分かりません
どのようにして、与えられた部屋に戻って来たのか分からない。
泣きながらご飯を食べていた記憶はある。
途中、何度かケリエル様がフォークに刺して口元に食べ物を運んでくれていたようには思うが、カーターにその都度ペイっと払われていた。
文句を言っていたようにも思うけど、侯爵夫人やハバスさんに何かを言われて自分の食事に戻っていたのを、朧気ながらに覚えている。
食事を終えた後は、ケリエル様が部屋まで送ろうとしてくれていたが侯爵に捕まって、結局はカーターに送ってもらったのだろう。
今はソファに座ってボーっとしている私の横で、カーターがお茶を入れてくれている姿がある。
「まあ、クリス様も大変でしょうが、あまり深くは考えない方がいいですよ。ケリエル様がなんとかしてくれますって。少々やばい方ではありますが優秀ですし、何より基本クリス様には酷いことはしませんから心配することはありません。他の者には分かりませんけど」
後半よく聞こえなかったが、カーターが慰めてくれている。
軽口をたたかないなんて、らしくないなぁと思いながらも、今はカーターの優しさに甘える。
「カーターの本当の主はケリエル様なんでしょう。もしかして、カーターはケリエル様の気持ちを知っていたの?」
「ケリエル様がクリス様に、気持ちが悪いぐらいベタ惚れだってことをですか? もちろんですよ。それ込みで、俺がクリス様の元に送られたんですから」
ケリエル様が私にベタ惚れだと言われて、ボンっと一気に顔が赤くなる。
記憶が混乱していて何が現実で何が想像なのかよく分からなくなっていたけど、どうやらケリエル様が私を好きだと言ったのは、現実のことらしい。
あわわわわっと、顔を赤くしたまま狼狽えていると、カーターが「今更」と言ってプッと吹き出した。
両手で赤い顔を隠すように押させる。
「本当に、ケリエル様の気持ち分からなかったんですか? あんなに露骨なのに?」
カーターが笑いの残る顔で確認してくるが、私は仕方がないじゃないかと睨んでしまう。
「だって、だって、ケリエル様は昔から優しくて、大切にしてくれて、いつも安心させるように頭を撫でてくれたんだもの。私が子供の時も、男の姿になった時も、女に戻った時も、ずっと態度は同じだった。何一つ変わらなかったのだから、私はてっきり変わらないのは恋愛対象として見ていないから。妹枠だからだと……」
「だから、産まれた時から唾つけるほど好きだったのですから、態度が変わるはずないじゃないですか?」
まあ、それもどうかと思いますけど。と言うカーターに、私は思わず反論してしまう。
「でも、でも、それにしたって、まさか男の姿の時も変わらないなんて、そんなことあるわけないと思うじゃない」
「だから、男でもクリス様なら好きってことでしょう」
「!」
私はカーターの顔を凝視してしまう。
え? ちょっと待って。それって、私ならどんな姿の私でも好きってこと?
幼女ても、男性でも、女性でも?
共通しているのは、私……の、顔?
「……ケリエル様って、そんなに私の顔が好きなかしら?」
「は?」
私が思わず呟くと、カーターが間の抜けた声を出し、私の顔を見つめて来る。
これは、どうしてそう思ったのか答えろってことよね。
私は自分の顔を両手で挟みながら、必死で自分の考えを口にした。
「え、だってそういうことでしょう? 赤子の時なんて私の性格はまだ形成されてなかったし、男の時なんて意固地で根暗で引きこもりで、お世辞にも好かれる性格なんてしてなかったわ。女に戻ってもケリエル様に甘えてばかりで迷惑しかかけていないのに、好かれる要素が見当たらない」
「……なんて後ろ向きな考えをする人なんだ」
私が勢い込んで気持ちを吐露すると、カーターは頭を抱えて俯いてしまった。
何よ。だって、そうじゃない。
私の性格なんて褒められたもんじゃないもの。
女の時は甘ったれで男の時は無表情って、何それって感じだわ。
現に男の時は、社交界でも嫌われていたんだから。ぐすん。
「クリス様、流石にそれは卑屈過ぎます。クリス様にだっていいところはありますよ」
「だからそれが顔なんでしょう? あ、でも、ちょっと待って。私の顔なんてエリオットにも言われているけど、たいしたことなんてないのよね。特別、綺麗なわけでも愛嬌があるわけでもないのに、あんな素敵なケリエル様に好かれる容姿なんてしていないわ。なのに、どうして……」
そこで考え込んだ私に、カーターが慌てて声をかけてくる。
「待ってください、クリス様。何か大きな誤解を……」
「あ、もしかして、ケリエル様って……」
私は自分の考えに没頭していてカーターの言葉を聞かずに、自分の考えを言葉にした。
「変わった趣味をしているのかしら?」
コテンと首を傾げた私に、カーターがガクッと転んでいたのは何故なのかしら?
