お城での相談
無事にクリスを連れて、イブニーズル侯爵家に戻って来られた時にはホッとした。
あのまま里心がついたクリスに、伯爵家に残ると言われたらどうしようかと本気で焦った。
父上や母上も同じ気持ちでいたようで、帰宅したクリスを見るなり私に向かって親指を立ててきた。
正直、両親に何も言わずにクリスを伯爵家に連れて行ったことは、馬車に乗ってから後悔した。
私はクリスに家に戻りたいと懇願されたら嫌々ながらも首を縦に振り、納得したフリをしながら以前のように毎日伯爵家に通うだろうが、両親は別だ。
クリスが男だった十年間、全くといっていいほど会えなかった二人は、もう二度とクリスと会えなくなることを許しはしないだろう。
私以上に、この家にクリスがいることを渇望している。
それが無理だとなると、オルバーナ伯爵にどうにかしてこちらに戻すよう無理難題を言うか、もっと酷い状態だと両親がオルバーナ伯爵家に居座る可能性もある。
うん、オルバーナ伯爵の心の安寧のためにも、クリスが侯爵家に帰って来てくれて良かったと心の底から思う。
それに……と、クリスの言葉を思い出し、思わずにやけてしまう。
彼女は侯爵家に戻る際、確かに言ったのだ。
帰ると。
イブニーズル侯爵家に帰りますという言葉は、クリスの心の中ですでにイブニーズル侯爵家が我が家だと感じているということだ。
私と結婚してもいいと決めている証拠だ。
すぐにでもクリスを抱きしめようと腕を広げそうになったが、ここで抱きついてやっぱりやめたと言われては元も子もないので我慢した。
一緒に帰って来たクリスは、両親にも「ただいま帰りました」と笑顔で言って、二人を大層喜ばせていた。
そんな和やかな光景を思い出し、私はフフフと笑う。
「怖いよ、ケリエル。犯人の目星がついたからって、朝からにやつくのはやめてくれないか」
ペルがぐったりとぼやく横で、私は王太子殿下を見る。
「結局、こちらが先に特定してしまいましたね。八年前に失踪したサンシャル伯爵家の長男、キュリタス・サンシャル。妹が馬鹿やってくれたお陰で特定されましたが、奴の経歴は残っていたのですか?」
「文官が無能みたいに言わないでくれ。入れ違いだが、ちょうどこちらでも特定された。魔法研究所に一年ほど在籍していたようだが、ほとんど登城していなかったみたいだな。全くと言っていいほど、覚えている者もいなかった」
私は今、ペルと一緒に王太子殿下の執務室にいる。
今朝、登城すると王太子殿下に例の件で話があると呼び出されたのだ。
私も昨日の件で報告したいと思っていたので、ちょうど良かった。
執務室にはペルもいて手っ取り早いと、王太子殿下の話の前に口を開いた。
途中、クリスが如何に優しくて可愛いかと、一緒にイブニーズル侯爵家に帰った時の愛らしさを事細かに話しておいた。
その後、何故かペルがぐったりしたのは如何なるわけか?
