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呪われた性別不明の令嬢ですが、知らぬ間に溺愛されていたようです  作者: 白まゆら


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所長室にて

 魔法研究所は、王宮の南に面した日当たりのよい場所にあった。

 周りには研究用の薬草を栽培しているようで、意外と爽やかな明るい雰囲気である。

 研究所と聞いて、勝手に暗くじめじめした場所を想像していた私は、心の中でトウハー様に謝罪した。

 偏見でした。ごめんなさい。


 スッキリと片付けられた部屋に案内された私は、すぐに部屋に備えてあるソファに座らされ、ケリエル様が懐から出したハンカチで目元を冷やされた。

 トウハー様が濡れたハンカチを用意してくれたのだが、ケリエル様が「他人の物をクリスの柔肌に触れさせるわけないよね」と自分のハンカチを魔法で冷やして、私の顔にあててくれたのだ。

 私は目を瞑り、ケリエル様に身を任せる。

 そんな私達を見て呆れていたトウハー様だったが「廊下での続き、いいかな?」と言って話し始めた。


「あの古代魔法はね、元々は変身する魔法だったんだ。他の生物、例えば動物とかにね。だけどクリスティーナ嬢の場合、その魔法を基礎に呪いをかけた奴が加えた支離滅裂な術式によって、性別を入れ替えられた。女が男に、男が女に変身させられたってわけだね」

「犯人は、どうしてその古代魔法を知っていたのでしょうか?」

「……そういえば、そうだねぇ」

 基礎となった古代魔法は、偶然見つけたものだと聞く。

 その自称天才だという犯人が、そのように珍しい魔法をどうして知っていたのか?

 普通に考えて謎である。


「変態は王太子殿下に任せておけばいいよ。見つかったら私がお仕置きがてら、その詳細を訊いてみる。大丈夫、死ぬ前に吐かせるのは大得意だからね」

 目をハンカチで冷やしている状態なので、ケリエル様がどのような表情で今の言葉を仰ったのかは分からないが、なんとなく不穏なものを感じたのは私の気のせいかしら?

 トウハー様が隣で「目が血走ってるから、やめろ」と仰っているのが気になる。


「でも改めて見ると、古代魔法はともかくとして以前の術式、薄くなってないか?」

 トウハー様が私の中にある呪いの術式を見ているのか、う~んと近付いてくる気配がした。

「一部分が薄くなって消えては、また自然に書き換えられる。この十年ずっとそれが続いていて、形が定まらないから解読が追いつかない。それなのに呪いが変わらないなんて、おかしいよな。普通、術式が変われば呪いの内容も変わるはずなんだが」

「確かにな。もしかして、結果が同じになるように変化をしているのか?」

「術式が? 勝手に? 意思があるわけでもあるまいに、馬鹿言うな。それはともかくとして、ちょっと見過ぎだ。いい加減離れろ」


 ケリエル様がトウハー様を押したのか、近くにいたトウハー様の気配が消えた。

 少し離れた所から、トウハー様の「ちょっとぐらい、いいじゃないか。こんな珍しい術式は見たことない」と少し興奮した声が聞こえるが、私はそれ所ではなかった。

 パニック寸前である。

 え、何? なんの話?

 この十年の間に、呪いは薄くなっていて、それが自然に書き換えられていた?

 私が拗ねているだけの間にも、この呪いは変化し続けていたというの?

 そんなものにケリエル様はたった一人で向き合って、私を支え続けていてくれた。

 先程もケリエル様の十年の苦労を知って涙してしまったが、それ以上に複雑な問題まで抱えていたなんて、本当にもうどうしたらいいんだろう。

 私はケリエル様への愛しさと、申しわけなさがないまぜになる。

 どうやったらこの恩を返せるのだろうか?

 残念ながらまだ呪いは解けていないから、どうしたってお役に立てる方法が思いつかない。

 だけどもし、このまま女性の姿でいられれば……。


 私は目元を冷やしてくれているケリエル様の手に、そっと触れる。

 私の唐突な行動に驚いたのか、ケリエル様の手が少しだけ揺れた。

「どうしたの、クリス?」

「いえ、その、呪いが解けないのなら解けないで、このまま女の姿でいられないのかと思いまして……」

 呪いは勝手に変化してこの形を保っている。

 それならば呪いがあるままでも、元の性別の女性でいられるのなら、わざわざ解かなくてもいいのではないかと訊いてみた。

「う~ん、確かにそれも一理あるけど、呪いは二つある状態だよね。一つ目の呪いが変化している以上、二つ目の呪いもどう変化してくるか分からないよ。それに二つ目の呪いが一つ目と同様、薄れて消えたとしても必ず変化するとは限らない。そうなると一つ目の呪いの効力だけになるから、女性の姿でいられるかそれすら分からなくなる」

