徹底的に
「物理的に勃たない魅力の欠片もない女とは結婚できない。と言ったのですが、ご理解いただけませんか?」
「………………………………」
ミレニアム様が王太子殿下におかしなことを言っていたので、全否定させていただいたら、皆が呆然と私を見つめてきた。
私はクリス以外に興味がない。
それは心身ともに、ということだ。
結果、どんな女の裸を見ても興奮することがない。
私も二十歳の健康な男性だ。
いつ訪れてもおかしくないクリスとの関係のための練習として、それなりに経験もある。
だが、物理的に行動を起こしても一切、心と体が反応しないのだ。
そういう行為はハッキリ言って、不快でしかない。
それなのに、相手がクリスとなると元気いっぱいになる。
想像だけで満たされるのだ。
私には魅力的な女性はクリスだけだから、国を出る気はないと説明してやったのに、どうして皆唖然とした表情になるのだろう?
そこは殿下が率先して、喜ぶ場面ではないのか?
「あ~、うん。そういうことは言葉を選ぼうか、ケリエル。色々と、うん。色々と貴族男性が人前で言ってはいけないことだと思うから」
「そうですか? 根本的に無理な話をされても仕方がないと思うのですが? 魅力のない女を国や家を捨ててでも拾うような男が、この世にいるとは思えないのですよ。地位だけで性欲は満たされません」
「その通りだね。いや、そういうことではなくて……。まずは魅力のない女という表現はやめようか。差別になるよ」
「私にとっては、といえば良かったですかね? まぁ、ミレニアム様がこの国でやってきて行動したイタイ姿……自由奔放な姿を見て、魅力的だと感じる男性がこの国にいるかと訊いて、頷く者がどれだけいるか私には分かりませんが。この中で彼女が好みの者は手を上げて」
王太子殿下と言いあっていても仕方がないと、私は周りにも意見を求めるつもりで挙手を願い出たのだが、一斉に目を反らされてしまった。
王太子殿下が俯いてしまう。
めっちゃ肩、震えてますけどね。笑っているのがバレバレですけどね。
どうせ私が、ハッキリキッパリ断るのが分かっていたくせに。
私が困ったなというように腕を組むと、それまでポカ~ンと口を開けて見ていたミレニアム様が顔を真っ赤に染めて怒鳴りだした。
「酷い! 酷過ぎるわ、ケリエル様! こんな侮辱を受けたのは初めてよ。お父様に言って不敬罪で捕まえてもらうから」
「真実を述べたまでですよ」
「煩い! 他国の王族を侮辱して、ただで済むと思わないでよ。ちょっと、ねえ。お姉様からもなんとか言ってよ。可愛い妹が馬鹿にされているのよ」
そう言ってヴァレット様に掴みかかろうとして、パンっと手を叩き落とされた。
「え?」
え?
叩かれた手を握りしめて驚くミレニアム様を、ヴァレット様は冷めた目で見下ろしている。
その光景には、今まで好き放題言っていた私も吃驚だ。
「貴方には、ほとほと呆れました。他国に無断でついてきて、気に入った男性に婚約者がいるのも構わず言い寄る。そこまでは一国の王族として恥ずべきことではありますが、お父様の後押しもあったのかもしれませんし、甘やかして育てた私を含め周囲の責任でもあります。ですが、その姿はなんですか?」
そう言ってパッと開いた扇で顔を隠すと、侮蔑の込めた目で妹を見据える。
「髪も服もボロボロで喚く姿に、王族としての威厳など微塵も感じませんわ。女性として興味がないと仰るイブニーズル様は間違っておりません。私も貴方に少しも興味がわきませんもの」
ヴァレット様のそんな姿を、ジェルニング国の者は初めて見たのかもしれない。
ミレニアム様をはじめ、皆が顔を青くさせている。
王太子殿下だけがニマニマと笑っているのは場違いだが、私としては大変興味深い。
ヴァレット様は追撃の手を休めない。
「あ、あの、もうその辺で……」という勇気のある侍女にも、パシンっと手で払っている。
「それに無礼無礼と喚きたてていますが、貴方はイブニーズル侯爵夫人に何をしたか忘れているの? 他国の高位貴族に扇で指すなど、許される行為ではないのですよ。その上、横柄な態度で命令したそうですね。イブニーズル様に婚約者と別れろと。貴方にそんな権限がありますか? 仮にも夫にと願った男性のお母様にそのような態度をとるとは、どういう了見なのかしら? 惚れる以前にそのように見下してくる女を好意的に見るなど、できるはずがないではないですか」
