甘々な仲直り
「というわけで、クリス様の力が必要なのですが朝食後で構わないので、談話室に来てはいただけませんでしょうか?」
昨夜、初めてケリエル様と喧嘩してそのまま不貞腐れて寝てしまった私に、朝の挨拶と共にそんなお願いをしてくるカーター。
というわけでって、どういうわけ?
滅茶苦茶端折られて説明された内容は、首を傾げるものだった。
私が暴れて部屋に逃げ込んでしまった後、ケリエル様とお義母様が言い合いになってしまったらしい。
そこでケリエル様は、私を守りきれていなかったことに今更ながら気が付き、自己嫌悪し、そのまま放心したまま朝を迎えたそうだ。
「ケリエル様は、ずっと私を守って支えてくれていたわ。どうしたら、そんな考えになるの?」
「恋する男の思考なんて知りませんよ。とりあえず、ご自分でご確認くだい。別人かと思われますよ」
「?」
よく分からないが、正直今朝は会いにくい。
会いにくいが、このまま放っておくことなんて絶対にできない。
私はとりあえず離れた場所から様子を見ようと、朝食の前に談話室に急いでみた。
すると、そこには魂が抜かれたような生気のない顔のケリエル様が、ぐったりとソファに座り込んでいたのだ。
「ケリエル様⁉」
私は会いにくいと躊躇していたこともすっかり忘れて、ケリエル様のそばまで走り寄る。
ソファに手をつき顔を覗き込んでみるが、全く反応がない。
「カーター、ケリエル様どうしたの? お医師様には診てもらったの?」
扉に振り返り、一緒に来ていたカーターにケリエル様の状況をたずねる。
「だから、医師に診せてもどうにもなりませんよ。ただ単にクリス様に嫌われたと落ち込み過ぎて、自信をなくされ、放心されているだけです。治せるのはクリス様だけですので、責任取って元に戻してくださいね」
「え?」
カーターの言葉に、私は一瞬キョトンとなるが、すぐにケリエル様を振り返る。
まさか、昨夜からずっとこのままなの?
私が反論した所為で、ケリエル様が落ち込んでこんな風になってしまっというの?
えっと……マジで?
私はケリエル様の虚ろな瞳を見つめる。
こんな風に虚脱する彼を見たのは初めてのことだった。
いつも優しいケリエル様をこんな風にしたのが自分だなんて……。
「……ケリエル様」
私は彼の手に、そっと触れてみる。
すると、ピクリと反応した。
ケリエル様の大きな手は、私の手では包み切れないけれど、冷たい手を温めるように握り込んでみる。
「ケリエル様、私、ケリエル様を嫌いになるなんてこと、できませんよ」
ピクッ!
「ケリエル様は昔から今も、ずっと私の一番大好きな人です」
ピクピクッ!
「昨夜はごめんなさい。ケリエル様に反論する気はなかったんです。心配してくれているのは十分、分かっていますから」
ピクピクピクッ!
「でも本音を言えば、ちょっとだけ悲しかったです。何もできない私だけど、何もしなくていいと言われるのは、私に何も期待していないからじゃないのかと。私はどんな姿でもいいと仰ってくださったケリエル様のそばにいたいのです。そのためには、せめて自分に自信が持てるようになりたい。だから、勇気を出してケリエル様の隣に相応しい自分になるために頑張りたいのです。それが私にとって人と接して、知らない物を知るなどの経験を積むことだと思ったのです」
一旦言葉を切り、ジッとケリエル様を見つめていると、その瞳に光が灯り、顔に赤みが戻ってくる。
ちゃんと言葉が届いているのだと分かった私は、ギュッと握っていた手に力を込める。
「……それでも、ケリエル様がいないと外出してはいけないでしょうか?」
悲しげにそう伝えると、クルリとこちらを向いたケリエル様のお顔は、いつもの優しい微笑に満たされていた。
「ごめんね、クリス。私はどうやら間違っていたらしい。君を閉じ込めて守っていた気になっていたようだ」
「ケリエル様は間違ってなどいません。私はケリエル様の腕の中が一番安全だと知っています。けれど、どうして自分がケリエル様に選んでいただけたのか知りたいのです。このままでは何もできない私は、自分を卑下するばかりですから。ちゃんと自信を持ってケリエル様の求婚を受け入れたい……です」
勢い込んでケリエル様に自分の主張をしていたのだが、大好きだとか選ばれたとか求婚を受け入れたいとか言っていたことに、急に我に返った私は一気に恥ずかしくなってしまった。
そのまま、かぁ~っと顔を赤らめ握っていた手を引っ込めようとしたのだが、反対にその手をギュッと握り込まれてしまった。
「あ、あの、ケリエル様、手を……」
「嬉しいよ、クリス。ちゃんと前向きに私との婚姻を考えてくれていたんだね。うん、分かった。そういうことなら君が自身を持てるように、私もできるだけの協力をしよう。なんでも言って。私は君のためなら、なんでもするよ」
キラキラといつもの眩しい笑顔で頷くケリエル様は、またもや自分も手伝うと言ってきてくれた。
どうしてケリエル様は、私のために自分も動こうとするのだろうか?
