ファーストダンス
ミレニアム様の的を得た発言に、いつしか俯いてしまった私の腰をケリエル様がグッと引き寄せる。
驚いて顔を上げた私に、ケリエル様はニッコリと微笑んだ。
「彼女は幼い頃より、病に侵されていました。療養生活を余儀なくされた彼女には、何度も何度も死の影が付きまとっていたのです。ですが、私達は諦められなかった。二人で絶対に幸せになるのだと。その想いだけで、今日まで頑張ってきたのです。そして私達の想いがやっと実り、こうして二人でこのような華やかな場に出ることが叶いました。今まで伏せていたのは、そんな彼女が私の将来を案じてくれていたからです。自分がいなくなった場合の未来を。そして私は私で、彼女に負担を欠けたくなかった。私の婚約者として公の場に出られない自分を、彼女は絶対に責めるでしょうから。そういった理由で、私達の関係は今まで秘められていたのですが、何か問題がありますでしょうか? 私達がお互いを思いやり過ぎて秘匿にしていた状況を、誰に非難されることがあるのでしょうか?」
……………………………………。
ながっ!
会場中の、人々の心の声が聞こえた気がした。ではなく、この間、ケリエル様の視線はずっと私一人に向けられていた。
あ、あれ? この言葉は、ミレニアム様や会場にいる皆様に聞かせる嘘話ですよね。
それなのにケリエル様の瞳はとても熱くて、私を心から愛しいのだという甘さがてんこ盛りである。
え~っと、どうしよう。ケリエル様が堂々と嘘を吐いている。
私、引きこもってはいたけれど、別に病気じゃなかったし死の影なんか全くなかったよ。
男になる病気があるのなら病気かもしれないけど、あれは呪いだから病気じゃないし、男になったからといって死んだりしないし。
いや、それよりも、ケリエル様、その瞳やめてください。なんか、本当、こそばゆくて、ムズムズして……もう勘弁して~~~!
私が一人、ケリエル様の熱い視線にアワアワしていると、ミレニアム様が「ちょっと、二人でいい雰囲気だしてんじゃないわよ!」と怒鳴ってくれた。
いたたまれなくなっていた私は『ミレニアム様、邪魔してくれてありがとう』と心の中で拝んだのだが、ケリエル様は「チッ!」と舌打ちをされた。
え? 王族に舌打ち?
ちょっとポカンとしてしまう。
「はっはっはっ、隠せよ、ケリエル。まぁ、そういうことなのでミレニアム嬢、諦めはつきましたか?」
「……そうね。思っていた人とは違うということだけは、分かったわ」
王太子殿下が豪快に笑うと、ミレニアム様も何故かケリエル様を諦めてくれたみたい。
えっと、なんか色々と、良かった?
そうして王太子殿下が近くにいる令息達に、視線を向ける。
「ほら、ミレニアム嬢。そんな婚約者馬鹿にこだわらなくても、貴方をダンスに誘いたくてウズウズしている貴公子は、沢山いますよ。どうです、この際。他に目を向けては?」
そう言って令息達にミレニアム嬢を誘えと目配せするが、いくら他国の王女様でも常識外れの行動を繰り返す令嬢に、声をかけられる勇者はいなかった。
……………………………………。
音楽だけが流れる会場で、王太子殿下がもう一度令息達に、ギンッという目力を込めた視線を向けると彼らは「ひっ!」と、か細い悲鳴を上げながらも、オズオズと近寄って来る。
「あ、あの、もしよろしければ私と一曲。い、いえ、お嫌なら無理にとは申しません」
「わ、私もお誘いしたいのですが、その……私程度の容姿など問題外ですよね」
「僕の身分では、王女様にお願いするなんて恐れ多い、のですが、えと、その、よろしければ、なんて、ハハ」
全員、腰が引けている。
王太子殿下の手前、どうにか頑張ってダンスを誘う若者達だったが、やはり無理だったのだろうか。
誘い方が、露骨に断ってくれと言っている。
黙って見ていた令嬢達も、彼らに同情的な視線を向けている。
……なんか、可哀そう。
「……この誘い方で、王女の私が喜ぶとでも?」
そんな雰囲気に、ミレニアム様の口元がピクピクと痙攣する。
「では、気分直しに私達が踊るとするか、ヴァレット」
なんともいえない雰囲気を一掃するべく、王太子殿下がヴァレット様を誘う。
「は、はい」
すると今まで妹の行動に俯いていたヴァレット様が、嬉しそうに顔を上げた。
ああ、やっと愛しい王太子殿下と踊れるのですね。
良かったと私がニヨニヨしていると、ヴァレット様の手を引いて中央に向かう王太子殿下がこちらを振り返った。
「お前達も一緒にどうだ?」
まさかのお誘いに断ろうとした私の横で、ケリエル様がスッと私の手を取った。
「では、行きますか、クリス」
え?
