取引完了
「では、納得いったならお引き取り願いましょうか」
そう言ってお母様が従者に目配せをして、呆けて座り込んでいる令嬢を押し出そうとしたのだが、そこに待ったをかけたのは、ケリエル様だった。
「伯爵夫人、申しわけありませんが、少しお待ちください」
ケリエル様の言葉に、今まで散々辛辣な言葉をかけられていたにもかかわらず、令嬢は助けてくれるのかと期待した表情で、ケリエル様を見つめた。
私を離して、屈みこんで令嬢に顔を近付けるケリエル様。
え?
そんなケリエル様の行動に、喜ぶ令嬢と驚く私。
令嬢はケリエル様の麗しいお顔に頬を染め、両手を組み「助けてくださるんですか? 嬉しい。そうですよね。このままでは私、とっても可愛そうですものね」と上目遣いで媚びている。
私はそんなケリエル様の腕を思いっきり、自分の方へと引き戻した。
非力な私に引っ張られたところでビクともしないケリエル様だが、私の行動に驚いたのかジッと私を見つめる。
「ちょっと、何するのよ。せっかくこの人、いえ、イブニーズル様が私を助けてくださろうとしているのに、邪魔しないでくれる。ねぇ、イブニーズル様」
令嬢は勝手に私の婚約者面をしていただけのことはあるようで、いつも一緒にいるケリエル様をしっかり把握済みだった。
そして先程の件で、すっかり私に興味が無くなったのか、それとも助けてくれるかもしれない美丈夫様に心変わりしたのか、完全に私を邪魔者扱いしている。
って、そんなことはどうでもいい。
私は唇をグッと噛み締めて、ケリエル様の腕にギュッとしがみつく。
ケリエル様はもう片方の手で、私の頭を撫でると「クリス、どうしたの?」と優しく顔を近付けた。
「いや、です。私以外の人に、顔、近付けないでください」
そう言って、腕にしがみつきながらも不貞腐れた顔を向けると、ケリエル様は「ん~~~」と唸り拳を握って、プルプルと震えだした。
「超絶可愛い、クリス。嫉妬だね。嫉妬だよね? 初めてクリスに嫉妬してもらった。もう、これ、結婚してもいいってことだよね⁉」
「え、あれ? そうなんですか? え?」
嫉妬と結婚と言われて混乱する私に、ケリエル様は懐から書類を取り出した。
「はい、婚姻届け。私の名前は書いてあるから、すぐに提出しよう。結婚式は呪いが全て解けてからでいいから、とにかく書類上だけでも夫婦になろう。はい、署名はここね」
なんだか以前にも同じようなことがあったような……。
書類と一緒に出してきたペンで署名させようとするケリエル様に、勢い負けした私は何が何だか分からずに署名しそうになって、ペシッと頭を叩かれた。
「あ、あれ? 私……」
「姉上、気をしっかりもってください。ケリー兄様、駄目ですよ、勢いで書かせては。状況が全然把握できていないじゃないですか」
くらくらと目を回している私に、エリオットが書類をひったくるとケリエル様につき返した。
「何故だ? もう私達は完全な両想いなんだぞ。なんの障害があって結婚できないと言うんだ?」
「現実逃避してんじゃねぇよ。コホン、まだ姉上はそんな姿のままでしょうが。ちゃんと元に戻してからにしてください。勝算はあるんでしょう? だったら、さっさとやってください。そうすれば、僕はもう何も言いません」
「チッ」
エリオットに言い負かされて、ケリエル様は舌打ちした。
あれ?
「大変ですね、クリス様も。まあ、頑張って」
後ろからカーターに頭をポンポンとされる。
あれ?