一気に畳みかけると、ヴァレット様はプルプル震えるミレニアム様の顎をクイッと上げた。
「とっとと国に帰って、お父様に報告しなさい。貴方がどれだけ馬鹿なことをしでかしたのか。そして金輪際、他国に出ることは許しません。この件はネルギニ国やイブニーズル様が許してくださったとしても、この私が絶対に許しませんから。お父様が関ったとする事案に対してもなかったことにはさせませんので、覚えていなさい」
そこまで言って、ポイっとミレニアム様の顔を放り投げる。
勢いあまって転ぶミレニアム様。
確かに体の弱い兄の変わりに、幼い頃から帝王学をみっちり仕込まれただけのことはある。
女王と呼ばれてもおかしくはない貫禄を持った女性が、そこにはいた。
同じように隣で王に相応しい男が、ニマニマ笑ってその光景を見ている。
腕を組んで、本当に楽しそうだ。
この二人が次期国王夫妻として君臨する。
――あ、やば。
私は、父上達のように簡単には抜け出せない未来を想像した。
ああ、私のクリスと二人だけで領地に引きこもる計画は、前途多難だと脱力する。
そんな私に気が付いた王太子殿下は、小声で『魅力的な女だろ』と言ってくる。
仕方がないので私も小声で『クリスほどではありませんが』と返しておく。
ぶれないなと笑いだす王太子殿下に、緊迫した周囲がギョッと驚くのは無理もないだろう。
「お、お姉さ……」
背中を向けるヴァレット様に、か細い声をあげるミレニアム様。
幼い頃から帝王学を学んでいた姉は、妹に感情を向けることがなかったのだろう。
いつも微笑を絶やさず、周囲に甘やかされて我儘し放題の妹にも、一切声を上げることはない。
その姿に、自分の方が周囲から愛されていると勘違いまでした妹。
見下していた姉に叱られ、背を向けられた妹は必死に姉へと手を伸ばす。
だが、既に見放した姉にはもう妹の声は届かない。
ヴァレット様はゆっくりと、私に頭を下げた。
「最後の最後まで、このような醜態をさらしたこと、深くお詫びいたします。ジェルニング国の代表として、この場で謝罪させていただきます」
「確かに今はジェルニング国の代表者ではありますが、近い将来我が国の王太子妃となるお方に頭を下げられては、いたたまれなくなりますね。私も言葉が過ぎた点は申しわけなく思っておりますので」
「わざとでしょう。イブニーズル様はお強い方だから。ああ、彼女の言葉を借りるなら、お優しいからでしょうか? 相手に歯向かう気を失くさせるほど徹底的に負かす。フフ、怖くて優しいお方だわ」
「恐れ入ります」
私がひょっこり頭を下げると、ヴァレット様は真剣な表情で私に語る。
「今回の件、ジェルニング国の者が妥協案を出してきてもお受けすることはございません。私はお兄様に、お父様とは違う使者を送るつもりです。そこでお父様がミレニアムにさせていた件を公にして、お兄様に王位を継いでもらうようにいたします。ジェルニング国がネルギニ国の信頼を裏切ったせめてものお詫びとして、そう対処してほしいと。そうでなければ私はこのままネルギニ国王太子の婚約者として居座るわけにはまいりませんし、両国との間にも亀裂が生じると思いますので」
「はぁ、それでヴァレット様のお気が済むのなら、お好きに」
なんだか大事になったなぁと思いながらも、実質的にジェルニング国はネルギニ国に頭が上がらない状態になるわけだ。
今の国王が引退すれば、引き継いだ兄王子はヴァレット様の言うことを聞いてくれそうだしね。
私とヴァレット様の会話を聞きながら、隣でニヤニヤ笑っている男に振り返る。
「なんかこれって、王太子殿下の一人勝ちのように見えるのは、私だけですか?」
「素晴らしい伴侶を持った男の特権だと思ってくれ」
「うっざぁ……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
私と王太子殿下はニッコリと、同時に微笑みあった。




