過去の話
ケリエル様の不審な発言に、食堂は静寂に包まれた。
シ~ンという効果音が響きそうである。
そんな中、第一声を発した勇者は私の専属執事のカーター。
「ケリエル様、突然の暴露話は場を考えた方がいいですよ。皆様、固まっています。しかしクリス様とのキスなんて、いつの間にすまされたんですか? 当の本人が分かっていないようですが」
そう言って、私の後ろにピッタリと控える。
ケリエル様がチラリとカーターを見た。
カーターの身分を弁えない失礼な態度に、私は慌てて謝罪しようとしたが、ケリエル様は気にした様子もなく「覚えてはいないだろうな。クリスが産まれた時だから」とサラリと言った。
は?
またもや場が固まったのは、言うまでもない。
「クリスが初めて目をあけた時、私はあまりの美しさに目を奪われた。そのまま引き寄せられるように、唇を合わせた。それは自然の流れだった。その後、何度か会うたびに繰り返したが、伯爵も父上も何も言わなかったので、私達の仲は公認なのだと思っていた」
ねえ、とケリエル様が悪びれた様子もなく平然と仰るので、思わず視線を向けられた侯爵様を見た。
皆様、同様に侯爵様に注目している。
子供が赤子にしていた、いき過ぎた愛情表現を大人が二人もそろっていて放置していたのかという目だ。
「………………いや、あれはただの挨拶だろう? それに頬にしていたのだと思っていたのだが」
しどろもどろに応える侯爵様に、ケリエル様は尚も平然と返す。
「え? もちろん、頬にもしていましたよ。プニプニのほっぺが気持ち良かったので。クリスは何も覚えていない?」
「赤子の時、ですよね。申しわけありません。流石にそれは……」
覚えていない。というよりは、そんなの記憶に残っているわけないじゃないですか。
ダラダラと汗をかき始める私と、後ろで思いっきり引いているカーター。
「ケリエル様、マジ、やべえ」
聞こえてるって。
「でも私は、責任はとるからと結婚の承諾を求めましたが、まだ早いと仰ったのはお二人ですよ」
「当り前だ。赤子のクリスに何を言っている。せめてクリスが、自分の意思が言えるまで待てと言ったのだ」
「赤子のままだって、クリスはキスしたらニコニコ笑ってくれました。口を離したら私の顔を小さな両手で挟んで、もっともっとと強請っていたのはクリスです。赤子でも意思はちゃんとあったと思いますが」
「馬鹿者!」
とうとう侯爵様が怒鳴ってしまった。
私はというと、ケリエル様に赤子だった時の反応を逐一説明されて心の中で悶え狂っていた。
ひいいぃぃぃ~~~~~、勘弁して。
もっともっとって、何?
私はそんな時期からケリエル様が好きだったの?
グルングルン回る頭でフラフラしていると、後ろからカーターに「あれ、ケリエル様が勝手に言ってるだけですからね。愛想のいい子は何をされても笑っていますよ。自分が喜んでいたと勘違いしないでください」と言われた。
そ、そうなの? そうだよね。自分から求めてなんていないよね?
産まれた時から淫乱って、滅茶苦茶嫌な響きじゃない。
過去の自分の行いにすっかり狼狽していた私は、カーターの擁護に少しだけ落ち着きを取り戻す。
そこでハタと我に返った。
ケリエル様は先程から、普通に私にキスして責任をとって結婚すると口にしている。
それは私を好きだということ?
