二つの呪い
驚き固まっている私とケリエル様の隣で聞いていた王太子殿下が、トウハー様の意見を否定することなく「その根拠は?」とたずねてきた。
「古代魔法の一致と個人の魔法の癖も似ています。同一の文献から作り出した魔法だと思うのが自然ですね」
トウハー様の言葉に、私は慌てて訊いた。
「あの、では私は、その人物の家族全員に恨まれてしまったのでしょうか?」
「あ~、ねえ。吹っ飛ばしただけで、家族全員に恨まれるなんてことは流石にないと思うけど、誰かさんが他に何かしてたらねえ……」
そう言ったトウハー様と話を促した王太子殿下、そしてじっと黙っていたヴァレット様が、一斉にケリエル様を凝視した。
「――ちょっとそいつの家、滅ぼしてくる」
ニッコリ笑ったケリエル様が踵を返した所で、トウハー様が羽交い締めにする。
「待て、待て、待て。まだ、どこの誰かも分からないだろう」
「灰色の髪と目の、天才魔法使いだと自負している馬鹿だろう。しかも身内に少なからずは、二人の魔法使いがいる。少し探れば分かるだろう」
ケリエル様は嫌そうに、自分を羽交い絞めにするトウハー様に振り返る。
「魔法使いだと公言していない可能性もあるし、少量の魔力で魔法使いと登録されていない場合もある。しかも十年前に存在していたからといって、今もこの国にいるかどうかも分からない。もしかして死んでいるかもしれないんだぞ」
「死んでいたらクリスの魔法は解けている。術者が死んでまで発動し続ける呪いなんて、かなりの魔力が必要になる。そんなことができるのは、ごく限られた人間だけだ」
正論を述べるケリエル様に、トウハー様は確かにそうだと頷きながらも、だが、と引き止め続ける。
「お前の言う通り死んでる説は無しにしてもだな、犯人が特定できていない今、どこに向かうつもりなんだ? それとも見当が付いているとでも言う気か? それならば先に話せ。納得できたらこの手を離してやる」
「ああもう、煩い。邪魔をするな。とりあえず片っ端から該当する人間をぶっ飛ばせば、いずれは到達するだろう」
まずは話しをと言うトウハー様に痺れを切らしたケリエル様が、トウハー様の羽交い締めを振り切ると、ちょっと怖い発言をされた。
「やめろ! なんだ、その無差別攻撃は? お前は魔王か⁉」
とうとうトウハー様が、ケリエル様の頭を叩いた。
ポクッとちょっと可愛い音がする。
そんな二人のやり取りを、唖然と見守る私とヴァレット様。と王太子殿下だが、何故か殿下はニヤニヤ笑っている。
「クリスティーナ嬢、この馬鹿、ちょっと止めてください!」
矛先が私に向いた。
トウハー様の命令に、私はう~んっと考える。
「ケリエル様」
「なんだい、クリス?」
すぐに笑顔で私の前に来て、両手を握るケリエル様。
耳としっぽが大きく揺れている幻影が見える。
「ケリエル様ったら、真面目な方だと思っておりましたがお茶目な一面もあるのですね。でも冗談はそれくらいに致しましょう。皆様、困ってしまわれてますわ」
私が笑顔でそう言うと、ケリエル様の耳としっぽが垂れたような気がした。
「……冗談を言う私は嫌いかな?」
上目遣いで呟くケリエル様に、私の胸はキューンと高鳴る。
「まさか。そのようなことは絶対にありません。失礼ながら、その、ちょっと可愛らしいと、思ってしまいました」
ポポポッと頬を染めて素直に言うと「ああ。本当に可愛いな、クリスは」と、とうとう抱きしめられてしまった。
さっきは我慢してくれたのに。
皆が見ている前で恥ずかしいなと思いながらも、ちょっとだけ嬉しくなる。
ああ、本当に私はケリエル様が好きなんだな。例え妹のように思われていても。
そうして抱きしめられている私に、トウハー様はグッジョブというように、親指を立てている。
この数分でかなりくたびれたように見えるのは、私の気のせいだろうか?
「まあ、要するにだな。僕の直感が当たっているのなら、十年前に会った灰色のそいつが最初に呪いをかけた犯人だ。そして最近かけられた新しい呪いも、そいつの身内の可能性が高い。ただ、それだとなんの恨みでそんなことをしたのか、謎が残るけどね。最初は明らかにケリエルにぶっ飛ばされた恨みだとは思うが、二回目はどうだろう? そんな怪しい人物に会った覚えはあるかな、クリスティーナ嬢、ケリエル?」
トウハー様にたずねられて、私とケリエル様は顔を見合わす。
女に戻る前の私は、引きこもりの心を閉ざしたどうしようもない男だった。
人に会うこともほとんどなかったのだから、恨みを買う暇もなかったと思う。
私はトウハー様に向かって、プルプルと首を横に振った。
ケリエル様はというと、口角は上がっているものの目は笑っていない。
もしかして心当たり、ありありかな?