とりあえず報告を終えた私に、王太子殿下が犯人の経歴をまとめた書類を手渡してきた。
誰も顔を、というか存在を覚えていないのが凄いところだ。
個人の書類もかろうじて、箱の底にあったのを見つけたとのことらしい。
「馬鹿妹が、結構な魔力量があったと言ってましたが、何かそれらしい形跡は残っていましたか?」
「あればここまで苦労するはずがないだろう」
「ごもっとも」
王太子殿下に目を眇められ、私は素直に頷いた。
やはりサンシャル伯爵家は気味の悪い家だ。
クリスに婚約の打診をしたと聞いた時にも怒りが湧いたが、まさか兄妹揃って私のクリスに呪いをかけていたなんて。
長年探し続けていた犯人が、こんなに近くでウロウロしていたなんて、自分の愚かさに泣けてくる。
せめて婚約の打診をしてきた時にでも気付いていれば、クリスをこんなに待たせなくてもよかったものを……。
正直、二つ目の呪いに関してはそれほど重要視していなかった。
数日前に無事解けたことも理由の一つではあるが、呪いを見た瞬間、最初の古代魔法と一致していたのが分かったし、何より男性だったクリスが女性に戻ったのだ。
どういう理由であれ女性に戻ったクリスを見られたのは、私にとって僥倖だった。
女性に戻ったことで、クリスとの婚約が成立したのだから。
呪いをかけた行為には怒りしかないが、サンシャル令嬢を公に罰する気は今のところない。
というか、クリスの件は元より公にしていないし、令嬢はすでに罰せられている。
昨日のサンシャル令嬢を思い出し、私はついククっと笑ってしまう。
「どうした、ケリエル?」
「いえ、先程報告した令嬢をちょっと思い出しまして、つい……」
クククっと笑い続ける私に、王太子殿下の目がキラリと光る。
「余程面白いものが見られたようだな。私にも見せてはくれないか?」
「ちょっと二人共、令嬢を笑いものにするのはどうかと思いますよ」
王太子殿下が興味深くしてくるのを、ペルが窘める。
「クリスに呪いをかけるような女だぞ。笑いものにして何が悪い。特別に罰していないだけ、ありがたいと思ってほしいな」
そう言って私はすぐに令嬢の姿を思い浮かべ、紙に画像として焼き付けた。
それを王太子殿下とペルの目の前に置く。
サンシャル令嬢の逞しい筋肉美が露わになっている。
「「ブフッ!」」
二人同時に噴き出した。
「ククッ、なんだこれは⁉ これは確かにわざわざ罰する必要はないようだ」
「顔が、顔がそのままだというのが、あまりにも惨い。せめて顔も男らしくなれば良かったのに……クククッ」
「髭は生えていたようですよ。綺麗に剃ってはいたようですが、うっすらと青くなっていました」
「「ブフッ」」
二人がツボにはまったようだ。
暫く二人が笑い声を抑えて震えているのを、私は気長に待つことにした。
令嬢はこの姿を王宮に送らないでくれと言ったが、私はこの場で出したのであって送ってはいないし、何より元から見せないと言ってはいない。
約束してないのだから、嘘を吐いたことにはならない。
文句など言わせるはずがない。
私は二人が腹を抱えて笑いをこらえているのを横目に、少しだけ留飲を下げたのだった。
暫くして笑いの収まった王太子殿下が、真面目な顔でさてさてと話し出した。
「行方不明だというキュリタス・サンシャルはどうする? 令嬢の話からすると、葬儀も終わらせた伯爵家では当然、居場所を知らないだろうし、呪いが解けていないということは、本人はどこかで生きているということだろう?」
「そうですね。申しわけありませんが、殿下の方で続けて居場所を探してはいただけませんか? 私は先に、馬鹿妹から届く予定の書物の方を調べたいと思います」
私は少し考えて、奴の居場所は王太子殿下に頼むことにした。
私にとって優先するのは、奴を捕まえることではなく、呪いを解読することだ。
「以前に見付けた古代魔法の書物と一緒の物だろうか? それがキチンとした状態で残っているのなら、魔法研究所に寄付してくれないかな?」
研究馬鹿なペルがそわそわしながら訊いてくるので、私は鷹揚に頷く。
「調べ終わった後なら、好きにしていい」
「いや、それサンシャル伯爵家の所有物だろう? お前のじゃないよな」
冷静な王太子殿下に速攻ツッコまれた。
仕方がないので、私は被害者の特権を利用する。
「向こうに拒否権があると思いますか?」
「そうですよ、殿下。貴重な魔法書は国が保管すべきです」
私の言葉に、いつもは常識あるペルまでが賛同する。
「……そういう時だけは、意見が合うんだな」
王太子殿下が疲れたように息を吐いたが、私とペルは当然の権利だと大きく頷きあったのだった。




