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これからのこと

「……とりあえずこの状況、どうしようか?」

 お父様が私をチラチラと見ながら、ケリエル様に意見を求める。

「クリスは完全に女に戻ったわけではないのだろう? それならば、また近いうちに男に戻るかもしれない。下手したら男と女を行ったり来たり、なんてこともありうるのかな?」

 お父様の言葉にギョッとなった私は、心の中で大騒ぎした。


 何? 何? その嫌過ぎる状態は? そんなことになったら着替えが大変じゃない。なんて何混乱してるの、私? でも実際問題、子供の頃なら体型も変わらないからいいけど、今は結構ハッキリしている。これで誤魔化すのは色々と大変じゃないかな? 男の体型でドレスを着るのは、変態みたいで嫌だ~!


 私がダラダラと汗をかく中、ケリエル様が口元に手を添える。

「先日、やっと呪いの元になっていた古代魔法が分かったのです。後は個人で作り上げた術式を解読できればと思っていたのですが……」

「本当ですか、ケリエル様?」

 突然のケリエル様の解読発言に、私は驚いて彼に飛びついた。 隣に座っていたため、思った以上の近さにハッと我に返り、そして胸元の圧迫感に驚いた。

 え? 腕は回していないけれど、私、ケリエル様に抱きついている感じ? しかも女の姿だから思いっ切り胸元を押し付けている。

 ひょええぇぇぇ~~~!

 私は後ろに飛び退こうとしたがサッと肩を抱かれて、またもやケリエル様の美しい顔に近付いた。

「――ごめん。そのまま下がると、ソファから落ちてしまうと思うんだ」

「…………………………」

 そっと後ろを振り返ると、肘掛けが腰に当たりかけていた。

 うん、そのまま行くと、確実に頭から床に落ちていたね。

 私は色々な意味で恥ずかしくなりながらも、とりあえずケリエル様にお礼を述べる。

「……その、なんだか、すみません」


「気にしなくていいよ。それより解呪の件だけど、もしも昔の呪いが解けたとしても今度は新たな呪いがどう影響してくるか分からない。憶測だが、呪いの種類が同じように性別を変えるものだとしたら、また男になる可能性もあるよね。元の性別は関係なく、女になるだけの呪いなら問題はないかもしれないけど……」

 言い淀むケリエル様に、私も眉間に皺が寄る。

 確かに前の呪いが解けたとしても、新しい呪いが発動したままで、しかもケリエル様が言うように性別を変える呪いなら、また男になってしまう。

 解くなら両方いっぺんに解かないと、どんな影響があるか分からない。


「あの……確認なんだけど、クリスは女の姿の方がいいんだよね?」

 言いにくそうにケリエル様が、私の意思を訊いてくる。

 え、なんで? どうしてそんな確認してくるの? 私、あんなに嫌がってたよね。性格が変わるほど男でいること、拒否してたよね?

 私は突然のケリエル様の発言に、涙が浮かぶ。

 酷い。私は好きで男として生きてきたわけじゃない。

 仕方なく諦めていただけなのに、ケリエル様には私が男として生きているのを楽しんでいたと思われていたのか?

 ケリエル様への恋心が諦められなくて、毎日毎日自分の姿を鏡で見て落ち込んで、そんな姿を嫌悪して、鏡を割りたくなる衝動を我慢して……。


 とうとう私は、ボロボロと涙を流してしまった。

 いつ以来だろうか? こんなに涙を流したのは。

 男として生きていかなくてはいけないと諦めた時は放心して、涙が止まった。

 それ以降、泣いた記憶がない。

「あ、あ、ごめん。私が悪かった。謝るから泣かないで。クリスはずっと我慢していたんだよね。私はそれを知っていたのに、本当にごめん」

 必死で謝るケリエル様に、大丈夫です。こちらこそ取り乱してしまい、申しわけありません。といつものようにすました顔で謝りたいのに、何故かその時の私は幼子のようにボロボロと涙を流すしかできなかった。

 女の姿に戻った途端、昔の私に戻ってしまったみたいだ。

 十年も月日が経ったというのに。



「ご迷惑をおかけいたしました。申しわけありません」

「いや、謝るのは私の方だ。心無い言葉を告げた。申しわけない。ただ、クリスが男として生きていく覚悟を決めた気持ちは、並大抵のものではなかっただろうと。そんな思いをして生きてきた十年を、その、女に戻ってすぐに諦められるものかと思ってね。私の憶測で君の将来を決めてしまってはいけないと思ったんだ。本当にごめんね」

