゃないだろう。昨日の件、屋敷で侯爵夫人やカーターに話を訊いて来たのではなかったのか?」
「……わざとらしい。クリスと仰ってくださって構いませんよ。どうせ二人きりです」
「ではクリスティーナ嬢は、なんて言っていたのかい? どうして変装して街に出ていたのか、理由を訊きたいな。まさか浮気?」
「王子といえど許せない暴言に、私の魔法が暴走しそうです」
「許せ。私が悪かった」
やはり殿下は昨日のペルの話から、クリスが変装をしていたことに感づいていた。
事件の内容よりも、そちらのほうに興味があるのは見え見えだった。
まあ、事件の内容は街の女性の口から大方漏れていて、新たな証言はないだろうと考えている。
後は当事者の口を割らせれば、昨日の件は終了だ。
次に動くのは、同じように裏で出回っている店がないかを探す作業となる。
「殿下とは仕事の話をするために、ここにいるのです。私の婚約者の変装に、興味をもっている場合じゃないでしょう。昨日の事件の裏取りは、ペルだけで充分です」
抑揚のない声で不必要な会話だと言ってやるが、王太子殿下は片眉を上げて、わざとらしく心配した声をあげる。
「あれ? 夫人にも確認していないのか? それは君にしては珍しい。何かあったのかい?」
「嬉しそうにしないでください。口角が上がってますよ。王太子殿下にお聞かせするような話ではありません」
キッパリと拒否しているにもかかわらず、王太子殿下はますますワクワクさせている。
何故だ?
「それは私が判断する。私は君の話が大好きだからね」
「私情です。ご容赦ください」
「何を今更。散々公私混同してきたクセに。これからも融通してほしかったら、話そうね」
ニッコリ笑うその顔には、黙秘は許さないと書かれている。
思わず本音が口から洩れる。
「……悪趣味」
「あ、王子に暴言吐いたな。これは謝罪の意味も込めて、全て話さないといけないな。仕方がない。聞いてやろう」
「本当、良い性格してますよ」
「お前にだけは言われたくない」
ハア~っと大げさに溜息を吐いてみるが、殿下はニヤニヤと笑うばかり。
私は王太子殿下に面白話を提供している訳ではないのだが。
いつものように引きそうにない殿下に、私は諦めて昨夜の話をしてしまう。
――結論、後悔しかない。
王太子殿下の命により〔クラリウス〕が城に召喚された。
表向きは昨日の騒動の説明をとのことだが、その実は殿下の暇つぶしだ。
暇なのか? 暇なのか? 私は全くもって暇じゃない!
どうにか意識を逸らそうと頑張ってみたのだが、こういう時の王太子殿下に勝てる者はいない。
好奇心だけで動いている殿下に、私は眩暈がする。
クラリウスに付き添ってきたカーターに『何やってんすか、あんた』とジト目を向けられたのは言うまでもない。
『昨日の傷心、まだ引きずってるんですか? 断り切れなかったって、どういうことです? いつもの傍若無人なケリエル様はどこに行ったのですか?』
『……転移魔法を使っていることをちらつかされては、黙るしかないだろう』
『え? もしかしてバレたのですか?』
『バレていたというのが正解だ。もちろん、ハッキリとは口にされていない。だが思いっ切りにおわされて、尚且つ国王陛下は知らないようだとか言われては、どうしようもないだろう。陛下にバレたら私は、王族の管轄に入れられてしまう』
『流石、王太子殿下。ケリエル様を服従させられるのは、あの方だけですね。公に監視されるのと、なんとなく手綱を握られているのとでは違いますからね』
『……嫌な言い方、するなよ』
カーターとヒソヒソ話している横で、クラリウスことクリスは落ち着かないように辺りを見渡している。
それもそうだろう。
クラリウスとして呼ばれ変装しているとしても、まさか男の姿のまま王太子殿下と顔を突き合わす羽目になるとは、思ってもいなかっただろうから。
前のクリスなら、卒倒していたかもしれない状態だ。
しかし、と私は変装したクリスをジッと見る。
茶髪の鬘に眼鏡をかけた、いたってシンプルな変装。
だけど、普段のクリスからは想像できない容姿だ。
クリスは整った美貌ももちろんのことだが、長い金髪と青い瞳は人の視線を集めるのに十分役に立つ色合いである。
その色を隠すことで、まずクリスティーンだとはバレない。
もちろん、女性であるクリスティーナと結びつける者などいないだろう。
だが、顔に眼鏡をかけただけでは隠せない美貌がそのままある。
私は母上の手腕の見事さに、舌を巻くしかなかった。
私はそんなクリスの肩を抱き「大丈夫?」と大丈夫ではないのを知っていて、たずねてしまう。
緊張しているであろう肩は、それほど震えてはいないことにホッとする。
止められなくて申しわけないと謝罪するが、優しいクリスはフルフルと首を横に振る。
「大丈夫です。王太子殿下とは、女性の姿で何度かお会いさせていただいていますから。ただ、クラリウスとしてお話しさせていただいたらいいのか、クリスティーンとしてかクリスティーナとしてか、それがちょっと分からなくて……」
視線を彷徨わすクリスに、私はキョトンとしてしまう。
「えっと、それは、全て君なんだし、殿下はご存知だから普通でいいと思うよ」
「そう、ですね。はい、分かりました。今朝ケリエル様に許可もいただきましたし、私頑張るって決めましたものね。うん、頑張ります」
両手を握りフンスと張り切っているクリスに、私は首を傾げてしまう。
えっと、もしかしてクリスはそれぞれの人物として、使い分けていたのか?
