妹姫の撤退
どうして私はまた、ケリエル様の膝の上に座っているのだろう?
侯爵様のお言葉通り、暫くするとケリエル様はご帰宅された。
嬉しくって小走りでエントランスまでお出迎えする私を、ニッコリ笑ったケリエル様は横向きに抱きかかえ、そのまま談話室まで運んでしまったのだ。
ソファに座ると先程と同様に、膝の上に乗せられギュッと抱きしめられる。
恥ずか死ぬ!
私が一人悶える中、侯爵夫妻は生暖かい目を向けるも何も仰られず、食事の用意ができたと聞いて先に食堂へと向かわれた。
私も一緒にと、後に続こうとしたのだが、一向に動く気配のないケリエル様。
待っていてくださる侯爵夫妻に申しわけなくて、私は必死でケリエル様に移動しようと訴える。
「ケリエル様、とにかく一度降ろしてください。食事が冷めてしまいますよ」
「まだ駄目。クリスを補充しきれてないから」
「補充ってなんですか? とにかくお話しがあるなら食事の後に改めてお聞きしますので、今は食堂に行きましょう」
「う~ん、それとこれとは意味が違うんだが、まあ、いいか。分かった。また、抱っこして連れて行ってもいい?」
食堂に行くことは同意してくれたが、先程の移動手段をもう一度したいと言うケリエル様に、私はギョッとなる。
「駄目です。絶対に駄目です。恥ずかしいです」
真っ赤になってイヤイヤと首を振る私に、ケリエル様は相好を崩す。
「男の姿だから嫌じゃなくて、恥ずかしいから駄目なんだ。可愛い。やっぱり離れがたい」
ポッコ~ン!
私の顔を覗き込んできたケリエル様の麗しいお顔に、何かが命中した。
え? え? え?
慌てる私と痛みに堪えているケリエル様。
談話室の扉から、ケリエル様と同じ麗しいご尊顔に満面の笑みを浮かべて立っていたのは、侯爵夫人。
「早くしなさい。攻撃魔法が得意なのは、貴方だけじゃないのよ」
「……はい。すぐに行きます」
「い、今のはなんだったのでしょうか?」
「フフフ、クリスは気にしなくていいのよ」
「えと、その、ケリエル様。大丈夫ですか?」
「フフフ、クリスは気にしなくていいのよ」
……侯爵夫人、もしかして昼間のことで少し短気になられてますか? 私はいつもの侯爵夫人が大好きです。
「大丈夫。行こうか」
顔を押さえながらも、やっと動き出したケリエル様は、ちゃんと私をおろしてくれた。
とりあえず、無事に食堂へ迎えてホッとした。
「ミレニアム様は当然、祖国に強制送還だけど、ヴァレット様まで一緒に帰ると仰ったのには、流石に驚いたな」
ケリエル様がミレニアム様のその後の報告をしてくれたのは、食後のお茶をいただいている時だった。
「ヴァレット様は責任感の強い方だからね。妹がこの国に迷惑をかけたことが許せなかったらしい。一度自分も戻って国同士で話し合いの場を設け、両者意見が合わなければ、この婚約も考え直した方がいいとまで仰ったんだ」
「まぁ、ヴァレット様ってあの非常識が服着て歩いているようなミレニアム様と本当に血の分けたご姉妹?」
「そこは疑ってはいけないよ、エルマ。だが、素晴らしいね。王太子殿下に助けを求めて、私達の口を塞けば簡単に闇に葬れる案件でもあったのに、それをなされなかったのは好印象だ」
ケリエル様と侯爵夫妻の話を聞いていた私は、一人驚きに目を丸くしていた。
だって、ヴァレット様が祖国に帰るって、なんでそんなことになったの?
ううん、話はちゃんと聞いていたわ。
確かにこれから王妃になろうとしている国で、妹が傍若無人な態度を繰り返し、高位貴族に喧嘩を吹っかけたのだから、ヴァレット様としてはいたたまれなかったのだろう。
だけどヴァレット様は、王太子殿下に好意を抱いていたはず。
お二人はとてもお似合いだった。
想い合っているのが近くにいて、ちゃんと伝わってきていたもの。
それなのに、婚約を見直しって……。
しかも自分の所為ではなく、妹のしでかしたことでなんて、そんなのあまりにも辛過ぎる。
私はケリエル様に問いかけてみた。
「あ、あの、王太子殿下は? 王太子殿下はそれを聞いて、なんて仰ったんですか?」
私の質問にケリエル様は一瞬、不思議そうな顔をしたものの、ニコリと笑って私の頭を撫でた。
「うん。心配しなくていいよ。ヴァレット様が帰られることはないし、国同士が揉めることもない。そんなこと、殿下がお許しになるはずないからね」
「え?」
私が首を傾げると、更にくしゃくしゃと頭を撫でられた。
「ああ見えて、王太子殿下もヴァレット様のことはとても気に入っているよ、そうでないとあの殿下が、ミレニアム様という非常識を絵に書いたような娘を放っておくわけないからね。あれほど自由にさせていたのは、殿下がヴァレット様を尊重していた証なんだ。国王陛下もそれが分かっていたから、ミレニアム様の無茶なお願いも聞き入れてあげたんだよ」
若者だけの夜会はそういうことだったのかと、私がホッとしかけた途端、侯爵様がムッとした感じで声を上げた。
「だけどその煽りを受けたのが、あんな小娘に目を付けられたケリエルと我が侯爵家だ。お前のいい加減な対応の所為で、私のエルマが無礼な態度を取られたのだぞ。そこはお前の落ち度だからな。母上にちゃんと謝りなさい」
そう仰って侯爵様は夫人のそばに歩いて行き、座っている妻の肩に労わるように両手を置いた。
あら、私は別に。と微笑んでいるが、侯爵夫人が本気でムカついたことを私は知っている。
「はい。それに関しては、本当に申しわけございませんでした。深く反省しています。もっと徹底的に蔑んで、女性としての矜持を完膚なきまでに破壊しておくべきでした。王女ということで、相手にしなければそれでいいだろうと、軽く考えていた私の失態です」
あれ?
ケリエル様が悪いわけではないのにと少し悲しい気持ちでいた私は、ケリエル様が謝罪すると同時に発した言葉に、首を傾げる。
蔑むとか、女性としての矜持を破壊って、優しいケリエル様の言葉とは思えない単語を耳にした気がする。
思わずカーターの方を見たが、思いっ切り目を反らされてしまった。
仕方がないので、私は聞き流すことにする。
……だって今日のイブニーズル侯爵家、怖いんだもん。




