諸悪の根源?
トウハー様の説明によれば、幼いトウハー様とケリエル様が城の廊下を歩いていると、前から歩いて来たその人物が突然、二人の目の前に立ちはだかった。
そしておもむろに小さな火花をちらつかせ「どうだ、凄いだろう。お前達は黒髪だが、魔力が高いのはどちらだ? 天才の私が視てやろう」と詰め寄って来たという。
二人は危ない奴だと判断して、そのまま横を素通りしようとしたのだが、その男は「待て」と言ってトウハー様の腕を掴んだ。
その行為に腹を立てたケリエル様が「うっさい、ば~か!」と風魔法で飛ばしてしまったそうだ。
「私も幼かったんだね。友人に手を出されて腹が立ってしまったんだ」
「優しいケリエル様らしいですね。お口が少々乱暴になるのも無理はありませんわ」
あはは、うふふとケリエル様と二人で笑っていると、隣ではトウハー様と王太子殿下が『あれはケリエルの調教の賜物ですか? それともクリスティーナ嬢自身の天然?』『さあ、どちらだろうね。どちらにせよ、あそこまでいくと素直に面白い』と二人に囁かれていた。
しっかり聞こえていますよ。
ケリエル様の調教というのはよく分からないけれど、いつも人を守ろうと頑張っているケリエル様なら、友人が危ない目にあわされたら守るために魔法を使ってしまったのにも頷ける。
「しかし、そんなチラッと見ただけの火花で、よくクリスティーナ嬢にかけられた呪いと似ていると気が付いたな、ペル。流石黒持ちの天才だ」
王太子殿下が褒めると、隣でヴァレット様もうんうんと頷いている。
確かに、そんな些細な魔法をよく覚えていたなと感心する。
「いえ、身元を明かして紹介し合ったわけでもないので、確信も持てなければ、人物の判明もできません。思い出した所で余り役には立てなかったようです」
「いや、城ですれ違ったということは、少なからず身元は確かであるということだ。それに貴族ではなくとも城内を歩けるという時点で、調べれば何か分かるかもしれない」
身元不明な者が、城の中を闊歩できるはずもない。
私が呪いを受ける前だと言うから十年以上前の出来事で、調べるのも大変な作業になるかもしれないが、それでも一縷の光が見えた気がした。
もしもトウハー様が仰るように、その人物が犯人だとしたら捕まえて直接呪いを解いてもらえば、私は女に戻れる。
他人の魔法を解くのは難しいが、本人ならば簡単に解けるはずだ。
「ありがとうございます、トウハー様」
「まだ、そいつが犯人だと決まったわけではないから、お礼はちょっと早いかな」
私がトウハー様にお礼を言うと、トウハー様ははにかみながらそんな風に言う。
だが今までの話の流れからすると、その人物が犯人である可能性はかなり高い。
私は感極まって泣きそうになった。
そんな私を見ていたケリエル様が、いきなり頭を下げてきた。
突然のことに驚きながらも、ケリエル様に頭を上げるように頼む。
「ど、どうしたのですか、ケリエル様? あの、とりあえず頭を上げてください」
「ごめんね、クリス。奴が犯人なら、それは完全に私に対しての逆恨みだ。私の所為で、君は十年もの長い歳月を苦しむはめになったんだ。本当に申しわけない」
苦悩の表情で、ケリエル様がそう話す。
確かに今の話だけなら、ケリエル様に飛ばされた恨みということになる。
だが、ケリエル様に対しての恨みで、どうして矛先が私に向いたのだろうか?
「あの、確かにその人物が犯人かもしれませんが、私に呪いをかけた理由は別のことかもしれませんよ。だって、ケリエル様の幼馴染でしかない私にケリエル様に対しての恨みを晴らしたところで、意味がありませんもの」
私が真剣にそう言うと、一斉に黙り込まれてしまった。
あ、あれ? なんか変なこと言ったかしら?
「あ~、え~っと、クリスティーナ嬢。それ、本気で言ってる?」
「え、は、はい。えっと、何か間違っていますか?」
王太子殿下に首を傾げられて、私は反対に何が間違いなのかたずねる。
「ケリエルの婚約者の性別を変えることで、間接的にケリエルを苦しめようとしたとは考えないの?」
横からトウハー様にそう言われて、私はなるほどと頷く。
でも婚約者というのは今ついている嘘の設定だから、呪いをかけられた時は全く関係ない人間だったはずだ。
そう思い、チラリとケリエル様に視線を送るとケリエル様は……笑顔のまま固まっていた。
あ、あれ?
「……あ~、うん。確かにあの時は、私とクリスが婚約者だとは公にしていなかったから誰も知らなかったはずだね。間接的に私を苦しめようというのは違うかもしれない。それでもね、やっぱり私が吹っ飛ばした奴が君を苦しめていたと思うと、無関係ではいられないんだ。私の所為だと思うのは、ごく普通のことだと思うのだけれど」
石化から解かれたケリエル様は苦笑したままそう言うが、どうしてだろう? 口元が少しだけ痙攣している。
「それでも私は、ケリエル様の所為だとは思えません。ケリエル様を責める気なんて少しもありませんよ。だってケリエル様は、ずっと私のそばに居てくれたではありませんか。沢山、心を砕いてくれたケリエル様に感謝こそすれ、責める気持ちは一切ありませんもの。もしも皆様が仰るようにケリエル様に対しての逆恨みだとしても、それは犯人が悪いのであってケリエル様に非は全くないです。だから謝らないでください」
私はケリエル様の目を見て、キッパリと言いきった。
ここでケリエル様が謝るのは絶対に違う。
どんな理由があるにせよ、悪いのはこんな呪いをかけた犯人なんだ。
以前私が二人の人間に恨みを買っていたのかと悩んだ時、ケリエル様が私に「呪いをかけてくるような奴らのことなんて、一切気にする必要はないよ」と優しく慰めてくれたように、ケリエル様が自分を責めてはいけない。
私が「悪いのは犯人」と胸を張ると、ケリエル様は大きく目を開き、私をジッと凝視してきた。
王太子殿下もヴァレット様もトウハー様も、全員同じようにポカンとしている。
う~んと、これはあれかな?
私がケリエル様を責めなくてはいけない場面だったのかな?
ちょっと困ってオロオロし始めると、ケリエル様がパア~っと相好を崩した。
いやん、可愛い♡
「やっぱりクリスは優しいね。抱きしめてもいいかな?」
パッと両手を広げて、今にも抱きつきそうになるケリエル様に「だ、だめですよぅ~、人前です」と顔を真っ赤にして断る。
王太子殿下達の前で流石にハグはできない。
にやける顔で断ってもまるで説得力はないのだが、ケリエル様は残念そうにしながらも私の意見を尊重してくれた。
優しいのはケリエル様ですよぅ~♡
「思いのほか、クリスティーナ嬢の潔さが垣間見れてちょっと驚いたけれど……うん、まあ、どんな理由であれ、呪いをかける奴が何より悪い。十年の怒りは直接犯人にぶつけるとして、少しでも早く人物を特定するよう、こちらも手配する」
王太子殿下が話をまとめてくれたので、私は「よろしくお願いします」と改めて頭を下げた。
「良かったね、クリス。お茶会に来た甲斐があったね」
「はい。古い呪いが解けたら、新しい呪いの解読もできるかもしれませんよね」
私がニッコリ笑って期待に胸を膨らませていると、トウハー様が「あ~、それなんだけど……」と言いづらそうに声をかけてきた。
「新しい呪いも、そいつの身内の可能性があるよね」
「は?」
私とケリエル様は、二人して硬直した。




