二つ目の呪い
「二つ目の呪いを先に解こうと思うんだけど、どう思う?」
イブニーズル侯爵家に居候を初めて一か月が経った頃、いつものように仕事から帰宅したケリエル様に抱きしめられていた私は、突然ケリエル様に解呪をしようと言われて驚きに目を丸くしていた。
「えっと、それは……」
「解呪できるのですか?」
後ろからカーターが、初めて聞きますというように抗議の声を上げる。
ケリエル様の出迎えに出てきた侯爵夫妻も驚いた表情をされているので、どうやら知らなかったようだ。
「説明します。談話室に行きましょう」
ケリエル様の言葉で、私達はゆっくりと話ができる談話室へと向かった。
談話室に着くと、いつも膝の上に私を乗せようとするケリエル様だが、今日は二人掛けのソファに並んで座る。
私達の後ろにはカーターが控え、目の前に座る侯爵夫妻の後ろにはハバスさんが控えた。
お茶の用意をした侍女はサッと下がり、今は六人だけとなる。
「突然どうしたの、ケリエル? 解呪は二つ同時に行うのではなかったの?」
現状を知る同じ魔法使いの侯爵夫人が、代表してケリエル様にたずねてくれた。
ケリエル様は私に視線を合わせると、ニコリと微笑んだ。
「クリスには何も話していないので、順を追って説明しますね。まず一つ目の呪いは、間抜けな力だけある研究所の職員が薄れた呪いを修復してしまったために、本来の力を発揮してしまっている状態です。その呪いが強力なため、二つ目の呪いが機能していないのが現状でした」
私もそれは知っていると頷くと、侯爵様が首を傾げた。
「それならばもっと早くに、二つ目の呪いは解呪すればよかったのではないか?」
「はい、父上の仰る通りです。二つ目の呪いは解読できていたので解呪は可能であったのですが、ただその副作用と申しましょうか、二つ目の呪いを解呪した時にどんな影響が出るか私も分からなかったために、今まで様子を見ていたのです」
侯爵様の疑問に頷いたケリエル様だが、二つ目の呪いの解読は以前からできていたと仰った。
え、そうだったの?
私以外の皆様が何も言わないところをみると、知らなかったのは私だけかと少し落ち込んでしまう。
すると、後ろからカーターが『全ての呪いが解読できていない状態でクリス様に一つだけ解読できたと話しても、ぬか喜びさせるだけだからとの皆様の配慮ですよ。後ろ向きに捉えないでくださいね』と囁かれた。
見透かされていると恥ずかしくなりながらも、私のことを常に気遣ってくださる侯爵家の皆様にほっこりさせられる。
助力してくれるカーターに感謝。
「ですが現状、いまだに一つ目の呪いの威力は衰えていません。そうなると二つ目の呪いの影響はほとんどないように思われます。それとペルが基礎になっていた古代魔法を徹底的に調べなおして、そこに異変を見つけました。件の研究員にそれを修復させたところ、隠されている言語が浮き出てきたそうです。それによると、過去にその魔法を何度も重ねた実験が行われていたらしいのですが、副作用といった例は一切なかったそうです。反対に重ねることで最初の呪いこそがより強くなると書かれていた。だから二つ目の呪いを解いてもクリスの体に害はないと決定付けました」
二つ目の呪いを解く決定打は、その実験結果があったから。
確かな安全をと、私の体を慮ってくれるケリエル様に嬉しくなる。
思わず顔を緩ましたままケリエル様を見つめていると、くるりとこちらを向かれてドキッとなる。
「二つ目の呪いを解いたからといって、今の状態がなんら変わることはないんだけど、それでも邪魔なものは一つでも減らしておきたいと思うんだけど……クリスはどうかな?」
「分かりました。よろしくお願いいたします」
ケリエル様が私の意思を確認してくれるので、私はしっかりと頷いた。
私の表情を見て、それまで少し心配するように見ていたケリエル様がホッと顔を緩ませる。
「不安になることはないからね。解呪もすぐに終わるから」
「はい。私はケリエル様を信じていますから。全てお任せいたします。ケリエル様のお気持ちのままに」
ニッコリ笑う私に「その言葉、ちょっとやばい」とケリエル様が顔を赤らめたが、すぐにカーターに「理性は大事ですよ~。羽目を外したら今まで培ってきた信頼を、一気になくす可能性がありますよ~」と耳元で囁かれている。
私は首を傾げて侯爵夫妻を見るが、笑顔のまま「我が子ながら、あんな言葉でどれだけの想像をしていることやら」と仰る夫人に「一緒に暮らすという据え膳状態に、色々と溜まっているんだろうね~」と侯爵様が返している。
私はなんとなく聞かなかったことにしようと、そっと侯爵夫妻の後ろに控えているハバスんさんと目を合わす。
ハバスさんがそれでいいというように頷くので、少しだけ冷めたお茶で喉を潤した。
やっと呪いが一つ解ける。
現状は変わらないとしても、それでも心に重くのしかかっていたものの一つが無くなるのだと思うと、自然と顔がにやけた。
どこの誰にかけられた呪いかは分からないが、私を恨む者の仕業だということだけは分かる。
そして呪いが解呪できた場合、その呪いはかけた本人に戻ると言われている。
この呪いもまた、術者に戻るのだろうかと少し心配にもなったのだが、それも仕方がないことだろう。
悪いが自業自得というものだ。
私はその後の術者の状況を、頭から消し去った。
その晩遅くに解呪は行われた。
説明が終わり、次の日にでも改めてというケリエル様に私が無理を言って、その日のうちにお願いしたのだ。
解呪はケリエル様一人でも十分だったのだが、万が一に備えて、侯爵夫人とカーターがそばについていてくれた。
侯爵家の地下室に連れて行かれた私は、広々とした部屋に案内された。
そこは何もない、ただっぴろい空間。
ケリエル様はその部屋の床に、術式を描く。
複雑な呪いのため、下準備が必要とのことで私は侯爵夫人と大人しくケリエル様の様子を眺めていた。
初めて見る真剣な魔法使いのケリエル様の姿に、少し胸がキュンとなった。
カッコイイ~~~~~♡
ボ~っと見惚れている私の横で、侯爵夫人とカーターがひそひそと会話を始める。
『ちょうどいいですね。クリス様がケリエル様に見惚れ始めました』
『クリスはケリエルに見惚れると、魂を飛ばすそうね。それならば解呪の間の記憶は飛んでしまうのかしら?』
『はい。ですから、気が付けば終わっている状態になるので、クリス様の心の負担は軽くなるかと』
『そう。それは良かった。では終了したら寝台に運んで寝かせましょう。目が覚めたら終わっているという状況が一番いいわ』
『はい』
そんな会話がなされているとも知らずに、私はケリエル様をただひたすら見つめ続け、気が付けば翌朝になっていて、鳥の鳴き声と共にスッキリした気持ちで目が覚めたのだった。