私はこれ以上、ケリエル様の手を煩わせたくないと言っているのに。
私は少しだけ口調を強めてみることにした。
「そういうことでは、ないのです。私は自分で、自分に自信が持てるようになりたいだけなんです。ですから少しだけ、思いのままに行動する許可がいただければ、それだけでいいのです」
するとケリエル様はキョトンとした表情をした後、少しだけ眉を八の字にした。
「……分かった。ただし、カーターだけは常にそばにおいてね。絶対に一人で行動しないこと。それだけは、約束してほしい」
「はい。もちろんです。ありがとうございます」
やっと気持ちが伝わりホッとした私は、満面の笑みでお礼を言った。
ケリエル様は苦笑したが、それでも私の頭を撫でてくれた。
良かった。これでケリエル様に迷惑をかけないで頑張ることができる。
やっぱり勇気を出して良かったと、私はケリエル様の優しさに身を委ねるのだった。
ケリエル様と仲直りができた後、一緒に朝食をとろうとソファから腰を上げた途端、従者がケリエル様を呼びに来た。
お忙しいケリエル様は、仕事に向かわなくてはいけない時間になったようだ。
一睡もできていないのに体は大丈夫かと心配するも、回復薬を飲むから大丈夫と言って優しく私を抱きしめて、ケリエル様は城に向かってしまわれた。
ちょっと寂しく感じていた私にお義母様が「今日はどうする、クリス? ケリエルの許可はおりたのでしょう。また街にでも行く?」とたずねてきた。
私が答えるより先に、カーターが待ったをかける。
「流石に昨日、あんな事件に遭遇した後です。ケリエル様は自信を持つために行動することは許可されましたが、騒動に巻き込まれそうな場所に行くことは許可されていないと思いますよ。今日一日だけは外出は控えましょう」
しっかりとした正論で返された。
うん、私だってそれぐらいは分かってます。
流石に今日は家でジッとしていますよ。
そう言うとカーターは安堵して、お義母様とお義父様が「「つまんなぁ~い」」と拗ねている。
え、お義父様も?
「私もたまにはそんな騒動に巻き込まれてみたいのだが、一回も出くわしたことがないからな。以前のミレニアム様の時も面白そうだったのに」
片目を瞑られそう仰られても、私も好きで騒動に巻き込まれている訳ではないのですから。
ちょっとジト目でお義父様を見つめてしまう。
「では、仕方がないから領地の仕事でもするかな。クリス、手伝ってくれるかい?」
「はい、喜んで」
そうして私は、お義父様の後ろに続いて執務室に向かう。
残された部屋ではお義母様とカーターが「昨日の件、結局ケリエルに詳しく訊かれた?」「いえ、それどころじゃなかったでしょう」と話していた。
そういえばケリエル様は私と喧嘩した後、放心してしまって何もできないでいた。
ではもしかしたら今夜もまた帰ってきてくれるかなと、私は期待に胸を弾ませ、お義父様と仕事を頑張ることにしたのだった。




