受け入れました
ケリエル様が謝罪した後も、更に報告は続けられた。
どうやら王太子殿下がヴァレット様を引き留めて、改めて二人で国王陛下に報告されたらしい。
ジェルニング国の対応はミレニアム様を強制送還した際に、ヴァレット様の侍女から信頼のおける者を同行させ、その者が洗いざらい自国の国王陛下に報告することになったようだ。
ネルギニ国としては相手の出方を待つという方針のようで、全てを聞いたジェルニング国の国王陛下がどのように対応するかで、今後の国との関わり合いを考えるとのことらしい。
その間、ヴァレット様には王太子殿下が寄り添い、決して勝手に王妃の座から降りようとはしないように言い聞かせるそうだ。
「それに私も加担することにしました。要するに、ヴァレット様は悪くないですよ~、イブニーズル侯爵家はヴァレット様を後押ししますよ~っという、猫なで声を出すことにしたのです」
私は一瞬首を傾げたが、次の瞬間ポンッと手を叩いた。
迷惑をかけられたのはイブニーズル侯爵家だから、その侯爵家の嫡男であるケリエル様が問題なしと発言されれば、ヴァレット様も負い目を感じることがなくなるだろうとの判断なのだ。
しかも、他国の出であるヴェレッド様の後押しをするとの発言は、万が一にもジェルニング国と揉めた際は、イブニーズル侯爵家が後ろ盾になるとの約束。
それは、今回の件は一切問題なく、王太子殿下とヴァレット様の婚姻を祝福するというケリエル様の応援なのだろう。
ケリエル様、優し過ぎる~っと思わず惚れ直していると、そこにはちょっと悪い笑みを浮かべたケリエル様の姿があった。
思わず視線を逸らす私。
「フフ、私がクリス以外の女に優しくするなど何を血迷っているかとお思いかもしれませんが、実は、王太子殿下に旨い報酬をいただいたのです。それは、父上と母上の復帰を今後一切、どのような状況になろうとも絶対に求めないということです。ジェルニング国がどう動いたとしても、それだけは国王陛下並びに王太子殿下が保証するそうなので、手を貸すことにしました」
「あら、それはいいわね」
「ふむ。それならば私も調子を合わせよう」
侯爵夫妻が頷くので、私はキョトンとしてしまう。
お二人の復帰って、なんのことだろう?
すると私の視線に気が付いた侯爵夫人が、ニッコリと笑って説明してくれた。
「クリスは知らない話よね。実は私も魔法使いで、魔力量もそれなりに多いのよ。普通の令嬢でいたかったから隠していたんだけど、やっぱり王族には知られてしまってね。少しだけ王族専属の魔法使いとして城に勤めていた時期があったのよ」
なんですと⁉
ケリエル様が魔法使いだと知った時に、お母様である侯爵夫人も魔法使いだとは聞いたけれど、まさか王族専属の魔法使いだったなんて。
それはある意味、世間が知らなくても当然の話かも知れない。
だって王族専属ということは、その存在は上層部の一部の者のみに知られていることだから。
世間に顔を知られると、王族に信頼されている立場を利用しよとしたり、その溢れる膨大な魔法を悪用する者が必ず現れるから、昔からその存在は秘匿とされていたのだ。
そんな存在が侯爵夫人だなんて……。
私が驚いた目をそのまま向けていると、侯爵夫人はクスクス笑って先を話してくれた。
「その時期にね、主人と出会ったの。ギプラは私を辞めさせるのに近衛騎士の隊長になったわ。彼は彼でその職に就くのを嫌がって逃げていたのだけれど、私を辞めさせる交換条件に使われてしまったのね。その後、ケリエルが魔法騎士団の団長になると王太子殿下と約束して、ギプラも近衛騎士を辞められたのだけど、何かあるごとに呼びつけられるのよ。今でも城に行くのは、そのため。城での職種は何になるのかしら?」
夫人の肩に手を置いたままの侯爵様に、視線を向ける侯爵夫人。
「ご意見番だな。国王陛下の相談役となっている。一応、給料ももらっているが早く辞めさせろと常々言っている」
全く領地の経営もあるのに多忙過ぎる。私より忙しいケリエルに負担をかけるのも可哀そうだしな。とブツブツ呟いている。
相当、鬱憤が溜まっているようだ。
でも、そう考えるとイブニーズル侯爵家の皆様は、それぞれにかなりの力をお持ちのようだ。
ケリエル様が王太子殿下と仲が良いのも頷ける。
だって、ご両親からして王族とは深い仲なのだもの。
国王陛下の相談役って、相当だよ。
「でも、やっとその役から解放されるのなら、あの小娘の襲撃も腹立たしいだけじゃなかったわね」
「私の交渉のお蔭だということで、此度の私の落ち度は許していただけますか?」
「ああ、良くやった。この際、王太子殿下にはせいぜい恩を売っておけ」
「あの人、何気に国王陛下より優秀ですから、意外とすぐに恩を返されてしまうんですよ。結局は取引になるんですけどね」
「うむ。次世代には頼もしいが、我々には厄介だな」
……怖い。
黒い笑みの三人に、鈍い私も震えてしまう。
うん、なんか皆がケリエル様は優しいだけじゃないという意味が分かった気がする。
密かにプルプル震えていた私は、カーターと目が合う。
『ド・ン・マ・イ!』
何が?
