友人認定
「クリスティーナ様と、お呼びしてもよろしいかしら?」
男達が険悪な雰囲気を醸し出している中で、ヴァレット様の微笑に癒される。
「あ、はい。もちろんです」
「フフ、ありがとう」
ボ~っとして返事が遅れた私にも、嫌な顔一つせずに受け入れてくれる。
本当に良くできた女性だ。
私とは大違いだなと苦笑していると、徐にヴァレット様が真剣な表情をされた。
「先日は、妹が大変失礼をいたしました。お体が弱かったとお聞きしておりましたのに、配慮のない言葉を述べた彼女を、私は恥ずかしく思います。この場で改めて謝罪を……」
頭まで下げそうな勢いのヴァレット様に、私は慌てて謝罪は不要だと言う。
「あ、あの、全然気にしておりません。ミレニアム様はご存知なかったでしょうし、その、ケリエル様のそばにいられなかったのも、事実ですから」
ケリエル様とは距離を置いていたから、そばにいなかったというのは事実である。
だが、そばにいたけど性別が違ったので婚約者としてはいなかったというのが、本当のところだ。
私がず~んと落ち込むのを、ヴァレット様は「お体が弱かったのですから、仕方がありません」と、一生懸命擁護してくれる。
優しい人だなぁと見つめていると、ポッと頬を染められた。
「あの、あまり見られると困ってしまいますわ。クリスティーナ様はお美し過ぎて……」
モジモジと体を揺らし俯かれてしまった私は「?」と首を傾げる。
すると横からケリエル様に、グイッと肩を抱かれてしまった。
「クリス、そんなに人の顔をじっと見つめてはいけないよ」
「でも、普段ケリエル様も私の顔をずっと見ていますよね?」
「私達の間はいいんだよ。婚約者同士だからね。でも他の人にすると、勘違いされてしまうからよくないんだ」
「はっ、人の顔をジロジロ見るだなんて、不躾な態度でしたね。不快な思いをされたかもしれません。申しわけありませんわ。以後気を付けます」
「ハハ、そうじゃないけど、そういうことにしておこう。後にも先にもクリスが見つめるのは、私だけにしておこうね」
「はい、肝に銘じます」
ケリエル様に淑女としての作法を教えてもらって、私は背筋を伸ばして首を縦に振る。
良い子の態度だ。
するとケリエル様が良くできましたというように、頭を撫でてくれた。
その手の気持ち良さに思わず目を閉じ、ほわぁ~っとしていると、前から王太子殿下の声がした。
「すっかり調教されてるなぁ。でもケリエルの気持ちが全く伝わっていないのが笑える。うん、全然羨ましくない」
「……喧嘩売ってます?」
「王子をボコったら即、牢屋行きだぞ」
「大丈夫です。逃亡先ぐらい確保してます」
「堂々と殴る宣言するな。それよりも、クリスティーナ嬢。すっかりヴァレットとも仲良くなってくれたみたいで、安心したよ」
王太子殿下とケリエル様の会話だったのが、急に矛先をこちらに向けてきたので、私はビクッと体を揺らした。
アワアワと一人狼狽えていると、ヴァレット様が私に笑顔を向ける。
「イブニーズル様の度を越えた嫉妬はお隠しになって、改めて許可をいただけませんか? 私をクリスティーナ様の友人にしていただけると嬉しいですわ」
急に距離を詰められた発言に、私は驚きを隠せない。
いつの間に、私の何を気に入ってくれたのかしら?
え~っと、お茶会に来て私がしたことといえば、ヴァレット様のご尊顔を不躾に見つめて、ケリエル様に注意されて、頭を撫でてもらっただけのような気がする。
ん? 気に入る要素、どこにある?
