勘違いを正しました
「それで最初の話に戻るんだけど、なんでここに来たの? 呪いが返されたんだから、兄上は元に戻っている確率の方が高いよね。女性の時も相手にされなかったのに、男性同士で相手にされると思ったの?」
エリオットも中々辛辣なことを言う。
令嬢は腰まで下ろしたドレスを着なおそうとしたのだが、筋肉が邪魔して中々上に上がらずに奮闘していた。
そこへエリオットの問いかけが聞こえて、ガバッとまた引き下ろした。
ドレスを着なおすのを諦めたのだろうが、勢い余って下ろしたことにより、今確実にビリっていった。
絶対に破れてるよね、そのドレス。
「だから、確かめに来たんじゃない! 本当に男性に戻ったかどうか。それで、その……本当に呪いを解いていたのなら、解ける人間がそばにいるはずだから、その、私も呪いを解いてもらおうと思って……」
エリオットに掴みかからんばかりに話した令嬢だったが、その声は段々としぼんでいった。
チラリチラリと、私達に視線を送る。
だが私達は、そんな令嬢に呆れるばかりである。
彼女は己の立場が分かっていないのか?
私の解呪が成功していたのなら、自分の呪いも解いて欲しいと、そうお願いしに来たと言う。
私はあんぐりと口を大きく開けてしまった。
そんな私の横で、ケリエル様がハア~っと大きな溜息を吐く。
「なんて恥知らずな。呪いをかけた相手に助けてもらおうなどと、調子が良すぎるにもほどがある」
「でも、でも、このままじゃ、私は一生こんな醜い男の姿のまま……」
「前よりいいんじゃないか? そこそこの女に惚れる男より、筋肉大好きな女の方が多いと思う。きっと前よりモテモテ……」
「イヤ~~~~~!!!」
ケリエル様の言葉に、令嬢はとうとう突っ伏してしまった。
「う~ん、ケリー兄様の言葉もどうかと思うけれど、元々はサンシャル嬢の自業自得だしなぁ」
「同情の余地はありませんね。人を恨めば自分に返ってくるなんて常識です。むしろ、そんなことを言いにここまで来たなんて、こちらも甚だ迷惑です」
エリオットとカーターも、とどめを刺しにいく。
「サンシャル伯爵が娘に甘いのは知っていたが、私達が助けると思うほど甘い思考を持つなど、どういう教育をされてきたのか、ほとほと呆れるね」
「とりあえず筋肉が目障りですから、お隠しになって。誰のでもいいから上着を持って来なさい。後、令嬢と一緒に来られたそちらの侍女と従者。御者にすぐに帰る用意をするよう、伝えてきなさい」
お父様が優しく令嬢の父親非難をして、お母様が勝手に令嬢の帰還を決めてしまった。
身勝手な言葉を吐く令嬢に、誰も同情することはない。
ボートルをはじめ、使用人達の目もかなり冷たい。
一人の侍女がお母様の命令通り筋肉を隠すための服を調達しに行き、令嬢のお供が帰り支度をしに行った。
さっさと帰れと無言の威圧が凄い。
被害者である張本人の私が一番、ボ~っとしてしまっているかもしれない。
そんな私達の空気に気付いた令嬢は、一瞬ポカ~ンとした表情を向けてきたが、すぐに顔を真っ赤に染めた。
誰も助けてくれないと理解したようだ。
俯きながらも、ブツブツと文句を言っている。
「どうして、どうしてこんなことになってしまったの。そもそもクリスティーン様が同性を好きな人だと言ってくれれば、こんなことにはならなかったのに……」
ん?
