十年の苦労
「本日はとっても楽しかったわ。ありがとう、クリスティーナ様」
「滅相もございません。私の方こそ、ご招待いただいて感謝いたします」
「またこのメンバーで茶会を開こう」
「嫌です。もう来ません」
「解呪には協力しますので、僕に拒否権をください」
ヴァレット様がお茶会のお開きを宣言して、私と挨拶を交わしている横で、王太子殿下とケリエル様、トウハー様が次回のお茶会の攻防戦を繰り広げている。
ケリエル様が断ってくれるのは私のためだから分かるのだが、トウハー様まで嫌がっているのはどうしてだろう?
私が失礼なことをして呆れられてしまったのだろうか?
そう思ってちょっと泣きそうになりながら三人を見ていると、ヴァレット様が「クリスティーナ様が考えているような理由ではないと思いますわよ」と擁護してくれる。
本当に優しい方だ。
私なりに理由があるとしても、そんな女性から逃げ回ってばかりいる現状に申しわけなく思う。
一応、男性陣の話が付いたみたいなので私とケリエル様、トウハー様は王太子殿下とヴァレット様を見送る。
お二人の姿が見えなくなってから、私はホッと息を吐きケリエル様のエスコートで庭園を後にした。
途中色々と揉め事? もあったが、どうにか無事にお茶会がすんだことに安堵した私は、こちらを見ていたケリエル様とニッコリ微笑みあった。
トウハー様が胡乱な目をしたのは、見なかったことにしよう。
城の廊下をしばらく進むと、トウハー様が立ち止まった。
「少し私の部屋に寄って行かないか? 念のため、クリスティーナ嬢にかけられた古代魔法を僕なりに解読した書類を渡しておくよ」
「必要ない。古代魔法に関しては既に把握している。それよりも二つ同時に解く時は、ペルも手伝ってくれるか? 私一人では全く同時にとはいかないだろう」
「犯人を見つけて、奴に解かせるんじゃないのか?」
「考えたんだが、性別が変わるなどという捻くれた呪いをかけるような奴が、捕まったからといって素直に解くと思うか?」
「……思わないね。失敗したとか言って新たに変な呪いをかけそうだ」
「それに私は、犯人に解けるとは思っていない。多分、この呪いは犯人にも想定外なモノになっているはずだ。今日の話の奴が犯人ならば、この呪いは絶対に把握できていない。奴はただの馬鹿だ」
「ああ、まあ、否定はしない」
「そういうわけで、解読ができたら手伝ってほしい」
「それは構わないが……ちょっと、待て。だったらなんで犯人捜しを殿下に依頼したんだ?」
「暫く大人しくなるかと思って」
「お前……その内、不敬罪で捕まるぞ」
「……………………」
私は自分の耳をそっと塞ぐ。
なんだか怖い会話をしている。
けれど、二人の会話からなんとなく呪いの形は見えているように思い。
基礎となった古代魔法だけでもハッキリと分かっているなら、それだけ解くとどうなるのだろうか?
私はトウハー様にたずねてみた。
「え、そうだね。……元々ね、その古代魔法はとても特殊だったんだ。どの書物にも残されてなかったのが、たまたま王都の隅にある古い屋敷から発見された。壊れた暖炉の中で燃え残された書物の欠片に描かれていたのを、通りすがりの魔法使いが持ち帰った。でも、その魔法使いも解読することなく放っていたんだけど、それをなんとなく僕が見付けてケリエルに渡したんだ。ケリエルが解読して、初めて君の呪いの術式に使われているものだと判明したんだ。書物が見つかったのは二年前だから、ケリエルの解読の速さは異例だと言わざるを得ない」
私は思わず、ケリエル様を振り返る。
「十年近くも待たせていたんだから、急ぐのは当たり前だろう」
ニッコリ笑ってそんな風に言うケリエル様に、涙が出る。
きっとケリエル様のことだから、この十年間必死で呪いの術式を調べてくれていたんだろう。
基本さえ分かれば解くことも可能な魔法でも、その基本が分からないのであれば、どうすることもできない。
しかもこの呪いは、かけた持ち主が滅茶苦茶かけまくって、偶然できたものらしい。
それを紐解いていくのは至難の業だ。
せめて基本になっている魔法だけでも分かればと、様々な書物を調べてくれたに違いない。
先程判明したケリエル様の本職は、魔法騎士団の団長様。
仕事と両立しての調べものは、大変な苦労だっただろう。
