魔法研究所の所長
「改めまして、クリスティーナ・オルバーナと申します」
「僕は、魔法研究所の所長をしているペルセウス・トウハー。ケリエルとは腐れ縁だよ。よろしくね」
ペルセウス・トウハー様と名乗る青年は、ケリエル様と同じ黒髪だが瞳は紺色で、ケリエル様の優し気な垂れ目よりもやや吊り上がった凛々しい目元をした、これまた美しい青年だった。
まぁ、ケリエル様には勝てないけれど。
あ、ケリエル様と他の男性を比べるなんて失礼だわクリス。めっ、と一人反省をしながら前を向くと、トウハー様は私とケリエル様を交互に見つめて、苦笑していた。
「本日は君の中の魔法を見て欲しいと頼まれてここに来たのだけれど、ものすごく警戒されているな。まぁ、これほど美しい方なら仕方がないかもしれないが、いい加減鬱陶しいと言わせてもらってもいいかな?」
「あ、私不躾に見過ぎてしまいましいたか? ご気分を害されたのなら、申しわけありません」
トウハー様に鬱陶しいと言われて、私は慌てて謝罪した。
いけない、いけない。先程ケリエル様に注意されたばかりだというのに、どうやらまた必要以上に見つめてしまっていたらしい。
すぐに視線を下に向けたつもりだったが、適度に相手を見るというのは案外難しいことだと肩をすくめる。
すると、慌てた声でトウハー様が「違う、違う」と手を横に振った。
「クリスティーナ嬢、君のことを言ったんじゃないよ。君の肩を抱いている、独占欲の塊に言ったんだ」
私は自分の肩に手を乗せているケリエル様の顔を見上げた。
ん、何? と優しい微笑で見下ろされ、私はへらっと笑う。
ああ、麗しい。
ケリエル様の美しい顔が鬱陶しいだなんて、トウハー様はちょっと変わった方なのかしら?
はっ、もしかして、優秀なケリエル様に嫉妬されてそんな言葉を仰たのかも。
研究所の所長ということは、直接ではなくてもケリエル様の上司にあたるのよね。
普段から優秀なケリエル様を邪険に思っていて、それで……。
「……クリスティーナ嬢、何を考えているのかな? おい、ケリエル。洗脳が酷過ぎる。ちゃんと誤解を解いてくれ」
胡乱な目をしていた私に、トウハー様の笑顔は引き攣っていた。
あら、私はまた失礼な態度をとってしまったようね。
「クリス、お茶が冷めてしまったね。新しいのを入れてもらって飲みなおそうか。ペル、せっかく王太子殿下に招待していただいたのだぞ、さっさと座れ。失礼だろう」
「……殿下、これって許してしまっていいことですか?」
「クリスティーナ嬢に免じて、ここは流しておこう。苦情は後日だ」
「お気持ち、お察しいたします」
私を気遣い話を進めてくれたケリエル様の言葉にトウハー様が呟くと、王太子殿下とヴァレット様が達観したように頷いた。
皆様が何を仰っているのか、よく分からない。
やはり人嫌いで社交から逃げ回っていた私には、人の気持ちを理解するのはまだまだ難しいようだ。
この場にケリエル様がいてくださって良かったと、私はケリエル様の肩にある手にそっと触れたのだった。
「なるほど。確かにこれは二重にかかっているな。だが、古代魔法はともかくとして、これほど複雑な呪いとは……かけた奴は天才か、ただの馬鹿か」
「馬鹿だろうな。基礎を知っていて、このような複雑怪奇なものができるとは思えない」
「確かに……ていうか、それならばやはり、どこかで見た覚えがあるような……」
「見ても分からないか? 見せ損か?」
「損とか言うな。ちょっと待て。確かに昔……」
椅子に腰かけている私の全身を、トウハー様がジロジロと見つめている。
そんなトウハー様に、横で立ったまま私の肩に両手を乗せているケリエル様が、不快感を露わにする。
先程、ケリエル様から説明を受けた。
どうやらトウハー様は魔法研究所の所長というだけのことはあり、魔法解呪の第一人者であるらしい。
ケリエル様も昔から彼に助力を受けていたのだが、今回新たにかけられた呪いの所為で、いやお蔭で、古代魔法の部分がハッキリと浮かび上がったそうだ。