 涙が落ち着いた頃、私は改めてケリエル様に謝罪した。


 ケリエル様にとっては迷惑な話だ。

 いきなり女に戻ったと連絡が来て、それがまたもや呪いをかけられていたなんて。

 しかも前回の呪いの一端を見つけてくれた矢先の話だったから、何気なくどちらの性別がいいのかと訊いただけなのだろう。

 それが目の前で大泣きされたのだから、本当に私はどうしようもない。

 それなのにケリエル様は怒るどころか、謝ってくれた。

 しかもその理由は、私の苦労を知っての発言だったのだ。

 ケリエル様の優しさと自分の愚かさに、また涙が浮かびそうになる。

 するとケリエル様は「コホン」と咳払いされると、頭を優しく撫でてくれた。


「とりあえず女の子の姿に戻ったクリスを見られて、私は本当に嬉しいよ。呪いが解けてない以上、またいつ男の姿に戻ってしまうか分からないけれど、今は令嬢生活を楽しんだらどうかな? 元々クリスティーナは病気がちなため、療養で領地に引きこもっていることになっていたんだし、今クリスティーナとして生きたって問題はないよ。クリスティーンは見聞を広げるため、他国に留学したということにしたらいい」

 ニッコリ笑ってそう言ってくれたケリエル様に、私は喜ぶ前に放心してしまった。

 いいの? 私はまだ呪いが解けていないのに、令嬢生活を送っても?

 いつまた男の姿に戻るかも分からないのに、女として生きてもいいのだろうか?


 私が思案していると、ケリエル様は懐から小さな細長い箱を取り出した。

 綺麗なリボンで包まれたそれを、私へと差し出す。

「?」

 私が首を傾げると「開けてみて」と言われたのでそれを受け取り、リボンを解く。

 箱の中には可愛らしいネックレスが入っていた。

 綺麗にカットされたアメシストが細い鎖につながれている。

「ちょっと地味かもしれないけど、君の八歳の誕生日に送ろうと思っていた物なんだ。その前に男の子の姿になってしまったから渡せなくて……良かったら、もらってくれるかな?」

 そう言って、はにかむケリエル様を凝視してしまう。

 なに、なに、なに、なに? その言葉と表情は? これは今まで頑張ってきた私へのご褒美ですか?

 ネックレスとケリエル様を交互に見ながら慌てる私に、ケリエル様は苦笑する。

 ひょいっとネックレスを摘まみ上げると、正面から私の首に手を回す。

 うひゃあぁぁぁ~~~、良い香りがします。クラクラします。

 抱きしめられるようなその体勢に、固まる私。

 すっと身を引いて、ネックレスを付けた私を眺めるケリエル様。

「うん、似合うね。いきなり大きなアクセサリーを付けるのは抵抗あるかもしれないから、最初はこれで我慢してくれる? その内クリスの好みを教えてもらって、またプレゼントするよ」

 プシュウゥゥゥ~~~。

 その場で私の脳は思考を止めました。


 まさか、女に戻ったその日にケリエル様からアクセサリーをプレゼントしてもらえるなんて、嬉し過ぎてもう何も考えられないよ~。

 私達のその姿にお母様と侍女達はニコニコと、お父様とカーターは少し複雑そうな表情をしていた。

 うっ、そうだよね。

 いつまた男になるか分からない娘に、ケリエル様が優しくしているなんて、男性から見たらちょっと複雑だよね。

 ……でも、今は素直に喜んでもいいかな。

 私はこれでも、すっごく頑張ってきたと思うんだ。

 これからどうなるか分からないとしても、ちょっとくらいは喜んでもいいはずだ。

 ただ、ケリエル様の評判を落とすわけにはいかないから、節度は守るつもり。

 優しいケリエル様は兄のように接してくれているつもりなんだろうから、私はそれを勘違いしないでおこう。

 私はすうっと息を吸うと、ニッコリとケリエル様に微笑んだ。

「ありがとうございます、ケリエル様。とても……嬉しいです」

 素直に礼を述べると、一瞬ケリエル様は真面目な顔をしたが、すぐに微笑んでくれた。

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