美少年、再び
とりあえず話を進めようとトウハー様に促された瞬間、部屋の扉がノックされた。
軽い挨拶と共に白衣を着た女性が、茶器を持って入室してきた。
どうやら研究所の職員が来客を察知して、お茶の用意をしてくれたようだ。
女性職員はお茶を机に並べると、白衣のポケットから手紙を取り出した。
それを研究所の所長であるトウハー様ではなく、私の横に座っているケリエル様に差し出した。
「あの、イブニーズル様。魔法騎士団から手紙が届いておりますが……」
「ん、サランか。わざわざ手紙など書かなくても、後で寄るつもりだったのに」
「よく言うよ。僕が誘わなければそのまま城から帰るつもりだったくせに。サランはお前の行動をよく把握している」
「煩いよ、ペル。ああ、ありがとう。手間をかけたね」
女性職員が渡した手紙は、どうやらケリエル様の職場かららしい。
ケリエル様が呟いた言葉にトウハー様がツッコミを入れたのを軽くかわして、ケリエル様が女性職員にお礼を言った。
すると女性職員は「いえ、お渡しできて良かったです」とポッと頬を染めた。
ケリエル様は女性職員と面識があるのか普通に手紙を受け取ったが、どうして彼女は来客がケリエル様だと分かったのかしら?
それに職員は、明らかにケリエル様を意識しているように見える。
用事も済んだというのに、手紙を読むケリエル様を赤い顔のままポ~ッと見惚れている。。
私がなんとなくムッとしていると、トウハー様が「ケリエルは、呪いの件でほぼ毎日ここに通っているからね。普通に魔法騎士団にいなければ、こちらにいると思われているんだ」と職場から手紙が来たことの説明をしてくれた。
女性職員が来客と知って、ほぼケリエル様だろうと予想して手紙を持って来たのはそういう理由からなのだろう。が、どうしても女性職員の態度にはモヤッとしてしまう。
「サランはなんだって?」
「明日は私が休みだから、侯爵家に持ち帰れる書類だけまとめてあるとのことだ。家でやれとのことらしい」
「あはは、サランは容赦がないな。しかし、それだけ普段から迷惑をかけているということだろう。休暇を返上して、執務を仕上げてやったらどうだ?」
「馬鹿言え。せっかくお茶会に付き合って、王太子殿下直々に休暇をいただいたんだ。返上なんかしてたまるか。ねえ、クリス」
トウハー様と手紙の内容を話していたケリエル様が、私の顔を覗き込んでくる。
ドキッとした私がケリエル様を見つめていると、前から女性職員の不躾な言葉が聞こえてきた。
「え、や……だ。凄く綺麗な人。えっと、トウハー所長の婚約者様ですか?」
「ふざけないでくれないかな。どう見たってペルとでは不釣り合いだろう。私の婚約者だ」
私の顔を見てハッとした職員は眉を顰めてそう言ったが、すぐにケリエル様に否定された。
「え、嘘、イブニーズル様の?」
傷付いたような顔をした職員だが、すぐにケリエル様から「なんか文句でもある?」と笑顔ですごまれて「あ、いえ、申しわけありません」と慌てて頭を下げた。
そして再び顔を上げると、あら? と何かに気が付いたように首を傾げる。
そんな私達の不穏な空気に気が付いたトウハー様が「用が済んだなら戻りなさい」と彼女の背中を押して部屋から追い出そうとした。
すると、いきなり方向転換させられた職員の足が机にぶつかり、バシャっと勢いよくお茶が零れる。
私のドレスにもお湯はかかったが、裾の方なので問題ない。
ケリエル様が直ぐに気が付き私の怪我の有無を確かめたが、大丈夫だと伝えると安堵して、次に粗雑な行動をした職員に詰め寄った。
「怪我をしたらどうするつもりだ。気を付けろ」と怒鳴るケリエル様に職員は「ごめんなさい」と頭を下げる。
トウハー様が「彼女を押した僕も悪かった」と擁護したが、職員はケリエル様を怒らせたと焦ったのか「彼女、魔法をかけられてますよね。薄れている部分を直しますから許してください、そうれ!」と唐突に、本当にいきなり魔法をかけてきた。
は? と驚く間もなく、私の視界は真っ白になる。
遠くからケリエル様とトウハー様の「待て!」「やめろ!」という声が聞こえたが、どうなったかよく分からない。
そして気がついた時には……違和感が……。
――私は、再び男の姿に戻っていた。
「申しわけございません。申しわけございません。申しわけございません」
床に額を付けながら謝罪する女性職員に、私は「気にしないで。顔を上げて」と言いたいのだが、あまりのことに放心してしまって言葉が出ない。
トウハー様も唖然としているようで、動きが止まっている。