私が、かけられた呪いを悲観して、私ほど不幸な子はいないといじけている間にも、ケリエル様はどうにかして私を助けようと頑張ってくれていたんだ。
――エリオットの言葉を思い出す。
あの子は私が何も分かっていないと言っていた。
ケリエル様の苦労を知るべきだと言っていた。あれは……このことだったのね。
私は改めて、この十年間のケリエル様を考えた。
そのままボロボロと涙を零す。
「え? クリス、どうしたの? お腹でも痛いの?」
私の涙を見たケリエル様が、慌てて私を抱きしめる。
「うっわぁ~、綺麗……」
「あっち向いてろ、ペル。失礼だぞ」
私の泣き顔を周囲から隠すように深く抱きしめるケリエル様に、私はギュッとしがみついた。
「え、あれ? えっと、クリス?」
私がケリエル様を抱き返すなんて、七歳以来だ。
幼い頃は、ケリエル様に可愛いとよく抱きしめてもらって、嬉しくってそのまま抱き返していた。
ギュッと抱き合う私達にお父様はハラハラして、お母様は笑っていた。
懐かしいなと思いながらも、私はケリエル様の腕の中で謝ることしかできない。
「……ごめんなさい。ごめんなさい、ケリエル様。私何も知らなくて……なんにも考えていなくて勝手にいじけて……いっぱい心配かけて、苦労かけてごめんなさい」
私の涙が何を意味するのか理解したケリエル様は、笑って優しく頭を撫でてくれる。
「謝ることは何もないよ。クリスも言ってくれたじゃないか。悪いのは呪いをかけた奴で、クリスが気に病むことは何一つだってないんだ。私はクリスが、私のそばで笑っていてくれたら、それだけでいいんだよ」
クリスの笑顔一つで、苦労なんて吹っ飛ぶ。と笑うケリエル様に、涙が止まらなくなる。
ああ、ケリエル様は本当に優しい人だ。
この優しさは、妹に向けるだけの優しさなのかな?
少しは私のことを妹以上に想っていてくれる……なんてことは、ないのかな?
私はゆっくりと涙の残る顔で、ケリエル様を見上げる。
少しだけ期待のこもった眼で見つめてみる。
少しでいい。ほんの少しだけでもいいから、私を女として見てくれないだろうか?
そう思って見つめていると、ケリエル様の笑顔が何故か赤くなり、額から汗が流れだしている。
「……これ、試されている? 本能のままに行動していいのだろうか?」
「待て! ここは城の廊下だぞ。落ち着け、落ち着いてくれ! とりあえず、離れようか二人共。ここで羽目を外されたら、僕に擁護はできない」
「……転移魔法、発動してもいいだろうか?」
「流石にそれは駄目だ。こんな所で使ったら、王太子殿下に速攻バレるぞ。隠してるんだろう。ああ、そんなことはどうでもいい。とりあえず、私の心の安寧のためにも離れてくれ。頼むから」
笑顔のまま汗をダラダラかくケリエル様の言葉に、悲鳴を上げるトウハー様。
そしてゆっくりと私を引き離すケリエル様に、悲しさが増す。
え、私の渾身の上目遣いは全然効かないの?
ケリエル様に一人の女性として大事だと言ってもらえるのではないかと期待したのだが、どうやら言葉はもらえないようだ。
やはり私は妹なのかとガックリと肩を落とす。
「とにかく私の部屋に行こう。クリスティーナ嬢の顔を冷やさないと。涙の残る顔で城中を歩いたら、まず間違いなく狙われるよ」
トウハー様がグイグイと、ケリエル様とケリエル様の腕の中にいる私を押す。
一応ケリエル様は私と抱き合うことはやめたけれど手は離してくれなくて、私の顔を周囲に隠すように腕の中に閉じ込めてはいた。
私の泣き顔を見て誰に狙われるのかと不思議に思いながらも、素直に従う。
だって、ケリエル様に女性として認めてもらえなかった今、抗う気力はごっそりと抜け落ちているのだ。
フラフラとなすがままの私。
そんな私を置いて、ケリエル様とトウハー様がひそひそと会話をしている。
「ああ、辛い。クリスが可愛過ぎて辛い」
「僕は君の理性が保ったことに心から感謝するよ。あの泣き顔は……凶器だ」
「ああ?」
「待て、勘違いするな。深い意味はない。美しいものを美しいと言っただけだ。僕を殺害したら呪いは解けないぞ」
二人はとっても仲良しだ。
私はケリエル様と仲良しのトウハー様に少し嫉妬しながらも、ケリエル様と共にトウハー様の部屋に向かうのだった。




