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「ところで、サンシャル伯爵家にはお前の他に魔力を持っている者はいるのか?」
オルバーナ伯爵家の侍女が用意した上着に筋肉を隠した令嬢が、帰り支度をしている横でケリエル様が何かを思い出したかのようにたずねた。
令嬢は眉間に皺を寄せると、警戒を露わにする。
「なんでそんなこと聞くのよ?」
「いいから答えろ。でないと念写……」
「キャー、やめてやめて。私のお兄様が、年の離れた一番上のお兄様が、魔法使いよ」
あっさりと白状する令嬢に、ケリエル様は訝しむ。
「……登録はされていないようだが?」
「若い頃はちゃんと魔法使いとして、城にもお勤めしていたわよ。だけど、八年ほど前に姿を消したの。お父様から聞いた話では、お兄様は結構な魔力量もあったようなんだけど、髪と目の色が灰色なのを気にしていたらしいわ。自分は天才なのに、どうして黒ではないのだと悩んでいたらしいの。そしてある日、誰にも言わずに姿を消した。その後お兄様の消息は絶たれ、サンシャル家では死亡したものと判断され、空っぽの棺で葬儀も済ませたわ。私は幼かったから、お兄様のことは何も覚えていないけど。そうでなくても、ちょっと根暗で気味の悪い方だったように思うわ。それが何?」
「「!」」
思わずケリエル様と顔を見合わす。
そして、ふくれっ面で応える令嬢に、ケリエル様は「お前には関係ない」と背中を向けた。
キイ~~~っと癇癪起こす令嬢に、サンシャル伯爵家から連れて来ていた侍女が「早く戻りませんと、王宮にお嬢様のそのお姿が……」と囁くと、令嬢は碌に挨拶もしないでその場を立ち去った。
まあ、丁寧に挨拶されても困ってしまうけれどね。
だけど、今の令嬢の言葉はとっても気になる。
灰色の髪と目の色のお兄様。
お茶会でトウハー様が仰っていた、謎の人物と特徴が一致する。
二つ目の呪いをかけたサンシャル伯爵令嬢の身内だというのだから、まず犯人は彼で間違いないだろう。
だが、一つだけ気になるのは今現在の彼が行方不明だということ。
サンシャル家では死亡したものと扱われているようだが、本当に死亡したのならケリエル様も仰っていたように、私の呪いは解けているはず。
私がまだこのような状態だということは、彼はまだ生きていると考えていいだろう。
ケリエル様を見上げると、彼も何かを考えているようでジッと馬車が去って行った後を見続けている。
とりあえずは、令嬢が屋敷にあるという呪いの書物が一日でも早く届くことを祈ろう。
「なんか、どっと疲れたね。ケリー兄様、談話室でお茶しよう」
「そうだな。ん? どうかした、クリス?」
「あ、いえ、その……」
エリオットが私達に話しかけてくると同時に、使用人もそれぞれ仕事に戻って行った。
私はふと、この姿で伯爵家に帰ってきてしまったことに、今更ながら罪悪感を覚える。
お父様とお母様をチラリと見る。
女性に戻ってあんなに喜んでくれていた二人に、またこの姿を見せるのは心苦しかった。
イブニーズル侯爵家では、皆様が全く気にしないでいてくれたお蔭で私はいつもの自分でいられたのだが、冷静になった途端、以前の十年引きこもっていた自分を思い出し、気持ちが沈んでいく。
申しわけなさに、自然と俯いてしまうのだ。
すると突然、後ろからお母様が私を抱きしめてきた。
驚く私に、お母様はニッコリ笑って「クリスの好きなイチゴのケーキがあるわ。一緒に食べましょう」と言って手を引いてくれる。
「あ、あの……」
私がお父様を振り返ると、お父様もまた「お茶はクリスの好きなハーブティーを入れてくれ」と侍女に注文していた。
「良く帰って来てくれたわ、クリス」
そう言って微笑む二人に、私は涙ぐむ。
また男の姿になった時には、もう二度とオルバーナ伯爵家には帰れないと思っていたけれど、それは私一人の思い違いだった。
