知りませんでした
混乱していた私はケリエル様の服の裾を引っ張ると、思い切ってたずねてみた。
「あの、ケリエル様って魔法使いだったのですか?」
………………………………。
長い長い沈黙の後、ケリエル様が、あっという顔をしたかと思うと「うん、そうだよ。そういえばちゃんと話したことはなかったね」と笑顔で返された。
なんてことはない、甘い物嫌いだった? というような普通の言い方に、私はポカンと口を大きく開いてしまう。
産まれた時からそばにいて、なんで知らなかったの、私?
動揺する私を見て、トウハー様が「あの、クリスティーナ嬢」と不思議そうに声をかけてきた。
「もしかして、ケリエルが魔法を使えるって知らなかった? じゃあ、彼の仕事は知っている?」
私は笑顔のケリエル様を見ながら、ここで誤魔化しても仕方がないと素直に答える。
「えっと、はい。全く知りませんでした。お仕事は、私の所為でケリエル様が魔法の研究をしているとお父様から聞いていたので、魔法研究所にお勤めされたのかなって。お仕事でないと呪いの解読なんて時間、とるのも中々難しいと思いましたから。でも、魔法研究所の職員さんって必ずしも魔法使いばかりではないですよね。普通の方も、働かれていますよね」
私の応えに、トウハー様は信じられないというように目を開き、前髪をかき上げながら天を仰いだ。
「あ~っと、まあ、そうだね。昨今、魔法使いは珍しいから魔法研究所とはいえ、魔法を使える職員はごく一部だ。それは魔法騎士団も然りでね、まあ、あちらは即命にかかわってくるから、魔法使いと呼べるほどではないとはいえ、多少なりとも魔力がある者しか入れない。ケリエルはそちらの団長だよ」
「え?」
聞き覚えのない職種に、私は自分の耳を疑った。
ケリエル様が魔法騎士団?
え、体、鍛えていたの?
いつの間に?
いやいやいや、それよりも団長って、つまり無茶苦茶魔法使えるってことだよね。
ダラダラと汗をかきだす私に、トウハー様は仕方がないなというように擁護してくれた。
「いや、研究所でクリスティーナ嬢の呪いの研究もしていたから、あながち職員といえなくもないかな?
でも本職は魔法騎士団、団長です。因みに髪を見たら分かると思うんだけど、僕達真っ黒だろう。魔力はかなり高いよ」
自分の髪を引っ張るトウハー様に、私はそういえばと思い出す。
この世界の魔法使いは魔力が高ければ高い程、髪が黒に近い色になるという。
瞳は余り関係ないが、濃ゆい色になる者が多いとも聞く。
ケリエル様は紫で、トウハー様は紺色だ。
これで、何故気が付かなかった、私???
「あの、あの、イブニーズル侯爵夫人も黒髪ですよね」
私はケリエル様のお母様も黒髪だよねと聞く。
だから、普通に魔力とは関係なく、ただの遺伝だと思っていたのだ。
「ああ、もちろん彼女も魔法使いだからそうなるよね」
まさかの魔法使いの方の遺伝だった⁉
私が唖然とした表情でケリエル様を見上げると、彼は普通にニコッと微笑んでくれる。
その笑顔にヘラっと相好を崩しかけて、慌てて首を振る。
「あの、ケリエル様はどうして、私に魔法使いであることを隠していたのですか?」
「私がクリスに隠し事なんてするわけないでしょう。ただ単に機会がなかったのと、うっかり忘れていただけ」
「あ、そうなんだ。忘れていただけなんですね」
「そうそう」
そう言われて私は、なるほどなるほど、と頷く。
そこでトウハー様よりツッコミが入る。
「それで納得したら駄目なんじゃないのかなぁ。ケリエルのは多分、確信犯。例え忘れていただけだとしても、そこは怒っていい場面だと思うよ、僕は」
そう言われて、私はキョトンとしてしまう。
確かに十七年間、ずっと魔法使いであったことを隠し続けていたというのはどうかと思う。
だが、わざわざ言う必要がなかったというのにも納得できるし、それでケリエル様が私をたばかっていたというわけでもない。
それどころか、私のために色々と苦労していたのは、家族も使用人も何より私自身が分かっていることだ。
これほど恩義を受けていて、魔法使いであるのを隠していたとなじるのは、ちょっと違う気がする。
私はケリエル様の腕を肩から外すと、立ち上がりケリエル様に向き直る。
「魔法使いの件はどうでもいいですけど、職種の件は教えて欲しかったです。騎士団ということは、危険が沢山あったということですよね。今更ながら心配になります」
少し拗ねた口調で言ってみると、ケリエル様は微笑のまま固まっていた。
周囲も何故か同じように固まっている。
ん、どうしましたか? 私、また何かおかしなことを言いましたか?