 そう言われて、私はサアーっと血の気が引く。

 ううう~、結局ちゃんと呪いを解かないと私がケリエル様の役に立てる日は、一生来ないのだ。

 迷惑かけっぱなしだけの人生にガックリと項垂れる私に、ケリエル様が苦笑する気配がした。


「女性に戻りたいのは当然だろうけど、もう少しだけ待ってもらえるかな? 私も頑張るから」

「そんな、これ以上ケリエル様お一人が頑張らないでください。私も何かお役に立ちたいって思っただけなんです。でもこんな状態じゃ、何をしたらいいのか分からなくて」

「何もしなくていい。クリスがずっと私のそばにいてくれたら、それだけで十分だ」

 私の困惑した様子に、ケリエル様はそんな優しい言葉をくれる。尊い。

「では、女性ならこのまま婚約者のフリを。男性なら従者になります」

「……いや、フリもしなければ従者にもならないで」

 力説して言う私に、ケリエル様は何故か感情のこもらない声を出した。

「あのね、私にとってクリスはクリスなんだよ。女とか男だとか、まして役割だとかそんなものは必要ないし、些細なことだ。だいだい私には男の姿のクリスだってドレスを着ていれば女のままに見えるんだし、あんまり関係ないと思う。私と結婚してくれたら、途中で男に変わろうと何も問題はないよ」


 は?

 突然のプロポーズまがいの言葉を吐かれて、私は固まった。

 そのまま目元を押さえるハンカチ越しのケリエル様の手の熱を感じて、ブワワワワっと一気に顔に熱が集中する。

 え? え? え? 

 今、なんて仰いました? ケリエル様~~~~~?!?


 あわわわわと震える私に「ねえ、このまま結婚しちゃおうよ。エリオットにも言ったけど、子供のことは気にしなくて大丈夫。女でも男でも結婚生活は送れるから」とケリエル様がたたみかけてくる。

 なんか滅茶苦茶押してきてませんか?

 でもこれって……ケリエル様は、まさか本気で私を奥様にしてくれようとしているのかしら?

 妹のように思っていたはずの私を?

 それとも、妹のように思っているというのは私の勘違いで、実はケリエル様は私を……。


「いい加減にしてくれるかな、二人共」


 まさか?

 もしかして?

 ……と、私がありえない思考に没頭していると、隣で笑顔なのに低い声のトウハー様が立っていた。

「僕の存在、すっかり忘れているよね」

 その言葉に私はケリエル様と見つめ合っていたことに、ハッとさせられる。

 いつの間にかハンカチが目元から外され、ケリエル様に至近距離からジッと見つめられていたのだ。

 人前でプロポーズ的な言葉をもらうなんて……恥ずかしい。

 またもや顔が赤くなる私は、そのまま勢いよく部屋の隅まで移動して、蹲った。

 まともな思考が働かない私には、頭を抱えるしかない。

 あああ~、穴があったら入りたいとは、まさに今の状態だ。


「もう少しで勢いのまま頷きそうだったのに。邪魔をしたな、ペル」

「いや、勢いで頷いてもらって嬉しいのか?」

「嬉しい、最高、幸せだ。クリスと結婚できるなら、なんでもいい」

「……お前、やっぱ怖いわ」


 私が苦悩する中、ケリエル様とトウハー様が何か言い合っているが、今の私にはどうでもいい。

 あああ、私はなんて恥ずかしい妄想をしてしまったのだろうか。

 ケリエル様が私を……だなんて、ありえるはずがないのに。

 もしも私を一人の女性として見てくれていたなら、昔と変わらない態度でいられるはずがない。

 いつもと変わらない笑顔で頭を撫でるなんて、幼い頃からずっとしてくれていたことだ。

 私を恋愛対象として意識してくれていたのなら、少しは恥ずかしがってくれてもいいはず。

 ケリエル様には、そんなそぶりは一つもない。


 ――少しずつ、冷静になって動き始める私の脳。

 では、どうしてケリエル様はあんなプロポーズと勘違いしてしまうような言葉を仰ったのか?

 ……………………。

 ああ、そうか。

 私が泣いたりするから、気を遣ってくれたのだ。

 ケリエル様の十年間の苦労を知って泣いた私に、同情してくれた。

 先程、この呪いはケリエル様に逆恨みをした人物の仕業ではないかと話していて、ケリエル様は私に罪の意識を感じていたのかもしれない。

 ケリエル様はとっても優しくて、正義感の強い人だから。

 そう考えると、もし万が一呪いが解けなくても結婚して、私を生涯守ろうとしてくれているのかもしれない。

 恋愛感情はなくとも、妹として情は持てる相手だから。

 私は自分の考えに、ハハハと乾いた笑いが口から洩れる。

 ううう~、ケリエル様のプロポーズまがいの言葉に舞い上がった私の気持ちは、一気に急降下する。

 やっぱり、恥ずかしいには変わりないけど……。

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