弟が帰って来いと迎えに来てくれたり、こうして両親が快く迎えてくれたりと、私はちゃんと我が家に居場所があることを知った。
「お父様、お母様、エリオット、私……」
涙がボロボロと溢れてくる私に、両親がそっと寄り添おうとして……。
「クリスは帰って来たわけではありません。オルバーナ伯爵家が心配でここに来ただけですから、お茶を飲んだらすぐに私と一緒にイブニーズル侯爵家に戻ります」
「「「「………………………………」」」」
キッパリと言い切るケリエル様に、私達親子は唖然としてしまった。
額を押さえたカーターが、ケリエル様に歩み寄る。
「ケリエル様、ここは空気を読みましょうよ」
「できるか。ここで空気なんて読んだら、クリスを連れて帰れなくなってしまうじゃないか」
「いや、クリス様の家はここですから。まだ結婚してはいませんからね」
「そんなことは、この書類に署名さえすればいいだけのことだろう。さあ、クリス。署名しようか」
そう言ってケリエル様は、先程の婚姻の書類を懐から再度取り出し、私に突きつけた。
カーターが後ろから、それを取り上げる。
「カーター……」
ギロリと睨むケリエル様に、私は「あの……」と恐る恐る声をかける。
「ケリエル様、まだサンシャル令嬢の件で心が乱れていますか? なんだか、いつものケリエル様ではないように思うのですが……」
ピシッ!
私の言葉に、ケリエル様が笑顔のまま固まった。
あれ、皆も視線を逸らしている。どうしたのかしら?
「……………………」
無言のケリエル様の横で、カーターが「うわぁ、本性バレちゃった」と呟いた途端、ゴンッという鈍い音と共にカーターが蹲る。
「え、カーター、いきなりどうしたの?」
私が慌ててカーターを助けようと近付くと、その肩をガシッとケリエル様に掴まれて、彼の方に向きなおされた。
「カーターは大丈夫。それよりも、クリスの言う通り、ちょっと令嬢に対しての怒りが収まってなかったようだね。ありがとう、心配してくれて」
ニコッと笑ったケリエル様に、良かった、いつもの彼に戻ったと、私も笑みを返す。
「いいえ。不甲斐ない私のために、ケリエル様はずっと真剣に呪いに向き合ってくれていましたから、令嬢の簡単に人を呪うような無神経さに怒りが湧いたのですよね。ケリエル様の優しいお気持ち、本当に嬉しく思います」
ニコニコと笑い合う私達に、床に跪いたままのカーターが「嘘でしょう。今の姿をそんな風に捉えますか?」と言い、エリオットに「恋は盲目。姉上の目に映っているケリー兄様は、ケリー兄様じゃないから」と言われていた。
ケリエル様がケリエル様でないとは、どういう意味だろう?
エリオットの言うことは、時々難し過ぎてよく分からない。
周囲を見ると、視線を逸らされたままだった。
「とりあえずここで立ち話もなんですから、談話室に行きましょう。それで、あの、落ち着いたらケリエル様と一緒に、イブニーズル侯爵家に帰ります。侯爵様や侯爵夫人に何も話さないでこちらに来ましたし、何よりこの姿ではあちらにいた方がいいかもしれませんので」
「クリス」
喜んでくれるケリエル様を見て、私は微笑む。
イブニーズル侯爵家にはとてもお世話になっているし、こんな有耶無耶な形で出てしまうのは、なんだか違うと感じたのだ。
伯爵家に戻るならばちゃんと女性に戻ってご挨拶して、それからだと思う。
お父様は「仕方がないね。二人はとてもクリスを可愛がってくれているようだし、急に屋敷に帰らなくなったら暴れる……じゃなくて、悲しまれるだろうからね」と侯爵夫妻に大切にされていることを理解した上で許してくれた。
お母様は「結婚する場合は、一旦お返しくださいね。伯爵家から嫁入りさせてください」とケリエル様にお願いしていた。
エリオットはカーターに「ガンバレ。僕が次に戻ってくる頃には、平和になっていることを祈るよ」と励ましていて、カーターに「ずるい、ひどい、俺も旅に出たい」となじられていた。
うん、皆とっても仲が良くて私は大変満足だ。




