呪いの訳
「では、貴方が姉上……コホン、兄上に呪いをかけたのは、女性の方が愛情深い生き物だから、いくら冷たい兄上でも女にしてしまえば、貴方の気持ちにも寄り添ってくれると思ったからですか? でも、兄上を女性にしたところで、女性の貴方とどうこうなるとは考えにくいのではないですか?」
エリオットが冷静に、ヒックヒックとしゃっくりをあげている男の姿の令嬢に、話を促す。
いつもならこういう役目は大人のケリエル様がしてくれるのだが、今回は少々気が高ぶっているらしい。
冷静な判断ができそうにないので、一番落ち着いているエリオットがかって出てくれた。
エリオット曰く「ケリー兄様に任せたら理由も聞けないまま、男女無差別平等パンチを放つ恐れがある」ということらしい。
なんだ、そのツッコみようのないネーミングは?
確かに今のケリエル様からは、男であろうが女であろうが関係ないという怒りが溢れ出てはいるが、まさか女性を殴るなんて、そこまではしないと思う。……思いたい。
私達の視線が集まる中、令嬢は私を見つめながらポツリポツリと話し始めた。
「……私、ある伯爵家の夜会でクリスティーン様に一目惚れしたんです。氷の貴公子と呼ばれていたのは知っていたけれど、無表情なのは公の場だけで、特別な女性になら貴方も優しい表情をされると思ったんです。だからお父様に無理を言って、クリスティーン様の婚約者にしてもらったの」
ケリエル様のこめかみに、青筋が一本浮かんだ。
ああこれは、私の婚約者だと言い張る彼女に、怒りが湧いているのだろう。
とりあえず今はおさえてと、私はケリエル様の手を繋いで怒りを収める。
手を繋いでいれば、いきなり魔法は出せないだろうと思ったのだ。
そんな私達の不穏な空気に気付かないまま、彼女は興が乗ってきたのか、饒舌に話し始める。
「婚約者になった私は、貴方に振り向いて欲しくて一生懸命頑張ったわ。自分自身を磨くために髪や爪のお手入れはもちろんのこと、高価な装飾品やドレスを買い漁って着飾ったり、珍しい品を探し出しては貴方にプレゼントしたり、二人の会話が退屈しないように噂話を集めたりした。だけど貴方は一向に表情を変えてくれない。それどころが、プレゼントは一切受け取らず、話を聞いてもくれなかったわ。恋する女の気持ちを全く分かろうとしない貴方に、段々と怒りが湧いてきた。貴方も恋する気持ちを分かればいいと思ったのよ。女性になって一途に男性を愛し、報われない。私と同じ気持ちを味わわせてやりたかったのよ」
――クラリと景色が歪む。
彼女は何を言っているの?
私が恋を知らない?
一途に男性を愛し、報われない気持ちを味わわせたかった?
冗談じゃないわよ!
何、勝手なことを言ってくれてるの。
あの時の私は、ううん、今でも私はケリエル様一人をずっとお慕いしているわ。
恋する女の気持ちなんて、嫌というほど理解している。
だから苦しんで苦しんで苦しんで……感情を失った。
貴方以上に、私は女として恋を知っている!
私が令嬢に向かって叫びそうになった瞬間、令嬢の顔にケリエル様が私と繋いでいない方の手で、顔面をグワシっと鷲掴みにした。
あ、手は二本あったんだった。
「ひいいぃぃぃ~~~」
恐怖に叫ぶ令嬢。
顔面をミシミシと潰す勢いのケリエル様は、何故か笑顔だ。
「うわぁ、待って待って! 駄目だよ、ケリー兄」
「ああ、もう。これじゃあ、話が先に進みませんよ」
エリオットとカーターに窘められて、ポイっと令嬢から手を離すケリエル様。
汚いものでも持ったかのように、掴んだ手をぺっぺっと振りながら、ぶっすぅ~っと不貞腐れているのが怖い行動の後なんだけど、なんかちょっと可愛い。
そんなケリエル様を見ていると、自分の黒い感情がなんだか消えていくようだ。
こんな風に私のことで怒ってくれる存在がいることに、私は気持ちがふんわりとしてくる。
うん、冷静になれる。
私はケリエル様の両手を自分の両手で包み込んで、ニッコリと笑う。
「ありがとうございます、ケリエル様。でも、もう少しだけ待っていてくださいね。私、話を全部聞いておきたいんです」
そう言うとケリエル様は一瞬驚いた顔をしたものの、私の両手を包み返してコクリと頷いてくれた。
私が思いのほか冷静なことに、少しだけ驚いたのだろう。
それでも私の意図を組んでくれて、我慢してくれた。
そんな優しいケリエル様と私は両手を繋いだまま、令嬢を見下ろした。
両頬を押さえガタガタと震えていた令嬢は、私達のそんな姿に訝し気な表情をするが、ケリエル様が怖いようでチラリと視線を向けた後、黙って俯いた。
そうだよね、私がケリエル様を離すと貴方に害が及ぶんだから、とりあえず今は見て見ぬフリしておくのが賢明です。
全員が落ち着いたのを確認したエリオットが、再び令嬢に話しの先を促した。
ゴホンゴホンと咳払いをして、ケリエル様を警戒しながらも、どうにか再び話し出す。