唯一、ケリエル様が私を抱きしめて「大丈夫、大丈夫」と慰めてくれている。
「……なんてこと、してくれたんだ。パティアナ嬢」
「申しわけございません~~~~~」
我に返ったトウハー様が頭を抱えながら、女性職員の名前を呟く。
パティアナ嬢と呼ばれた職員は泣きながら、ひたすら謝罪しているが、泣きたいのは私の方だ。
正直、男の姿になった時はケリエル様以外、気が付かなかった。
私は自分の体だから、違和感には気が付く。
でも、まさか、そんな……と、認めたくないと脳が事実を拒否していた。
そんな状態の中、ケリエル様が私を人目から隠すように抱きしめてくれた。
トウハー様と女性職員はそんな私達を見て、ただ単にケリエル様が発情したと思ったのか「おい」とか「やだ」とか声を上げていたが、私達はそれどころではなかった。
「……ケ、リエル、様……」
震えて言葉が出ない口元を必死に動かし、ケリエル様の名前を呼ぶ。
一時の事だと、すぐに元に戻ると言ってほしかった。
「大丈夫だ。私がいる。大丈夫」
そう言って抱きしめる腕に力を込めるケリエル様に、トウハー様が気が付いた。
「おい、ケリエル。まさか……」
ケリエル様を引きはがし、確認するために私を見ようとするトウハー様の腕を、ケリエル様が魔法で弾き返す。
ピリッと部屋中が放電する。
流石に女性職員も、自分が何かをしてしまったと気が付いた。
そうしてケリエル様から伝えられた言葉に、二人は愕然とする。
ヒックヒックと床に座ったまま、しゃっくりをあげる女性職員と窓枠に手を置き項垂れるトウハー様。
私はケリエル様の腕の中で、動けずにいた。
この腕の中から出てしまうと、現実を見ないといけなくなる。
私にとってはありえない、二度と受け入れたくない現実だ。
「申しわけない、クリスティーナ嬢。彼女はパティアナ・カロッツという名前で、今年入った新人なんだ。魔力も技術もまだまだなんだけど、術式の修復にだけは優れていてね。意味も分からないのに元に戻してしまうんだ。どうやら、薄れていた君の最初の呪いを戻してしまったらしい。詳しくは、その、ちゃんと見せてもらえないと分からないんだけど……」
トウハー様が職員の名前を口にするが、正直、今はどうでもいいい。
彼女に悪気がないのは分かっている。でも、それでも笑って話を聞く余裕は、今の私にはない。
ケリエル様の腕の中から出る勇気さえないのだから。
ああ、頭が痛い。
周囲がグワングワンと揺れ出している。
いっそのこと、このままケリエル様の腕の中で意識を飛ばせるならどんなにいいか。
それでも、そういうわけにはいかないのも分かっている。
私は目を閉じ、そっとケリエル様の胸を押した。
「……ケリエル様、予備の服はお持ちではありませんか? この姿でドレスを着ているのは、滑稽です」
無表情でたずねると、ケリエル様は眉間に皺を寄せた。
トウハー様と職員は、目を大きく開いて驚いた表情をしている。
「ケリエル様」
私が再度お願いすると、ケリエル様はクシャリと私の頭を撫でた。
「私の団長室にある。少し待ってくれ。君、魔法騎士団の副団長サラン・コードランに私の服を一式、用意して持ってくるように伝えてくれ」
ケリエル様に頼まれた職員は、弾かれたように顔を上げ、大きく首を振った。
「いえ、このような事態になったのは私の所為です。私が呪いを直してしまったから。私、責任を取らないと……」
「お前に何ができる?」
「え?」
「邪魔だと言っている。無能ができることなど何もない。せめて伝達ぐらいはしろ」
今まで聞いたこともないケリエル様の低い声。
頭痛を堪える私には、ケリエル様が何を言っているか分からない。
「おい。それは流石に言い過ぎだ」
「ペル、お前もだ。この無能がこんな力を持っているなど、お前は知っていたのだろう。私達に近付ければこうなることを、少しも予測しなかったのか?」
「あ、いや、それは……」
どうやらケリエル様は、職員に何か言ったようだ。擁護したトウハー様にも。
…………………………どうでも、いいや。
多分、ケリエル様は私のために怒ってくれているのだろうが、なんか、もう全てどうでもいい。
元から呪いは解けていなかったのだから。
男に戻ることなど、分かっていたではないか。
少しだけ、少しだけ……夢を見ただけ。
ケリエル様と結ばれる夢を、見せてもらったのだ。
ここ数か月は本当に楽しかったなぁと、私は目を閉じる。
夢はこれでお仕舞い。
私は……私の現実に戻ろう。