生ぬるい目を向ける周囲の中、一連の状況をポカンと見ていた令嬢がハッと我に返り、再び叫び出した。
「ちょっと、今のは何? 私を揶揄っているの?」
「帰る前にどこでこの呪いを知ったのか、全てはいていけ。あんな複雑な呪い、お前のような魔力も知識もない小物に、作れるものではない。どうやって手に入れたのだ?」
ケリエル様は令嬢の言葉を一切聞かずに、呪いの出先を淡々と訊いた。
その甘さのない態度に、令嬢はうっと怯む。
「な、何よ。失礼ね。そりゃあ、私には魔法使いと言えるほどの魔力量はないけれど、私だってサンシャル伯爵家の一員よ。魔法の使い方だって、ちゃんと知って……」
「訊かれたことにだけ応えろ。できなければ今の姿を念写して、王宮に送ってやる」
「いやあぁぁぁ!」
脅し方がえげつない。
令嬢の身で、本人が醜いという筋肉ムキムキの自分の男姿を、よりにもよって貴族が集う王宮に送るという、絶対にありえない脅しをかけるケリエル様。
宛先は絶対に王太子殿下だろう。
ぐったりと力が抜けた令嬢は、素直に呪いの出先を白状した。
令嬢曰く、あの呪いはサンシャル伯爵家の地下に保管されていたらしい。
サンシャル伯爵家は、古参貴族ではあるが取り立てて目立ったものが何もない家だ。
領地はこれといった特産品もなく、領民は田畑を耕して生計を立てているが、土地もさほど豊かではないため、細々と税を納められる程度である。
今に至るまで、良いことも悪いこともしたことのない、いたって普通の伯爵家だ。
ただ過去に一度だけ魔法使いがいたようで、その者が色々な魔法書を収集していたらしく、それが今でも地下に保管されていたようだ。
パッとしないサンシャル伯爵家では、その者が唯一の誇らしい人物であった。
一族はその者を崇拝していて、少しでも魔力がある者はその者の生まれ変わりと言われ、特別な存在として扱われていたようだ。
国としては何も功績を上げたわけではないから、記録にも残っていないのだが、一族内では違うようで、その熱量の違いに聞いてて少し引いた。
現在、大魔法使いであるケリエル様に至っては、呆れて言葉も出ないといった感じだ。
令嬢にも幼い頃より少しだけ、ほんのちょっぴり、爪の先程の魔力量があったらしく、それだけでも一族の間では、特別扱いされて育ってきたらしい。
サンシャル伯爵の親馬鹿っぷりはそういうわけかと、ここで初めて納得した。
要するに、令嬢は産まれた時から我儘し放題。
望む物はなんでも手に入れてきたのだろう。
そんな中で、初めてクリスティーンに恋をして、手に入らなかったのを憎らしく思った。
そこで呪いをかけたとは、なんとも安直なことだとは思うが、お姫様のように育った令嬢にはものの善し悪しが、まるで分かっていなかったのだろう。
最近いらっしゃった某他国のミレニアムという名前の王女様も、同じような感じの方だったように思う。
狭い世界、誰にも文句を言われない、なんでも自分の望む通りに進む世界で生きてきた少女にとっては、それが他所でも許されると勘違いしてしまうのかもしれない。
私も呪いをかけられて、かなり狭い世界で生きていたことを考えると、確かにカーターだけをそばに置いていたのは、ものすごく我儘だったなあと思う。
何かが間違っていれば、令嬢のようになっていたのかと思うと、ゾッとする。
だが、同情などは全くできない。
彼女は私に誰かに恋をさせるために女性にしたと言っているが、私はすでにケリエル様に恋をしていた。
だからこそ、自分が男になってこの恋が実らないと知って自暴自棄になったのに、令嬢に冷たく当たったからといって、どうして私が恋を知らないと思い込まれたのだろうか。
正直、令嬢がかけた呪いにより一時でも女性に戻れたことは嬉しかった。
だけど、この勘違いだけは絶対に許せない。
私が少しでも令嬢に優しく接していれば、呪いをかけるなどという馬鹿げたことをしなかったかもしれないと思う一方で、あの時の私にそんなことを望まれても困るとも思う。
彼女を受け入れる気など、微塵もないのだから。
私は誰も令嬢を助けようと言わないのをいいことに、自分も彼女に手を貸したくないと思ってしまった。
令嬢の問題は、自分の問題が解決して心にゆとりができた時、改めて考えることにしよう。
それまでは自分の犯した罪にしっかりと向き合てもらいたいと、私は口をつぐんだ。
「では、その書物をすぐにこちらへ送れ。三日もあれば足りるだろう」
ケリエル様は令嬢に情報は一切与えないで、彼女の罰として呪いの書物を要求した。
令嬢は呪いを解いてもらえない上に、要求だけしてくるこちら側に不満を露わにして、そっぽを向いた。
「無理よ。屋敷に戻るだけで三日はかかるし、書物の在処は私しか知らないのよ」
「だったら念写を王宮に……」
「わ~~~~~、分かったわよ。すぐに送る。送ります。いえ、送らせてください」
「初めからそう言え。後、ここで見聞きしたことを口外したら、念写を王宮の屋根からばらまいてやるから、そのつもりで」
「き、鬼畜……」
ケリエル様の容赦ない行動に、二人の間で取引が無事に成立したようだった。
ん、これはあくまで取引ですよ。脅迫ではありません。