なんか、今聞き捨てならないことを言われたような……。
私は首を傾げながら、令嬢にたずねた。
「同性が好きって、どういう意味?」
すると令嬢は、私と目が合うと少しだけ口元を緩めた。
その表情に眉間に皺を寄せたケリエル様が、グッと手を引っ張ったので私はよろめき、彼にぶつかった。
見上げると繋いでいた手を離して、腰を掴んで引き寄せられたので、そのまま体を預けることにした。
そこまで警戒しなくても、令嬢には何もできないと思うけど。
そう思っていると、令嬢が苦虫を嚙み潰したようような表情で吐き捨てる。
「その男と恋人同士なんでしょう。最初からずっと手を繋いで、見せつけてるの? ムカつくわ」
なんと⁉
ケリエル様の怒りが形となって攻撃されないように、令嬢を助けていたつもりだったのだが、彼女には私とケリエル様がイチャついているように見えていたらしい。
男の姿のままの私とケリエル様。うん、確かにイチャついて見えたのなら、私が同性を好きなように見えたかもしれないが、どこの世界にこんな状況でイチャつく人間がいるのだろうか?
冷静に考えてくれれば分かるはずだが……そうか、彼女は残念令嬢なんだ。
思考が斜め上にいくらしい。
私が溜息を吐いていると、ケリエル様が真面目な声で言い放った。
「クリスは同性が好きなわけではない。私が好きなのだ。他の者と一緒にするような言い方はやめろ」
え、この姿の時にそんなこと言っていいの?
ケリエル様の婚約者はあくまでクリスティーナであって、クリスティーンではないんだよ。
この状況では否定した方が良かったのでは……。
私がオロオロしてエリオットとカーターの方に顔を向けると、二人は両の掌を上に向けて肩をすくめている。
ふう~、やれやれ。とでも言いたそうな仕草だ。
いや、やれやれじゃないから。
ケリエル様は怒りのために、正常な思考が働いていないのかもしれない。
私が慌ててケリエル様の口を塞ごうとするが、その行動もイチャついていると思われたのか、令嬢がキッと睨みつけてきた。
「だったらどうして私と婚約なんてしたのよ⁉ 好きな人がいるなら、私となんて婚約しなくてもよかったじゃない。政略結婚でもなかったんだから、。期待しちゃうに決まっているでしょう!」
「いえ、してません」
「は?」
「ですから、そもそも婚約などしていません。貴方のお父様が勝手に嘘を吐いただけで、私達の間には何もありませんでした」
「は?」
私は最初から令嬢の勘違いだと、ハッキリ言い切った。
だが令嬢は、私の言葉の意味が理解できないというようにポカ~ンと口を開けたまま、呆けている。
その様子に、お父様が助け舟を出してくれた。
「カリスタ嬢、確かに君の家から婚約の打診は受けたよ。だが我が家はキッパリ断った。君の父上のサンシャル伯爵が、君を傷付けないために嘘を吐いていたんだよ」
お父様の言葉にやっと理解した令嬢は、ゆっくりと顔を上げる。
「……嘘。だって、私、何度もこの家に、クリスティーン様に会いに来たじゃない。婚約者でもないのに、会っていたというの?」
「サンシャル伯爵に頼まれたんだよ。婚約はしなくてもいいから、会うだけ会ってやってほしいと。でないと娘は、癇癪を起して何をするか分からないと言われてね。だが、何度招き入れても君は諦めないし、そのうち息子に婚約者気取りで話しかけはじめていた。私もこのままではいけないと、何度も伯爵にもう来ないでほしいと話していたのだけれど、もう一回、もう一回と頼まれて。そのうち、娘が哀れだと泣きだされてしまってね。君から婚約破棄を申し出てくれた時には、ホッとしたよ。してもいない婚約に、だけどね」
「要するに、クリスティーンは貴方とは一切関係のない赤の他人。サンシャル伯爵家の親子問題に巻き込まれただけなのよ」
「うそ~~~?!?」
お父様の説明とお母様のとどめに、やっと理解してくれた令嬢が悲鳴を上げたが、悲鳴を上げたいのはこちらの方だ。
勘違いされて逆恨みされて復讐されるなんて、全く勘弁してもらいたい。