…………………………。
いやいやいや。流石にそれは図々し過ぎる。
そんな、ケリエル様が私を好きだなんて……。
仮にそうだったとしても、私が男になってしまった時点でその気持ちは変わったはず。
せっかく女に戻ってまたすぐに男に変わってしまう私なんかを、ケリエル様が好きでいてくれるなんて、そんな夢のようなことはないわ。ないったら、ない。
うひゃあぁぁぁ~っと、ケリエル様の発言を改めて考えてしまい真っ赤になり狼狽えている私に、ケリエル様がすっと手を伸ばす。
その手は私の頬に触れた。
ビクッと体が揺れ、カーターが後ろで身構えたのが分かった。
私が嫌がった場合、止めに入ろうとしてくれているのだろう。
カーターの本当の主はケリエル様だというのに、私の専属執事として守ろうとしてくれているカーターにありがたくなる。
だけど、相手はケリエル様だ。
恥ずかしくはあっても嫌なことはない。
私はカーターに目配せして警戒しなくていいと伝えると、ケリエル様に向き直る。
ケリエル様はニッコリ笑って、私の頬をゆるゆると撫でてくる。
は、恥ずかしい~。ご両親が見ていますよ。
「小さい時にキスは済ませていたと聞いて驚いたかな? それとも物事も分からない時分に私に勝手にされていたと知って、怒った?」
そうたずねるケリエル様だが、私が本気で怒っていないと分かっているのか、顔は満面の笑顔だ。
私は赤くなりながらも、素直に怒っていないと答える。
「……驚きは、しました。けど、怒ってはいません。あの、因みにそれは、いつ頃までされていたのでしょうか?」
何度か繰り返したという言葉が気になって、いつまで続いたのかを訊いてみた。
「そうね。こうなったらちゃんと正直に白状しなさい、ケリエル」
「白状も何も、私は嘘など吐いた覚えはありませんよ。私とクリスの結婚は両家共に了承していると思っていましたし、訊かれたこともないので言わなかっただけです。それにあの時だって、こんな可愛い子が大きくなればすぐに求婚者が押し寄せてくると思ったので、先に唾つけとこうと考えただけですから、可愛い子供の発想です」
侯爵夫人が額に手を置いてケリエル様に忠告すると、心外だと言わんばかりに反論した。
「何が可愛い子供の発想ですか。唾つけるとか、考えた時点で子供じゃありません。とにかくクリスの疑問に答えてあげなさい。いつまでそれは繰り返していたの?」
声を荒げる侯爵夫人に、ケリエル様はあっけらかんと答える。
「食事を与えた時まで、続けていましたよ」
「「「は?」」」
侯爵夫妻と私の声が重なった。
食事を与えた時というと、先程話題になった男の子になって暴れていた時の話だ。
ということは、七歳まで継続的に続けていたということ?
口移しで水を飲ませたのは、その延長線上の出来事だったということ?
かああ~っと一気に顔に熱が集まる。
何をどう言っていいのか分からず口をパクパクしていると、ケリエル様に両手で顔を挟まれた。
「だから訊いたんだ。クリスは覚えていないかって」
えっと、えっと、えっと…………………………覚えて、いない。
ていうかこの手、離してください。これではまともに考えることができません。
慌てながらも必死で両手を離そうとするが、ビクともしない。
ケリエル様が力を入れているわけでもないのに、変だな?
「クリスが七歳の頃、いつものようにチュッとかわして、八歳になったら婚約しようねって約束したんだよ。クリスは、うん、て嬉しそうに笑ってくれた。だけど件の魔法使いが現れて……その話しは、流れてしまったね」
動けない私は、思考まで止まりそうになる。
私はいつの間に、そんな約束をしていたのだろう?
そしてそんな大事な約束を、どうして今の今まで忘れていたのか?
私が身に覚えのない話と顔を挟まれた状態に困惑していると、ケリエル様がニッコリと笑って両手を離し、ぐしゃぐしゃっと頭を撫で始めた。
「気にする必要はないよ。そんな話どころじゃなかったんだからね。でも私は約束があろうがなかろうが、クリスを手放す気はないからね。今話したのは、改めてクリスを私の伴侶に望んでいるということを話しておきたかっただけなんだ。例え男の姿のままだったとしても、それは変わらない。だからクリスは、遠慮なくこの屋敷にいていいんだよ」
そう言い切ったケリエル様に、私は呆けた顔をした。
ケリエル様はわざと、幼い頃に約束した話を持ち出したのだ。
また男の姿になってエリオットがいる以上、今度は伯爵家に戻るわけにもいかず、行き場を失くしてしまった私に、居場所を与えようとしてくれている。
ケリエル様は昔の約束通り、私をそばにおくと仰ってくれたのだ。
例えどんな姿であろうと、それは変わらないのだと。
視界が揺らぐ。
気が付けば、涙がボロボロと溢れてくる。
私は男だよ。男なんだよ、ケリエル様。
この国では同性の結婚は認められていないんだよ。
子供も産めない。
そばに置く意味なんてないはずだよ。
それなのに、男の姿でもいいって言うの?
昔、約束したから?
責任をとるために?
「私はずっとクリスが好きだった。だから君には、ここにいる権利がある。私がクリスを欲しているんだよ。それだけは勘違いしないようにね」
ニッコリ笑うケリエル様に、私はただただ涙を流すしかなかった。




