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叶った夢

 数秒後、再び働きだした頭で今の状況を確認する。

 目の前のケリエル様は、なんて言ったのかしら?

 婚約者? いやいや、まさか。そんな夢のような単語は発していない。何かの聞き間違いだ。例えば、例えば、例えば……なんだ?

 明らかに婚約者と言われた気はするが、いや、でも、まさか……。


 私があんぐりと口を開けたままケリエル様を凝視していると、後ろからカーターに「淑女として、絶対にしてはいけない表情をされています」と指摘された。

 はっ、まずい。

 パッと俯くが、時すでに遅し。しっかりと見られた。

 私が内心、慌てふためいていると、ケリエル様が困った表情をされた。

「参ったなぁ。……そんなに、嫌だった?」

「そんなこと、ありません!」

 私が嫌がっていると勘違いしたケリエル様の言葉に、私は勢いよく反論する。

「嫌なはずがありません。むしろ光栄です。嬉しいです」

「そう? 良かった。うん、私も嬉しいよ」

 ニッコリと笑うケリエル様につられて、私も微笑を返す。

 いや、待て待て待て。


「ケリエル様は、それでいいのですか? 私なんかと婚約だなんて。大人のケリエル様には私のようなガサツな者よりも、もっと洗練された素敵な淑女がお似合いなのでは……」

 あ、自分で言ってて泣きそうになる。


 幼い頃から、ずっとケリエル様を見続けてきた。

 男の姿になって諦めないといけないと分かっていても、婚約者を持たないケリエル様にホッとしていた。

 だけど、どんなに想っても私が彼の隣に立つことなど一生ないのだと、どこかで感じてもいた。

 それは男の姿じゃなくて、女であっても。

 だってケリエル様にとって、私はただの妹なのだから。

 赤子の時から私の世話をしてくれていたケリエル様は、私を女としては見られないのだろう。

 いつも優しく穏やかで平気で距離を縮めてくるのも、私を恋愛対象として見ていない証拠なんだと思う。

 世話焼きのケリエル様は、妹の私を放っておけずに兄としてそばに居てくれる。

 どんなに頑張っても一生涯、妹のままなのだと思っていたのに、そのケリエル様が今、社交界に私を婚約者としてと伴うと発言されたのだ。


「素敵な淑女? そうだね。いるのかもしれないけれど、私はクリスがいいよ。私もこの年まで婚約者も持たずに、ずっと一人なんだ。隣に置いてもらえると、ありがたいかな」

 ニコニコと笑うケリエル様を、信じられない表情で見る。

 いいの? いいの? 本当にいいの? 私でいいの?


「それと、どうせなら私達は昔から婚約者同士であったことにしてほしいんだ。幼い頃に婚約して、君が療養していたから私はずっと待っていた。けれど元気になって王都に戻って来れた今、やっと公に発表した。というのでいい? そうすれば誰も文句なんて言えないと思うし、横やりも入らないと思う」

 ああ。と、私はやっとケリエル様の言葉に納得する。

 それは、あれですよね。ケリエル様に群がる令嬢から逃れるための、口実的なものですよね。

 文句や横やりって……。確かに、いきなり現れた私なんかに愛しのケリエル様を奪われたら、お嬢様方が怒って、文句を言うのも分かるわ。

 だけど、小さい頃から約束していたとなると話は別だ。

 決まっていた婚約者に文句を言えば、それは彼女達の方が邪魔者になる。


「分かりました。ケリエル様の仰る通りにいたします」

「強制しているわけではないんだよ。これはあくまでも、クリスを守るために……」

「はい、分かっています。人と接していない私がノコノコと、一人で社交の場になどいけるはずありませんもの。心配してくださるケリエル様がそばにいる理由として、私を婚約者にしてくださったのですよね。でも突然、人気のあるケリエル様の婚約者なんて立場の人間が現れたら、周囲の嫉妬が大変ですもの。その予防策としても、色々と考慮してくださった案なのでしょう。ありがとうございます」

 ニッコリ笑ってそう言うと、ケリエル様が笑顔のまま数秒停止した。


「うん。やっぱり全然分かっていなかったけど、今はそれでいいよ。じゃあ、クリスは正式に私の婚約者ということでいいね。これが婚約の書類。署名して」

 サッと気持ちを切り替えるように、ケリエル様が懐から一枚の紙を出す。

 既にケリエル様の署名はされている。

 私を守るためとはいえ、正式な婚約の書類に署名を書くのは緊張する。

 これでフリとはいえ、私は正式なケリエル様の婚約者♡

 ドキドキしながら書類を渡すと、ケリエル様はそれをジッと見てニッコリと笑った。

「確かに。じゃあ、父上の署名はいただいているから、伯爵の署名もいただくね。王宮には日付を変えて出しておくから、心配しないで」

「え、日付変えるって? そんなこと、できるのですか?」

「これでも王太子殿下のそばにいるからね。多少の融通は利くんだ」

 婚約の手続きをしておくというケリエル様に、私は少し驚いてしまう。

 王太子殿下のそばって、王宮では魔法の研究をしているんじゃなかったのかしら?

 研究所で私の呪いについても、ケリエル様が筆頭になって調べてくれていると思っていたのだが、もしかして違うのかな?


 私が首を傾げていると、ケリエル様がそっと私の手を握りしめる。

 またもやドキッとしてしまう。

「今、無理矢理に書かした感じになったけど、大丈夫? 本来なら婚約式を挙げて署名してもらうはずなんだけど、幼い頃に婚約していたということはその時分に既に式を挙げたことになってしまうから、婚約式はもうできないんだ。それで少しでも早く書類を提出するために、少し騙した感じで署名してもらったけど、怒ってない?」

 申し訳なさそうに話すケリエル様に、私はキョトンとしてしまう。

 そう言われれば、確かに今婚約の話を聞いたばかりなのに、もう書類に署名してしまっている。

 大事なことなのは分かっているが、私の昔からの夢はケリエル様の奥様になることだった。

 だからどんな状況だろうと、ケリエル様のそばにいられるのなら私はすぐに応じる。

 そんな嬉しい機会を、私が逃すはずはないのだから。


 私が、怒ってなどいませんよ。というようにフルフルと首を振ると、ケリエル様は目に見えてホッとする。

「本当にごめんね。婚約式も挙げられなくて。せっかく女性の姿に戻れたのに、婚約式、したかったね」

 残念そうな表情のケリエル様に、ケリエル様の正装、見たかったです。と思いながらもそれほど残念に思っていない私がいた。

 ケリエル様と婚約式を挙げられるならば、そんな嬉しいことはない。でもそれは、私にとってケリエル様の奥様になるための通過点に過ぎない。

 私の夢はあくまでケリエル様の奥様だ。

 私には一生得られないと思っていた婚約者という肩書をフリとはいえ、もらえただけでも凄く嬉しい。

 婚約式を挙げられなかったからといって、拗ねるつもりは一切ない。


 私は握られたその手をそっと握り返し、ニッコリと笑う。

「ご心配いりません。私はケリエル様の婚約者という立場だけで十分満足です。それが例え形だけでも」

「え?」

「大丈夫です。勘違いは致しません。ケリエル様が私のためを思って婚約者のフリをしてくれること、本当に感謝しております」

「……………………………………」

 私が改めてお礼を言って顔を上げると何故かまた、ケリエル様が笑顔のまま固まって動かなくなっていた。

 部屋の片隅ではカーターが「うわぁ」と片手で額を押さえている。

 ん、何か変なこと言ったかな?

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