両手拳で元気づけてくれているようだが、意味が分からない。
私がう~っとカーターを睨みつけていると、ケリエル様がヒョイと顔を近付けてきた。
「大丈夫? ミレニアム様は明日には強制送還されるけど、まだ怖い?」
「あ、いえ。ミレニアム様が怖いわけでは……」
怖いのはイブニーズル侯爵家。と言いそうになって、慌てて口を塞ぐ。
いやいや、私にはこの上なく優しい人達だ。
怖がるなんて失礼過ぎる。
今回のことだって、侯爵夫人が私を守ろうとしてくれて、ケリエル様が私を助けに来てくれた結果だ。
私はニッコリとケリエル様に微笑み返す。
「大丈夫です。ありがとうございます。あの、ヴァレット様の説得、ケリエル様のお心が通じるといいですね」
「私というより、王太子殿下のだけどね。まあ、あの二人が上手くいけば私にもメリットはあるからいいけど。ああ、クリスとのお茶会も無効にしておくのを取引に入れておこう」
「え?」
「あの王太子殿下のことだから、女性に戻ったらまた頻繁にヴァレット様のそばに呼び寄せるようになるよ。今のうちに釘を刺しておく。クリスは城に行かせないと」
そう言われて、私はケリエル様がまだ私が女性に戻ることを諦めていないと知る。
正直、ホッとした。
最近のケリエル様は男でも関係ないと言ってくれるのは嬉しいけれど、そのまま男の姿で娶る勢いがあったからだ。
私はあくまで女性だ。
もう妹だとか同情だとか、ケリエル様の気持ちを疑うような真似はしないが、男性の姿のままウエディングドレスを着るのは、流石に抵抗がある。
私は姿勢を正して、ケリエル様に向き直る。
「私、ちゃんと女に戻ってケリエル様の妻にしていただいたら、ヴァレット様のお話相手に呼ばれるのも受け入れます。ケリエル様の伴侶として社交も頑張るつもりです。ですから延期という方向にしていただければ、取引しなくても大丈夫ですよ。少しでもケリエル様のお役に立てるのなら、なんでもします」
「クリス……」
私が妻や伴侶という言葉を口にして流石に恥ずかしくて俯いていると、椅子を蹴倒したケリエル様にガバッと抱きつかれた。
「ああ、可愛いクリス。そうだね。呪いを解けば君の気苦労も減るだろうから、その後は二人で頑張ればいいだけのことだ」
「いやん。もうクリスってば、なんて健気なの」
「可愛い娘が嫁にきて、我が家も安泰だな」
侯爵夫妻も喜んでくれているのは嬉しいけれど、できればケリエル様を止めていただきたい。
恥ずかし過ぎるとカーターに助けを求めたが『自業自得です』と口パクされた。
イブニーズル侯爵家の食堂で、全員に生暖かい目を向けられたのは、生涯の黒歴史……思い出になるだろう。




