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呪われた性別不明の令嬢ですが、知らぬ間に溺愛されていたようです  作者: 白まゆら


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変装してお出掛け

 王都のはずれにある、豪華な劇場を仰ぎ見て、私は唖然とする。

 中心街から離れていると聞いて、勝手に貴族が少ない小規模な劇場と想像していた私は、馬車の中で後悔して俯いてしまった。

 ひっきりなしにやって来る馬車が収納できるほどの敷地を確保してあるこの劇場は、高位貴族専用の個室もちゃんと設置されているのが分かる。

 美しく煌びやかな劇場の客は、庶民よりも貴族の方が多いだろう。

 ついキョロキョロと辺りを見回して、見知った顔がいないかを確認してしまう。


「そんなにオドオドしていたら、逆に怪しまれますよ。堂々としていてください。誰もクリスティーン様だとは気付きませんから」

「そうよ。素敵な殿方がいると注目を浴びるかもしれないけど、クリスティーンだとは思わないから大丈夫」

 二人の基準がクリスティーンであるかどうかだけに絞られていることに、私は半眼になる。

「お義母様がイブニーズル侯爵夫人だということは、気付かれてしまいますよ」

「あら、私も変装すれば良かったのかしら? でもせっかくの機会だし、もったいないわ」

 何がもったいないのだろう?

 私はお義母様の醜聞が流れないように、私と時間差で入ろうと申し出たのだが、それも却下されてしまった。

 私の心配をよそに、お義母様はこの状況を目いっぱい楽しんでおられるようだ。

 お義母様ってこういう人だったっけ?


「さあ、覚悟を決めてください、クリス様。いえ、クラリウス様」

 私の偽名を呼び、馬車から降りるように促すカーター。

 仕方なく、私はカーターの後を続いて降り立った。

 すると一斉に注目を浴びる。

 目立たないよう襟足長めの茶色の鬘を被り、眼鏡をかけ、紺色の服を着こんでいる。

 派手な色合いはないと思うのだが、何故か人の視線を集める私に、お義母様が馬車の中からエスコートをお願いしてくる。

 私はすぐにお義母様の手を取った。

 十年もの長い歳月を男として過ごしていた私は、引きこもりをしていたとしても一応、男性のマナーが体に染みついている。

 エスコートも自然とできてしまうのが、怖いところだ。

 お義母様が私の手を取り、しゃなりと降り立つ。


 私は人目を気にしながらも、何食わぬ顔でお義母様とカーターと共に劇場に足を踏み入れた。

 すると周囲から、キャーっという小さな悲鳴が聞こえてくる。

 クリスティーンとはバレていないと思うけれど、どこかおかしいのだろうか?

