天才の記憶
私のクリス至上主義の言葉に固まっていたペルだったが、すぐに我に返ると私の手を振り払い、距離を取った。
「お前本当に怖いわ。もし他国に攻め入って来られたら、魔法騎士団の団長として戦うよりも、真っ先に婚約者を助けに行きそうだな」
「もちろんだ。クリスの無事を確保できたら、戦ってやらんこともない」
「それ、魔法騎士団の団長が絶対に言ってはいけないこと!」
正直に答えたのに、何故かペルに怒られた。解せぬ。
私は首を傾げて、悪友を見る。
「殿下には言ってある。ちゃんと筋は通しているぞ?」
「純粋な瞳で僕を見るな! なんでこちらが間違っているような雰囲気を醸し出すんだ?」
ペルが怒鳴るが、意味が分からない。
愛しいクリスとこの国とを天秤にかけたら、クリスが圧勝するに決まっているだろう。
ペルはまたもやハア~っと大きな溜息を吐くと、困った子を見るような目でたずねてくる。
「それは、筋を通しているとは言わない。お前の愛は重過ぎて怖いって婚約者に引かれないか?」
そう言われて、私はムッとする。
私の苦労を何も分かっていないな。
仕方がないので、そのままの現状を教えてやることにした。
「伝わってない」
「は?」
「これっぽっちも私の気持ちは伝わってないんだよ。私が彼女を気にかけるのは、幼馴染の同情だと思われている」
「へ? 王太子殿下にさえも、自分の意見を押し通すような奴が同情? お前、どれほど猫被っているんだ?」
そう返すペルに「煩い」と額を小突いてやる。
「その話はもういい。それよりクリスティーンの時に会ったって話、聞かせろ」
私は気を取り直して、クリスの愛らしい話を聞いておこうと、ペルに報告を促す。
ペルが私の言葉に肩をすくめたところで、タイミングよく部屋の扉をノックして職員がお茶を運んできた。
私がいる部屋にはいなかった職員だ。
所長の部屋に来客がいると聞いて、下っ端の職員が運んできたのだろう。
職員が机に運ぶ前にペルが「後はこちらでするから、君はもういい」とお茶を受け取った。
職員が頭を下げながらも、私の方をチラリと見る。
いつもなら他人の視線など無視するが、一応客人として茶を用意して持って来てもらった身だ。
人として、礼はちゃんとするべきだろう。
魔法研究所には普段から世話になっているという気持ちも、少なからずはある。
私は無表情のまま、会釈だけしておいた。
すると職員は、うっすらと頬を染めると慌ててその場を立ち去った。
なんだ? こちらが礼をしたというのに、自分は無視とは失礼ではないか。まあ、ペルの言葉を借りるなら、普段の私の態度で怖がっているのかもしれないが。
そんな私と職員の様子を見ていたペルが、私の前にお茶を置く。
そして自分もお茶を飲みながら「無自覚誑し、こっわ~」と呟いた。
なんだ? 何が言いたいことがあるのなら、ハッキリ言え。
だがその瞬間、この部屋が吹っ飛んでも私には関係ないがな。
ペルはそんな私の心境に気づきもしないでお茶を机に置くと、そのまま先程のクリスとの出会いを話始めた。
「たいしたことはないさ。お前に相談されてから、呪いを直接見たくてね。夜会の時にちょっと声をかけただけさ。丁寧に無表情で挨拶してくれたよ」
「ちゃんと挨拶できたのか。良い子だ」
「僕の話、聞いていたかな? 無表情で、だよ」
「なんか問題あるか?」
意味が分からず首を傾げると、ペルは訳知り顔で「ああ」と頷いた。
「ごめん。心を閉ざしていたんだったね。問題ないよ」
「男の時は全てを拒否していたからな。挨拶しただけでも偉いぞ」
「う~わぁ。過保護って、いや、男の姿の時は色々と大変だったんだよな。悪い。もう言わない」
「どちらにせよ、私がいない間に初対面の奴に愛想振りまくのはよくないことだからな。対処としては上出来だ」
「過保護が酷い。クリスティーンが無表情だったのって、お前の入れ知恵があったと疑ってしまうぞ」
そう言ったペルに、私は攻撃魔法を放つ。
ドドドドドッ!
「おおおおおっ⁉」
咄嗟に自分と部屋全体に防御魔法を展開するペル。
チッ!
私の魔法はペルの魔法に当たって霧散した。。
「何やってんだ、この馬鹿! いきなり火の塊を投げつけてくる奴があるか!」
息を切らせ、怒鳴りつけてくるペル。
「大げさだな。ちゃんと詠唱を唱える時間は与えてやったろ。それに火の塊といっても、手の平に納まる可愛いものだ」
私はフンッと顔を背けると、ソファに座ってお茶を飲む。
ペルはその机にダンッと大きく両手をつくと、私の顔を睨みつけてきた。
「ふざけるな! 連続で投げつけてきて何言ってる? こんな狭い部屋で、一歩間違えれば大火事だぞ」
「知るか。私のクリスを呼び捨てにしたお前が悪い。先程ちゃんと警告したはずだぞ。もう一度呼べば殺すと」
「そっちか⁉ ……お前の異常さを侮っていた自分に腹が立つ」
私の言葉に大きく目を開くと、ガクッと項垂れるペル。
「反省したのなら、許してやる。だが次は本当にないぞ」
「なんで、こんな傍若無人な奴と付き合いしてるんだ、僕は……」
鷹揚に頷いてやったのだが、そのまま机に顔を突っ伏されてしまった。
ちょっと、鬱陶しい。
話が進まないので、私は初対面でのクリスの感想を訊いてやる。
「それで? どうだった?」
顔を上げたペルは胡乱な目で私を見つめながら「は? なにが?」と言う。
面倒くさい奴だなぁ。
「クリスの感想だ。見てどう思った?」
「……ああ。男でもかなり綺麗な子だったのは分かった。お前が惚れ込むのも無理はないかと。だが、それにしたって、お前の惚れ込みようは異常だと思うが」
「そんなことを訊いてはいない。クリスがどんな姿でも綺麗なのは当たり前だ。だが、彼女の美しさは外見だけではない。心も純粋無垢な天使なのだ。彼女の美しさは言葉では言い尽くせないし、他人に知ってほしくもないからこれ以上は言わないが、彼女自身ではなく呪いの意見を訊いている。直接見た呪いの感想は?」
クリスが綺麗なのは当然なのに、わざわざ口にするペルに苛つきながらも、訊いているのは違うことだと説明してやる。
「うわっ、うっざぁ……。流石男の姿でも手放さなかっただけはある」
「何か言ったか?」
「いいや。うん、呪いな。確かに呪いだから仕方がないかもしれないが、かなり粘着質な感じはしたな」
ペルが呆れながらも、呪いの感想を話し始めた。
そして何かを思考するように顎に手を添えて、口を開いた。
「後さぁ、ずっと考えていたんだが、あの呪い……のクセ? どこかで見たことがあるようなないような……」
「本当か⁉」
私は勢いよく、ペルに飛びついた。