またもやヴァレット様をジッと見つめてしまった。
つかさず、クイッと私の顔を自分に向けるケリエル様。
いけない、いけない。また失礼なことをしてしまいました。ありがとうございます、ケリエル様。
「ケリエル、一旦クリスティーナ嬢を離してやれ。面白いが、ちょっと可哀想だ」
「放っておいてください。それよりも、ヴァレット様。大変ありがたいお誘いではありますが、クリスはまだ本調子ではないのです。もう暫く猶予をいただけませんでしょうか?」
「猶予を与えている間に、婚姻し囲い込む。結果、イブニーズル様以外に誰とも会うことは叶わなくなる。なんて事態にはなりませんか?」
「あっはっは、嫌だなぁ。そんなことは、しないつもりですよ。ですが、私達もいい歳なので、そういう時期は想像以上に早く来るかもしれませんね」
「うん、囲い込む気、満々だな。その時は、本人に監禁されていると気付かれないようにしろよ」
「そんなこと、思うはずがありませんよ。私達は愛し合っているのですから」
ねぇ。とケリエル様にいきなり顔を近付けられて、私はドキッとする。
えっと、えっと……皆様の会話に、ついていけなかった。
ただ最後に、ケリエル様の口から愛し合っているという言葉を聞いて、婚約者のフリの話をしているのだろうと見当を付け、慌ててコクコクと頷く。
よく分からないが、ケリエル様に合わせていたら上手くいくはずだ。
すると、ヴァレット様が可哀想な子を見るような目で私を見た。
「冗談ではなく、本当に不安になりましたわ。私、意地でもクリスティーナ様の友人にさせていただきます」
意志のこもった瞳で見つめられ、思わずカッコいいなと頬を染めると、ケリエル様の大きな手で目を塞がれた。
え? 目隠し?
「ヴァレット様は、何か誤解をされているようですね。殿下に何か吹き込まれましたか? ですが、心配は無用です。私とクリスは、二人きりの時間を大切にしていますから」
「凄いな。分かってはいたが、これほど独占欲が強いとは思わなかったぞ。同性を見つめても嫌なのか?」
「……可哀想ですわ。離してさしあげたらいかが?」
「いや、向こうから余分な奴が来てしまったので、一層この状態で会わせようかと思いまして。内に籠った魔法を見ればいいだけなので、顔を会わせる必要はないかと」
「……お前なぁ」
そうして目隠しされたままの私は、誰かがこの場に来たことに気が付いた。
「……えっと、これはどういう状況でしょうか?」
私がケリエル様に目隠しされた状態を、訝しく思っているのだろう。
うん、私も全く分からない。
でもとりあえずは、王太子殿下とヴァレット様に先に挨拶されているようだから、常識はある人なのだろう。
いや、この状況では常識ないのは私達の方?
私は目隠ししているケリエル様の手に触れる。
「あの、どなたか存じませんが、ご挨拶をしなくてもよろしいのでしょうか?」
私がそう言うと、ケリエル様の優しい声が後ろから聞こえてくる。
「必要ないよ。そんな挨拶するほどの者ではないから」
「いや、させろよ。クリスティーナ嬢、困ってるだろう」
挨拶するほどの者ではない人が、王族専用の庭園に入れてもらえるのかしら?
それに王太子殿下とヴァレット様とは、ちゃんと挨拶をしているのに?
そう思って首を傾げていると、その来訪者であろう人の声が聞こえてきた。
これはあれかな? ケリエル様にツッコンでいる? 私を巻き込んで二人で遊んでいるのかな?
益々首を傾げる私の耳元に、そっとケリエル様が囁いた。
「クリスは私だけを見つめていたら、いいんだよ。それとも、もしかして疲れたかな? そろそろ二人きりになれる馬車に戻ろうか?」
ボンっと、顔が真っ赤に染まる。
いやいやいや、耳元でそんな甘い声を出さないで~。
もう何も考えられなくなった私がフラフラと揺れ出したのを見て、ケリエル様が目隠しをしたまま私事、椅子から立ち上がろうとして王太子殿下の待ったがかかった。
「いい加減にしろ、ケリエル。ペルとの対面は了承していただろう」
「チッ」
どうやら最初から、彼が来ることは決まっていたようだ。
ん? それならば何故、ケリエル様はこんなことをしていたのだろう?
ああ、やっぱり私を巻き込んで遊んでいただけのようだ。
私の目元から、ケリエル様の手が外された。
うっ、陽の光が眩しい。