 私達が歩くたびに周囲は動きを止め、ジッとこちらを眺めてくる。

 皆、一様に顔が赤い、

 出入り口で固まっていると危ないと思い、お義母様の負担にならない程度に急いで前に進むのだが、周囲も私達にそってゆっくり歩いて行くのが分かる。

 私はカーターに「何がおかしいところある? 皆こちらを見ているように感じるのだけど……」と訊いてみたが「クラリウス様が美しいからでしょう」と揶揄われた。

 周囲のざわめきが一層増すにつれて、意味の分からない私は無表情になっていく。

 するとお義母様が「そうすると、クリスティーンみたいだからおやめなさいな」と仰ったので、慌ててニコリと微笑んだ。

 何故か、ますます悲鳴が大きくなった。

 クスクスとお義母様とカーターが笑う。

 もう、どうしたらいいのか分からないよ。


 すると入口の方からキャッという短い悲鳴と共に「何してるんだ。邪魔だ」と言う叫び声が聞こえてきた。

 驚いてそちらを振り向くと、四人の貴族らしい若い男女が周囲を蹴散らし歩いて来る姿が見えた。

 ズンズンと先を行く姿に自然と場所を開けようとする周囲だが、ちょうど私達がいた場所は狭くなっていて、避けにくくなっていた。

 それでも進んでくる彼らに、近くにいた女性が二人、アッと言って倒れてしまった。

 彼らに押されたのだろう。

 怪我はないようだが、倒れたことに恥ずかしいのか顔が真っ赤になっている。

 そんな女性二人に彼らは「何、床に座り込んでるんだ? さっさとどけよ」と怒鳴りつける。

 ひっ! と身をすくませる女性のそばに、私は慌てて駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

 私が膝をついて手を差し伸べると、彼女達はポカ~ンと口を開け、私の差し出した手と顔を見比べて「ひえぇ」と尻もちをついてしまった。

 女性二人は庶民の身なりだから、貴族男性に手を差し出されて驚いてしまったのかもしれない。

 それでも、いつまでも床に座っていてはいけないと、私は半ば強引に腕を掴んで立たせた。

 その様子に割り込んで来た男女が話しかけてきた。


「え、やだ。この人凄く綺麗じゃない⁉」

「は? 服装からして男だよな。お前ここの役者か?」

 興味津々で私の顔を覗き込んでくる彼らに、怯えよりも怒りが湧く。

 人を押しといてなんだ、その態度は? と私がムッと眉間に皺を寄せたところで、カーターに後ろへと引っ張られた。

「はいはい。こんな所で立ち止まっていたら、通行の妨げになりますよ。クラリウス様、奥様のエスコートお願いします」

 そう言って、私をお義母様の方へと押しやった。

「なんだ、お前? 俺がわざわざ話しかけてやってるのに、無視して行こうとするとは客に対して失礼だろう」

 四人のうちの一人の男性が、カーターに絡んでくる。

 まるでゴロツキだ。

 四人の男女の身なりは、悪くない。

 下位貴族か裕福な商人の家の者といった風情だろう。

 年のころは二・三十代と決して若くないはずだか、行動が幼過ぎる。


 そんな男を一瞥して、何も言わずにその場を去ろうとするカーターに男性は「おい!」と言って、肩を掴んだ。

 その途端、男性の周囲にだけブワッと風が舞い上がる。

 驚いた男性が肩を離すと、カーターは「やだなぁ、気やすく触れないでくださいよ」とニッコリ笑った。

「……お前、魔法使いか?」

 男性が驚きに目を開く中で、お義母様がその男性に向かって声をかける。

「貴方、確かバーボンドリュー男爵のご子息だったわね」

「なんだ、偉そうに。お前、俺が男爵家の者だと分かっていて、そんな口を叩いているのか?」

「貴方は私が誰か分からないようね。騎士団にも所属していたのに、素行が悪くて辞めたと聞いてはいたけれど、今はこんな所で喧嘩を売っているの? 困った人」

「は? 何言って……って、まさかその黒髪……イブニーズル侯爵の、奥方⁉」

「はい、正解」

「ひいぃぃぃ~~~!」

 ニッコリ笑うお義母様に、ガバッと土下座する男性。

「どうか、どうか、このことは侯爵にはご内密に。どうか!」

「ちょっと、何やってんのよ⁉」

「そうよ、こんな所で恥ずかしい!」

「おい、そいつ誰なんだよ?」

 三人の仲間がいきなり土下座するリーダー格の男性に後ろから文句を言うが、お義母様にバーボンドリュー男爵の子息だと言い当てられた男性は「お前らも謝れ、早く!」と叫ぶだけで、顔を上げようとしない。


「フフフ、男爵のご子息がこんなやんちゃをしているなんて私、知らなかったわ。男爵はご存知なのかしら?」

「あ、あの、申しわけありません。父には、父上には内緒にしてください!」

「いいわよ、と言いたいところだけど、私一人の口を塞いでもねぇ……」

 チラリと周囲を見るお義母様に気付いた男性は慌てて顔を上げるが、周囲の冷ややかな視線とかち合うだけ。

 そこで初めて男性は周囲に自分以外の貴族がいることを知ったのか、はたまた身バレしないと高を括っていたのか、顔を青ざめさせた。

 王都から離れた劇場だから、私と同じで平民しかいないと思っていたのかもしれない。


「皆様、そのような場所でどうされたのですか? もう少しで開幕の時間になります。お早くお席にお願いします。ああ、イブニーズル侯爵夫人、このような所においででしたか。ようこそおいでくださいました。特別席へご案内いたします。どうぞ、こちらへ」

 前方から劇場の支配人らしき人物が、慌ててこちらへ走って来る。

 支配人はチラリと床に跪いている男性を見たが、気にした様子もなくお義母様に駆け寄って、案内を申し出た。

「あらあら、大変。せっかくのお芝居が見られなくてはもったいないですわ。皆様もお急ぎくださいまし」

 ニッコリ周囲に微笑むお義母様に、軽い会釈をして動き出す周囲。

 その中で先程倒れた女性二人がお礼を言って来たのでニコリと微笑み返したのだが、キャーっと言って逃げるように立ち去ってしまった。

 結局お義母様は身元を大っぴらにあかし、カーターは軽く魔法を使ってしまい、私はクリスティーンだと気付かれなかったものの、妙な悲鳴を上げられるという奇妙な体験をしたのだった。

 帰り際、支配人に挨拶されている私達の横を小さくなって帰っていく男女四人の姿を目にしたが、最後まで見られたようなら良かったよ。

 お芝居、面白かったしね。

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