思わずカーターを見ると、カーターも首を横に振っている。
知らない、分からないということだろう。
いつも一緒にいるカーターでも分からないということは、もしかしてクリスの心境に変化が出ているということなのだろうか?
そんな風に悩んでいると、扉がノックされた。
ここは城の、いくつかある来賓室の一室だ。
私の団長室ではサランが執務を頑張っているし、王太子殿下の執務室では落ち着かない。
仕方がないので、誰にも見つからないように人目を避けた部屋を用意させた。
従者が開けた重厚な扉から、にこやかな王太子殿下が片手を上げて入室してくる。
「やあ、よく来てくれたね。どうぞ、楽にして」
私が口を開く前に、クリスがスッと前に出た。
「王太子殿下に置かれましては、ご機嫌麗しく存じます。クラリウスと申します」
笑顔のまま貴族男性の礼をして、流暢に挨拶するクリスに私達はポカンとしてしまう。
えっと、あれ? クリス?
無表情のクリスティーンでもなく、甘えん坊のクリスティーナでもなく、堂々とした振る舞いの青年に、私だけではなくカーターも、王太子殿下も驚いた表情をしている。
それでも王太子殿下はすぐにニコッと笑うと、ソファに座るように勧めて人払いをしてくれた。
「クラリウス、と呼んだ方がいいかな? 本日は昨日の件で、話を聞かせてもらおうと来てもらったのだからね」
「そうですね。そうしていただけると助かります」
ニッコリ笑った王太子殿下はクリスの呼び名を確認して、次にカーターに視線を向けた。
「うん、カーターも楽にしていいよ。久しぶりだね」
「はい、ご無沙汰しております」
従者であるカーターにもソファに座るよう勧めていたが、流石にそんなことはできないとカーターはクリスの後ろに控えている。
実はカーターは王太子殿下と顔馴染みである。
私の元へクリスの報告に頻繁に来ていたカーターが、殿下に興味をもたれて捕まったのだ。
カーターも転移魔法で城に飛んでいたからな。
まあ、今のところはカーターも転移魔法が使えることはバレていないと思うが……殿下のことだから分からない。
「いいな、ケリエルは。楽しそうな人が沢山そばにいて」
二人と一通りの挨拶が終わると、王太子殿下は私に視線を向けてそんなことを言ってきた。
思わず目を細める。
「それを貴方が言いますか?」
「言うよ。まあ、私が一番面白いと思うのはケリエルだけどね」
ニヤニヤ笑ってそう嘯く王太子殿下に、大きな溜息を吐く。
「玩具にしないでください。さっさと要件済ませて、私達を解放してください。私も部下と合流しないといけませんから」
忙しいから暇人の相手はできないと言ってやると、殿下は手をヒラヒラと私に振ってくる。
「うん。それならケリエルは行っていいよ。私はクラリウスとカーターと話をするから」
私はいらないと言う殿下に、殺意が湧く。
どうせ口煩い私を追い出して、クリスに昨夜の出来事を面白おかしく聞き出そうと思っているのだろう。
私が話しをしたのは、かいつまんでの出来事。
きっと、それだけじゃ満足できなかったのだろう。
「マジで魔法、暴走させますよ」
「うん、ごめん。クラリウスがカッコよすぎて」
「あ、暴走する」
「子供が生まれるみたいに言わないで」
脅しがきいたのか、やっと王太子殿下が本件を話し始めた。




