お茶会に出向きます
「今日も天使の如く美しいね、クリス」
「あ、あの、ありがとうございます。ケリエル様」
天気の良い昼下がり、我が家のエントランスでケリエル様の麗しい笑顔に遭遇する。
あまりの美しさにボーっと見惚れていると、後ろに控えていたカーターが何やら呟いた。
『うっわぁ、今日も相変わらずの胡散臭さだ。わざわざ王太子殿下のお茶会に行くのに、城から迎えに来て、城に戻る人はケリエル様ぐらいですよ』
前半はよく聞き取れなかったが後半の言葉を聞いて、ハッと我に返る。
本日は王太子殿下とヴァレット様とのお茶会の日。
とうとうこの日がきたかとずっしり重い気持ちを堪えていたら、ケリエル様が普通に「エスコートするから待っててね」と仰ったので素直に待っていたのだが、よくよく考えればケリエル様はお仕事で朝から登城していたはずだ。
私のためにわざわざ迎えに来てくれたのだと思うと、ありがたくて涙が出そうになる。
「……えっと、そんなにお茶会嫌だった? それとも何かのご褒美かな?」
涙を必死でこらえていたら、ケリエル様が何かを仰り、何故か頬を染めて私をジッと見つめていたので、涙目の私も負けじと見つめ返す。
「え、ガン垂れ合戦ですか?」
「せめて見つめ合っていると言え」
カーターの言葉に、笑顔のままのケリエル様がツッコンでいたようだが、意味がよく分からない。
私は改めて、ケリエル様にペコリと頭を下げる。
「申しわけありません。わざわざ迎えに来ていただいて。お忙しかったでしょう?」
「ああ、そんなことを気にしていたの? クリスは何も心配しなくていいよ。私が少しでも長く、可愛いクリスといたかっただけだから」
そう言われて、ボッと顔が赤くなる。
ケリエル様のこういう所がモテるのだろうなと、しみじみ思う。
息を吐くように、女性が喜ぶ言葉を投げかけるのだ。
私以外の人にもこんな優しいことを言ったりするのかと考えると、お茶会の重圧と共にますますへこむ。
一気に暗くなる私を見て、ケリエル様が「あれ? 私は変なことを言ったかな?」とオロオロしながらカーターに視線を向けたが「女性に戻られてからのクリス様の心境は分かりかねます」とあっさりと匙を投げられていた。
「チッ、それでも専属執事か」
「なんですか? 一旦認めたのなら、いい加減諦めましょうよ。いつまでもネチネチいじめるのはやめてください。泣きますよ、俺」
「いじめる? 誰か? 誰を?」
ケリエル様がボソッと呟いた言葉にカーターが一早く反応したのだが、何やら不穏な言葉を吐いたので、私はつい反応してしまう。
男性の姿だった時、何度か夜会で耳にした言葉。
『オルバーナは本当に無表情だな』
『たかが伯爵子息風情が生意気に、あんな目をして』
『近寄るなと言わんばかりの態度ですわね』
『人を見下したような目ですわ』
そう陰口をたたかれて、人を受け入れない自分が悪いというのに酷く落ち込んだ覚えがある。
そんな時もケリエル様が肩を抱いて、ニッコリと微笑んでくれたっけ?
『変態どもめ。クリスに見下されてゾクゾクしてんのが、バレバレなんだよ』
笑顔なのに、怖いと思った。
何故か額に血管を浮き上がらせていたからかな?