「……ケリエル、後でまとめて提出しろ」
トウハー様は何かを悟ったかのように大きな溜息を吐くと、額に手を当ててそう言った。
「ペルは忙しいだろう。私が確認しよう。面白そうだ」
鼻歌でも歌いそうな上機嫌で、王太子殿下が名乗りを上げる。
「私より忙しい王族が、何を言ってるんですか? 王太子殿下が関ると被害が拡大します。大人しく僕の報告を待っていてはもらえませんか?」
トウハー様って苦労性だなって思う。
でも、王太子殿下は違うとしてもケリエル様の場合は冗談だから、本気にしなくてもいいのにな。
ケリエル様は真面目だから、ちゃんと心当たりを書き出してくれると思う。
その数が少なければいいなと思うのは、たまに見せる最近のちょい悪ケリエル様の影響かもしれない。
私の鑑定が終わり、当初の目的通り穏やかなお茶会に戻る。
懸念していた集まりは、私の事情を知っていた王太子殿下とトウハー様により存外心穏やかに過ごせた。
勝手に話していてごめんね。とケリエル様は謝ってくれたが、ここまで協力してくれていることに逆に感謝しかない。
やっぱりケリエル様が色々と動いてくれているお蔭だと、私は改めてケリエル様の頼もしさに惚れ直す。
時折私を見てニッコリ微笑んでくれる麗しさに、ハフン♡ と蕩けている私にトウハー様は不思議な顔をする。
「クリスティーナ嬢って、本当のところケリエルをどう思っているの?」
いきなり爆弾発言きた~~~~~!
私が目を大きく開いて固まっていると、ケリエル様が私の肩を抱き寄せて「失礼だぞ、ペル。愛しているに決まっているじゃないか」と言い切った。
いや、その、はい。私は愛していますが、その、一方通行なもので、その~~~。
おどおどしながら顔を真っ赤に染めていく私を、隣で見ていたヴァレット様が不憫に思ってくれたらしく、助け舟を出してくれた。
「不躾ですわ、トウハー様。女性にたずねる前に、まずは男性が想いを伝えるべきではございませんか?」
「え? ヴァレット様、本気で仰ってます? ケリエルにこれ以上伝えろと言ったら、そばにいる僕達が凍死しますよ」
「……それは分かりますが、でも、クリスティーナ様に伝わっていなければ意味がないのではありませんか?」
「そこは私も不思議なのだが。クリスティーナ嬢、ケリエルが君を好きなのは分かっているよね?」
「あ、あの、はい。ケリエル様はとっても優しくて、家族のように大切にしてくださっています。迷惑かけっぱなしの妹としては、どうお返しすればいいのか、日々悩んでおりますわ」
「「「え?」」」
きっかり五秒はその場が固まった。
「あの、妹って、何?」
「え? ああ、いえ。その、妹のように可愛がってくださっているということで、特に深い意味はありませんわ。ホホホ」
トウハー様が周囲を代表して訊いてくるので、私はハッと我に返る。
まずいわ。私はケリエル様の偽婚約者なのだから、妹という本当の立場を言ってはいけないんだった。
慌てて誤魔化したけど、大丈夫だよね。おかしくなんて思われてないよね。
チラリとケリエル様を見るが、笑顔なのになんだか遠くを見ている。
『……お前、調教の仕方間違ったよな』
『詰めが甘かったな、ケリエル』
トウハー様と王太子殿下に、背中をポンっと叩かれているケリエル様。
おかしいな? ちゃんと誤魔化せてなかったのだろうか?
私はもう一度、婚約者のセリフに言いなおす。
「勘違いさせたのなら申しわけありません。私はちゃんとケリエル様が、その、好き、です。私達は産まれた時から一緒なので、既に家族のつもりで話してしまいましたわ。ケリエル様の兄のような優しさを、疑ったことはございません」
家族としてそばにいたから大好きだと伝えたのだが、王太子殿下とトウハー様はまずますケリエル様の背中を叩いている。
「「ドンマイ!」」
二人が同時に言葉を掛けた。
ケリエル様の笑みが深くなっているのに気が付いたヴァレット様が、私を止める。
「もういいですわ、クリスティーナ様。貴方のお気持ちはちゃんと伝わっていると思いますわよ。だから……これ以上は何も仰らないで」
最後にボソッと『怖いから』と付け足されたのだが、意味が分からない。
とりあえず伝わったのなら良かったと、私は口をつぐんだ。
お芝居とはいえ、あ~、恥ずかしかった。