「……ケリエル様、俺は貴方に初めて同情します。あまりにも不憫だ」
カーターが床に突っ伏して、起きてこない。
少しだけ嗚咽のような声も聞こえる。
彼の意見を訊きたかったのだが、これは無理そうなので諦める。
私の中でケリエル様が〔美丈夫なのに変わった趣味の方〕というのが定着した瞬間だった。
「もう、なんか、ケリエル様の好みはそれでいいです。訂正は本人にしていただきましょう。とにかくケリエル様の気持ちだけは理解しましたよね? ちゃんと受け取りましたよね?」
何故かカーターが勢い込んで、ケリエル様の気持ちを確認してくる。
うん、それは、まぁ……と顔を赤くしながら肯定しかけて、私はまたもやハッとする。
――ちょっと、待って。
確かにケリエル様はどんな私でも受け入れてくれるのかもしれないけれど、それでも今は男なのだ。
十年男だった私を見捨てずにいてくれたとはいえ、一旦女の姿を見た後に男の姿を好きでいられるなんてことは、あるのだろうか?
少なからずは、幻滅するよね。
改めて考えるとやっぱり違うってことに、なるんじゃないかな?
今は男に戻ってすぐだし、私が落ち込んでいるから優しいケリエル様は私の気持ちを優先してくれているけど、冷静に見てみたらってならないかしら?
だって、同じモノ、ついてるんだよ?
ゆっくりと視線を下に向ける。
フルフルと震えだす私にカーターは「うわぁ、嫌な予感がする」と本当に嫌そうな顔をしてくる。
何よ、酷いわね。
私が本気で悩んでいるというのに、それでも専属執事なの? と文句を言いそうになったが、その前にカーターに「とりあえず、今何を考えたが話してくれます?」と言われたので、素直に自分の考えを話した。
「なんか、もう、笑える。先程の話を聞いて、どうしたらそんな考えに至れるのか? 結局は、グルグルと同じことを考えているだけじゃないですか。堂々巡りです。うん、爆笑させてもらっていいですか?」
カーターの心底呆れた様子に、私は恥ずかしくなって声を荒げた。
「酷い! ちゃんと正直に話したのに」
「はいはい、俺は酷いです。でも、クリス様だっていい加減酷いですよ」
そう言ったカーターの目は本気でうんざりしているようだった。
今まで見たことのないそんな姿に、思わず一歩後ずさる。
「おっと、すみません。思わず気が緩んでしまいました。怖がらないでください。ケリエル様に殺されてしまいます」
「カーター……」
すぐに謝罪し、お道化た様子を見せるカーターに私はなんて言っていいのか分からなくなる。
そんな私にカーターは苦笑しながらも、カシカシと頭を掻く。
「俺は、まぁ、十年も一緒にいたのですからクリス様に情もありますし、こんな呪いをかけられて可哀そうだとも思っています。ですが、ケリエル様の気持ちぐらいは変なこと考えずに、素直に受け取ってあげて欲しいとも思うわけですよ。ケリエル様は俺にとって主であると同時に、師匠であり兄貴だとも思っていますので」
「え?」
「俺、三歳からクリス様の元に行くまでここに住んでたんですよ。ちょっと人より魔力が多かったので魔力暴走起こしてしまって、周囲に迷惑かけたんです。厄介者になった俺を引き取ってくれたのが、イブニーズル侯爵です。ていうか、ケリエル様が無理矢理俺を連れ帰ったんですけどね」
初めて聞くカーターの過去に、私は目を開く。
え、カーターも魔法使いだったの?