その部分をはぎ取ると、残りは二人の人物の魔法の形だけが残るのだが、個人で作った魔法というのは案外クセみたいなものがあるそうで、トウハー様は仕事柄、色々な魔法使いのオリジナル魔法を見てきたんだそうだ。
そして私の呪いのオリジナル部分に見覚えがあるかもしれないと、今回改めて調べてもらうことになったらしい。
因みにヴァレット様には、私が性別の変わる呪いにかかっているとは話していない。
小さな頃から体が弱かったという設定を利用して、呪いで体を病弱にされているかもしれないと説明した。
体が動くようになった今、改めてトウハー様に視ていただくことにしたのだと話したのだ。
嘘を吐く後ろめたさに私がオドオドしている横で、息を吐くように滑らかにそれらの説明をするケリエル様に、私は大人の男を見た。
私のために嘘までついてくれるケリエル様ってなんて素敵なのかしら、とボーっと見惚れる自分に駄目駄目と心の中で叱咤する。
誠実で優しいケリエル様に嘘なんてつかせて、貴方ってばなんてズルいの。
申しわけなさに涙が出そうになるが、ここで泣くのは余計にズルいと必死で上を向いていると、私の肩に手を乗せていたケリエル様にニコッと微笑まれた。
私がケリエル様に助けを求めたと思われたのかもしれない。
ケリエル様は私が不安に思うと、いつも笑顔で返してくれるから。
椅子に腰かけ、後ろから立っているケリエル様に両肩に手を置かれながら微笑まれ、ジロジロと嘗め回すようにトウハー様に見られている私。
隣では、その光景を眺めつつ優雅にお茶を飲む王太子殿下とその婚約者。
……なんか、とっても変な構図だ。
「あ、おい、ケリエル。昔、十年以上前にさ、俺は天才だとか言っていた馬鹿な奴がいなかったか?」
「は?」
突然、トウハー様が顔を上げ、私の後ろにいるケリエル様に話しかけた。
「僕とお前のどちらの方が魔力が高いのかと聞かれて、うっさい、ば~か! てお前が魔法でぶっ飛ばした奴、覚えてないか?」
なんですと⁉
今の一言で、信じられない内容をいっぱい聞いたような気がする。
私がグインっと下からケリエル様を力いっぱい見上げるが、そんな私にケリエル様は気が付いていないようで、考えるように顎に拳を付けている。
「黒髪の僕とお前が羨ましかったのか、確か薄い灰色の髪と目をした二十代戦後の奴だったと思うが……」
「覚えがない。といか、クリス以外の存在など覚えているはずがない。私の記憶はクリスとの思い出だけでいっぱいだ」
「なんて少ない記憶力なんだ。それでよく、僕や殿下の記憶は残っていたな」
「しつこく絡んでいたのはそっちだろう。ああ、いや、失礼。殿下は別です。取引があったので」
「なければ忘れていたような口ぶりだね。その言葉をもっと幼いうちに聞いていたら、忘れられないぐらいにウザ絡みしてやっていたのに。残念だ」
「いえ、今でも十分ウザ絡みされています。お腹いっぱいなので、忘れるはずがありません。それよりも、その馬鹿がどうした? 私に吹っ飛ばされて死んだか?」
「いや、殺すな。ていうか、死んでいたらお前一応牢獄行きだぞ。戦争でもない限り、魔法での殺人はご法度だ」
「いや、魔法でなくても人殺しはご法度だよ。この国の法律、舐めんな」
なんかケリエル様と王太子殿下とトウハー様の会話って、理解できない。
思わず隣を見ると、ヴァレット様の笑顔は引き攣っている。
早過ぎて何を仰っているかよく分からないけど、聞き流したらいけないような言葉をサラッと仰っているようだから、少し引かれたのかもしれない。
言葉遊びをして楽しんでいるのかしら……って、ああ、そんなことはどうでもいいわ。
それよりも、私の頭は先程のトウハー様の言葉でくらくらしている。
トウハー様はなんて仰った?
ケリエル様が魔法で人をぶっ飛ばした?
いやいやいや、それよりも、それも大変なことだけど、それよりも……。
ケリエル様って、魔法が使えたの~~~~~?!?