とにかくそんな仕打ちを受けた覚えのある身としては、いじめというキーワードには人よりも敏感に反応してしまう。
私が不安そうに顔を上げると、私の視線に気が付いたケリエル様が頭を撫でてくれた。
「クリスの前でいじめなんて起きないよ。安心して」
「それは、人知れずにはあるってこと、ですか? まさかお城でそういう問題が起こっているとか?」
「あはは、城では色んな奴がいるからね。ないとは言わない。でも、クリスが巻き込まれるような事態にはならないよ。私が絶対に守ると約束しよう」
ケリエル様の言葉にやっぱりあるのかぁ~っと落ち込みはするものの、絶対に守ると言われて、またもや頬が熱くなる。
「……ケリエル様は、本当に優しいですね」
「クリスにだけね」
「フフ、ありがとうございます」
俯いたままの私の頭を撫でながら、そう言ってくれるケリエル様に私は嘘ばっかりと思ってしまう。
幼馴染の面倒事ばかり起こす妹を、放っておけないケリエル様は本当に優しい方だ。でもその優しさは、皆に等しく注がれる。
私だけが特別ではないと、ちゃんと分かっているつもりではあるが、それでも願ってしまう。
本当にその優しさが私一人に向けられているのなら、どんなに幸せだろうかと。
「信じてないな~」とちょっとお道化た口調で言ってくるケリエル様に、私はクスクスと笑ってしまう。
やはりこの優しい人には、あまり甘えてはいけないわ。
際限なく甘えさせてくれるこの方には、私なんかよりもっと相応しい人がいるだろう。
今日のお茶会も、早々に引き上げるようにしましょう。
無言で俯いていれば、陰湿で面白くもない令嬢だと思われて二度と呼ばれることはないだろう。
私はそう決意して、ケリエル様のエスコートのもと、城に向かったのだった。
木漏れ日の中、城の庭園には色とりどりの季節の花が咲き誇っている。
甘い花の香りの中で開かれたお茶会は、なんとも穏やかなものだった。
白い丸テーブルを囲むのは、王太子殿下とヴァレット様、その隣に私が座りケリエル様がいる。
「ヴァレットのお茶会はいつも室内で行われるのだが、今日は私もいるし、外もたまにはいいだろう?」
ニッコリ笑う王太子殿下に、微笑を返すヴァレット様。
「はい、殿下。ありがとうございます」
いいな~、この二人の雰囲気。ちゃんと想い合っているのが伝わってくる。
そんな風に一人ニヨニヨしていると、王太子殿下が笑顔のままケリエル様に視線を向けた。
「うん、ケリエル、睨むのはやめようか。ちゃんと人払いしているから、クリスティーナ嬢の姿は他からは見えないよ」
私の姿、とはどういうことだろう?
私は首を傾げそうになり、ふと目が合って慌てて顔を逸らす護衛の騎士に、そうかと気付く。
ケリエル様は私がいつ何時男の姿に変わるか分からないので、人に会うのが嫌なことを知っている。
お茶会に出席するのは仕方がないとしても、接する人間は最小限にしてくれようとしていたのだ。
それなのに王太子殿下の気まぐれ(ヴァレット様への配慮?)で、どこからでも見えてしまう外でのお茶会は、ケリエル様にとっては不本意だったのだろう。
室内では護衛も室内に一人・二人ですんだものを、外ではいくら王族専用の庭園とはいえ、それなりの人数を配置しておかなければならない。
想像以上に周りに人がいる状況で、ケリエル様はずっと笑顔のままだったのだが、王太子殿下には気分を害していたのを見抜かれてしまったのだろう。
睨んでいる。というケリエル様が絶対しないような行動で、少し窘められているようだ。
「……使用人が見ておりますが」
「彼らには箝口令をしいている。ここで見聞きしたことは全て、一言一句漏らすことはない」
「仕方がありません。近衛騎士には、レイモンドから話しておいてもらいます」
ビクッ!
そばに控えていた護衛騎士の皆様が、一斉に肩を跳ねさせる。
その姿に苦笑する王太子殿下。
「許してやれ。誰だって美しい者には目を奪われる」
「私はただ、いついかなる時であろうと王族から目を離すことが許されない近衛騎士が、他に意識を奪われていいのかと。殿下の護衛としては、問題なのではないかと言いたいのですが」
正論を言われて王太子殿下が口をつぐむ。
「……お前達、一言詫び入れておけ」
王太子殿下の取次で、慌てて近くにいる三人の護衛が駆け寄って来る。
「は、はい。あのイブニーズル魔法騎士団……」
「レイモンドによろしく」
ニッコリ笑って言葉をかぶせるケリエル様に、何も言わせてもらえない騎士達はズコズコと引き下がって行った。
可哀想にと同情しながらも、ケリエル様は私のために怒ってくれているのだと思うと、ちょっと嬉しくなってしまう。
でも、あれ? と私はケリエル様を見上げる。
今、騎士はケリエル様を魔法騎士団と呼ばなかっただろうか?
ケリエル様は研究所に勤めていたはずでは?
私がたずねようとした瞬間、隣からヴァレット様が声をかけてきた。