「呪いをかけてから暫くして、クリスティーン様が留学されたと噂で聞いたわ。そして彼と入れ替わるように、双子の妹が現れたと。私は確信したわ。私の呪いは成功したのだと」
令嬢はその時の興奮を思い出したのか、小さく両手の拳を握りしめていた。
「妹はすぐに、クリスティーン様といつも一緒にいたイブニーズル様と婚約したらしいけど、それを聞いた私は笑いが止まらなかった。だっていくら仲が良くたって、元が男だと知っているイブニーズル様が本気で貴方に恋するはずがないのだから。私は貴方が彼に本気で恋をして、惨めに振られる姿を見ようと、時が経つのを待ったわ」
ケリエル様の握った手がピクピクと震えているが、どうにか抑えてくれている。
意外と的を得た令嬢の推理に、私は少しだけ感心した。
だけど、彼女は根本的に思い違いをしている。
私が本当は女だということを。
今だから言える。
ケリエル様に振られて惨めな姿を、貴方なんかには絶対に見せない。
見せてなんかやるものかと、私はケリエル様の手をギュッと握った。
令嬢は俯いたまま話を続けていたが、ドレスの裾をギュッと握り、次第にプルプルと手を震わせ始めた。
「貴方のそんな姿を見るためには、時が必要だと思った。最低一年は待たなければいけないかと覚悟していたのよ。それがある日いきなり、私の体に強烈な痛みが走った。その瞬間……私はこのような醜い男の体になってしまったのよ!」
令嬢はドレスを肩からムキッと引っ張り下ろした。
ひええぇぇぇ~、殿方の前でなんてことするの⁉
私は慌ててケリエル様の両目を塞ごうとしたが、身長が違い過ぎて上手く目元を隠すことはできなかった。
ケリエル様に他の女性の裸なんて見て欲しくないと思ったのだが、ケリエル様の表情は何も変わらなかった。というか、とっても嫌そうな不快感丸出しの顔だった。
そして両手を差し伸べている私に視線を向けると「ああ、和む」と言って、私の両手を掴むと下におろして表情を緩めてくれた。
周囲の微妙な空気を感じた私は、チラリと令嬢に視線を向ける。
驚いた。うん、驚いた。
令嬢はドレスを腰まで下ろしていて、上半身裸なのだが、本人が言っているようにしっかり男の裸体になっていた。
しかも、筋肉ムキムキ。
何故?
皆が唖然と令嬢を見下ろす中で、カーターが「違和感半端ねぇ」と呟いた。
同意見だ。
令嬢のうっすらと残るそばかす顔は美人とは言いにくいが、それでも少女らしい愛嬌がある。
少し吊り上がった眼も猫のようだし、薄い唇にもしっかりと紅がさしてあり、とても男性には見えない。
そんな顔の下に立派なムキムキとした筋肉がついている男性の体があるのだから、どう見たって違和感しかない。
するとケリエル様が、私の肩を抱きながら呆れた声を出した。
「呪いは解かれたら倍にして、術者に返ると知らなかったのか?」
「倍? 何よ、それ」
「あん? なんだ、その口の利き方は? それが人にものをたずねる態度か?」
ゴオオォォ~っと黒いモノをまき散らし自分を見据えるケリエル様に、令嬢は真っ青になりながらも、床に額を付けて「教えてください」と懇願した。
ケリエル様は「チッ」と舌打ちをされた後、嫌々ながらも説明した。
その態度は、ちょっと悪い世界の人のようです。
「そのままの意味だ。呪いは普通の魔法と違って負の感情からなるものだからな。自然の成り行きを歪めて現象を起こしたんだ。それを返されたとなると、それ相応の反動が起きるのは当然だろう。貴様はクリスの性別を変えた。だから解呪されたら、今度は貴様の性別が変わる。だがその際、ただ変わるのではなく、よりその性別を強調した体になる。女性なら女性らしく、豊満な体つきになっただろうし、男性なら貴様のように筋肉ダルマになるわけだ」
「はあぁ?!?」
ケリエル様の説明に、令嬢は開いた口が塞がらない。
「意味が分からないという顔だな。よくそれで、こんな複雑な呪いがかけられたものだ。本当に偶然の産物か」
吐き捨てるように話すケリエル様に、首を傾げたエリオットが近付く。
「顔は変わらないんだね、ケリー兄様」
「まあね。眉が太くなるとか毛深くなるとか、そういったことは起きると思うが……」
エリオットが体型以外には変化がないのかとたずねると、ケリエル様はチラリと令嬢を見た。
すると令嬢は、ケリエル様のその言葉にピクリと体を揺らすと、そのまま真っ赤になって俯いてしまった。
ああ、きっとその辺りのことは綺麗に処理なされたのだろう。
私は元から少ない質だったのか、男性になってもそこはそう変わらなかったが、令嬢は男の中の男になっているのだ。多くても当然かもしれない。
完璧な美貌を持つケリエル様に可愛いエリオット。男らしいカーターに私の両親と、容姿の整った人達に囲まれて、体毛の多さを話されているという状況に、私は初めて令嬢を、少し可哀そうだと思ってしまった。
同じ年頃の女性としては……ねぇ。