私が首を傾げると同時に、再びトウハー様のツッコミが入った。
「え? 二十年近くも隠されていた魔法使いの件は、どうでもいいの? 職種の件も、心配なだけ? 君、クリスティーナ嬢、ちょっと良い子過ぎないか?」
良い子過ぎるという言葉に、何故か嫌味のようなものが含まれている気がした。
これほどしてもらっておきながら、ケリエル様に興味がないのかと、詰め寄られているような感じだ。
私はケリエル様からトウハー様に体を向けると、思ったことをそのまま口にする。
「二十年ではありません。十七年です。良い子かどうか分かりませんが、私も心を閉ざしていた期間がありますので、ケリエル様にだけ何かを求める気はありません。話したくても話せない状況に持っていったのは私かもしれませんし、何より過ぎたことをとやかく言っていても仕方がありませんから。私が今大切なのは、ケリエル様のお体のことだけです。危険な仕事に就いていたというのなら、心配ぐらいはさせて欲しいと思ったのです」
そう言うと、唖然と口を開いたトウハー様とは反対に、ケリエル様はクククっと笑っていた。
「流石、私のクリスだ。カッコイイね」
カッコいいのはケリエル様です。なんですか、その笑顔は。ご褒美ですか。
キラキラと輝く笑顔は自然なもので、私はその美しさに目が釘付けになる。
顔を赤くしながらも、どうにか会話を続ける。
「今までに、危ない目に合ったりはしませんでしたか?」
「大丈夫。私が騎士団に入ってから戦争などないし、大した揉め事もない。せいぜい魔物の討伐に駆り出されるぐらいだか、直接対峙したこともないよ。遠くから攻撃魔法を放つくらいかな。直接対決は騎士団の役目だから」
「それを聞いて安心しました。いえ、騎士様も大変でしょうが、やはり私にはケリエル様の身が一番心配で……、これからは、ちゃんと話してくださいね。何もできませんが、ご無事なお帰りを神様に祈るくらいはできますから」
「あれ? クリスは神を信じてはいないんだろう?」
「それは、呪いの件で神様に八つ当たりをしただけで、ケリエル様の件とは別です。ちゃんとケリエル様を守ってくださったら、信じなおします」
「あはは、それは神も大変だ。クリスは本当に可愛いな」
「隙あらばイチャつこうとするのはやめようか、ケリエル」
私とケリエル様が話していると、王太子殿下が突然呆れた口調で話を遮った。
隣では、ヴァレット様が顔を赤らめて俯いていた。
私は王太子殿下に首を傾げる。
私達は普通に話していただけで、イチャイチャなんてしていないのに変なことを言う王太子殿下だ。
「まあ、クリスティーナ嬢がいいと言うなら構わないよ。二人の問題だからね。それよりも、ペル。先程の灰色の髪と瞳の男がどうしたと言うのだ?」
どうやら王太子殿下は、話しを先に進めたいらしい。
確かに私が知る知らないなんて、今は関係ないもんね。
「ああ、申しわけありません、殿下。実はそいつがケリエルに吹っ飛ばされる前に私達に魔法を見せてきたのを思い出しまして。その時の魔法とクリスティーナ嬢に中にある術式が似ているような気がしたのです」
「本当か、ペル⁉」
どうやらトウハー様が何かに気付いてくれたようだ。
勢い込むケリエル様と驚く私。
「ああ、だがその時の魔法はとてもしょぼい物だったし、彼女の中にある術式は重ねられているから同一かと言われたら、ハッキリとは肯定できない。だが似ている所もある。重なっていない所がね」
「そいつが誰かは覚えていないのか?」
冷静に王太子殿下がその人物を確認しようとするが、トウハー様は軽く首を振った。
「申しわけありません。ケリエルではありませんが、確かに印象の薄い奴だったので、身元までは……。ケリエルが吹っ飛ばさなかったら僕でさえ、その時のことなど微塵も覚えていなかったでしょう」
「そいつが魔法を使ったと言うが、どんな魔法が覚えているか?」
「確か、すれ違いざまにいきなり小さな火花を出したと思います」




