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今までのこと ②

 私が男の姿になった時、どうにかして呪いを解こうとお父様やケリエル様のお父様が駆けずり回って、数少なくなった魔法使いを何人も集めてきてくれた。

 この国には魔法使いの存在自体が珍しかったため、かなり無理をしてくれたのだと今なら分かるが、その時はどの魔法使いにも解けないと首を振られ、私はかなり荒れていた。

 古い魔法を使っている上、独自の魔法を組み込んでいるようでその魔法を解くところが、解明すらできないと言われたのだ。


 最初はめそめそと、続いて大きな声で喚き散らし、最後には物を投げつけて、誰も近付けないほど大暴れした。

 そうして絶対に戻れないと悟った私は放心し、動かなくなった。

 私は今までの自分を捨てなければいけないと思ったのだ。

 そんな時にそばにいてくれたのがケリエル様。

 気が付けばケリエル様が横にいて、一緒に床に座ってジッと前を見つめていたのだ。

「……わたし、ケリー様の奥様にはなれないね」

 かすれた声でそう呟くと、ケリエル様はニッコリ笑って頭を撫でてくれた。

 そうしてただ一言だけ、言葉をくれた。

「ずっと、そばにいるよ」



 一年ほどしてやっと私の心の整理がついた頃、お父様がこの国の男なら剣を学ばないといけないのだが……と、言いにくそうに口を開いた。

 いくら一生男の姿でいなくてはいけなくても、私は女だ。

 この体に筋肉などつけたくないと反発していたら、ケリエル様が「剣を学ぶのは必須ではありませんよ。クリスは勉学に励むといい。頭が良ければ弱くても問題ない」と言ってくれたのだ。

 そうして自分の勉強の傍ら、私にもさまざまなことを教えてくれた。

 特に経営学を教えてくれたことは、領地を持つ伯爵の嫡男として生きていく身にはありがたかった。

 そうして私は、ケリエル様をケリー様とは呼ばなくなった。

 男にケリー様などと愛称で呼ばれても気持ちが悪いだけだろうと、気を遣ったのだった。



 二年ほどして男の姿に慣れた頃、私は一つのことに気が付いた。

 それは、女性の顔が認識できないということ。

 どの女性を見ても、全員同じに見えるのだ。

 初めは自分のことに精一杯で周りを見ていなかったから、あまり気にしてはいなかったのだが、改めて侍女に声をかけられた時、皆同じ顔に見えた。

 服装が一緒だと、全く見分けがつかないことに愕然とした。

 唯一、お母様だけはどうにか分かったが、それ以外の女性の顔が分からないのだ。

 幼い頃から世話をしてくれていた侍女でさえ、分からない。

 私を見てくれた魔法使いの一人が、それは呪いの後遺症だろうと言った。

 私が無意識のうちに、女性であった自分を思い出さないようにしているのではないかと言うのだ。

 身も心も男になるために女性であった時の感情を思い出さないように、他の女性を同一に見えることで女性特有の物欲だとか嫉妬心だとかを持たないようにしているのではないかというのが、その魔法使いの見解だった。


 そんな中、お父様や使用人達が気を利かせて私を笑わせようと面白い話をしてくれたり、好きな物を与えてくれたりしたのだが、そんなものは気休めにしかならないと、私はますます自分の殻に閉じこもっていった。

 そうして気が付けば、笑わない氷の様な貴公子が出来上がったのだった。

 勉学だけに興味をもつ、愛想の欠片もない伯爵家の嫡男。

 いつしか私は、どこにいても一人でいることが多くなった。

 唯一、そばにいてくれたのはケリエル様だけだが、そんな彼も社交界に出れば女性が纏わりついてくる。

 三歳上のケリエル様は、侯爵家の嫡男で王宮では魔法研究所に勤める地位も容姿も頭も最上級の、優良物件だった。

 そんな彼に、男の私がそばにいてもいいことなど一つもない。

 邪魔になるだけだ。

 私はこれ以上、ケリエル様のお荷物にはなりたくない。

 わざと私は彼から離れることにした。

 そんな私に最初はケリエル様も小言を言っていたが、その内諦めたのか何も言わなくなった。

 私は社交界にも顔を出さなくなった。



 そんな日々が続き十五歳の年を迎えた頃、お父様が彼女と婚約してはどうかと同じ伯爵家の娘を連れて来た。

 このまま男として生きていくなら婚約者は必須だ。

 しかし、私は愛想がない。

 そして問題なのは、女性の顔が分からないこと。

 放っておいては伯爵家の存続に不安が生じると思ったのだろう。

 お父様の気持ちも分かる。が、私もその時はまだ十五歳。

 いずれは家のためにも結婚しなくてはいけないだろうが、まだ婚約を結ぶには早いと感じていた。

 いや、正直に言おう。

 まだ男として、一生を生きるつもりがなかったのだ。

 ……だって、ケリエル様にもまだ婚約者はいなかったから。

 諦めたくても諦めきれない。


 私はその伯爵令嬢との婚約には首を縦には振らず、ただダラダラと面会だけはしていた。

 多分、彼女は私と正式に婚約していると思っていたのだろう。

 言葉の端々にそのようなことを言われたが、私は彼女の顔も認識していなかったのだ。

 曖昧に頷いて言葉を濁していたが、ある日彼女は堪りかねたように「クリスティーン様は、いつになったら私を直接見てくださるのですか?」と訊かれた。

 顔も分からない彼女の何を見ろと? 

 意味の分からなかった私は、家同士の繋がりに何を求めるのですか。と訊いてしまった。

 血相を変えた彼女はそれ以降、私の元には来なくなった。

 お父様にたずねると、領地に戻ったとのことだった。

 彼女は私の顔が好きだったようで、親に無理を言って私との婚約を持ってきたのだ。

 私が色よい返事をしなかったためお父様も婚約話は断っていたのだが、彼女を傷付けたくなかった彼女の父親が、彼女に婚約が調ったと嘘を吐いていたようだ。

 だが彼女の方からもういいと、婚約を破棄してくれと言ってきたので彼女の父親は嘘がバレないうちにと、さっさと彼女を連れて領地に戻ったそうだ。


 そうしてまた一人になった私が、そろそろ本格的に領地経営に携わっていこうとした矢先に、今回の問題が発生したのだった。

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