固まった私はそのままズルズルと引きすられ、気が付けば王太子殿下とヴァレット様の横で、ケリエル様とダンスの姿勢をとっていた。
私のファーストダンスは、まさかの王太子殿下の横。
ひいぃぃぃ~っと、悲鳴を上げそうになった私の耳元に、ケリエル様が唇を寄せた。
『何も考えなくていい。私だけを見ていて』
ピキッと固まった私は素直に頷く。
はい、何も考えません。
意識を手放し気がついた時にはダンスは終了、私は無事に馬車の中。
え? いつの間にお城から脱出したの?
キョロキョロと辺りを見回すと、隣にはケリエル様と前にはエリオットが座っていた。
「あれ? エリオット、今までどこにいたの?」
「お帰り、姉上。まずは自分の現状を把握しようね。姉上はケリー兄様に魂持っていかれちゃったの。生きる屍となった姉上のダンスはケリー兄様の見事なリードで無事終了。王太子殿下のカップリングと共に美しくて大盛況だったよ。で、後は使い物にならないし、ケリー兄様の当初の計画も無事果たせたようなので、さっさと撤退してきたってわけ」
? ? ?
「ミレニアム様から逃げていたお前に言われたくないね。エリオット、君も大概だと思うよ」
私が首を傾げていると、ケリエル様が隣からスッと頭を撫でてくれた。
私に柔らかな視線を向けたまま、エリオットと会話する。
その光景に、エリオットは呆れたように肩をすくめた。
「彼女の噂は留学先でも聞いていたからね。見つかったらケリー兄と同じで絡まれる」
……えっと、エリオットがいなかったのはどうやら確信犯で、パートナー探しのミレニアム様から隠れていたということね。
そして私が意識を失ったのは……もしかして、ケリエル様の魔法?
「言っとくけど、ケリー兄様の魔法で姉上が魂飛ばしたわけじゃないからね。ケリー兄の色気にあてられただけだから。どうせ何も考えるなとか言われてボーっとなったんでしょ」
あ、違った。そうだよね、ケリエル様が魔法を使えるはずないし。ていうか、弟が私の心読み過ぎ⁉
「あのね、これも言っとくけど、心読んだわけじゃないから。全部顔に出てるから。さっきから百面相にもほどがあるほど、コロコロ変わっているからね」
――なんか私、話さなくても会話できてる?
やっぱりあれかなぁ、仲良し兄弟だからかなぁ。それにこれって意外と便利じゃない。
嬉しくてにっぱぁと笑うと、エリオットに胡乱な目を向けられた。
あれ? 今度は伝わらなかったのかな?
「……伝わったうえでの表情だからね、これ」
あ、なんだ。やっぱり読んでくれていたんだ、良かった。
「ケリー兄様、姉上ってこんなでしたっけ? 兄上の時はもっとこう、表情筋忘れたかのような人でしたよね」
エリオットが、私からケリエル様に視線を向けた。
あ、ケリエル様まだ私のことを見続けていた。
「少女の時の……七歳の時の性格に近いかもね。元の性別に戻って、性格も戻っているのかもしれない」
なんと!
私が色々表に出ているのは、幼児退行している所為らしい。
性別も変われば考え方も変わるということなのかな?
でも、それって……。
私は思わずケリエル様を見上げる。
「私、またケリエル様に迷惑かけてます?」
今までも信じられないくらいの迷惑をかけていたのに、またこれ以上の負担をかけたかと思うと、涙が出そうになる。
涙をこらえてケリエル様をジッと見つめていると、彼は「ううっ」と唸ってパッと後ろを向いた。
「今はまだ駄目だ。今はまだ駄目だ。今はまだ駄目だ。今はまだ駄目だ。今はまだ駄目だ」
ケリエル様が何か呪文を唱えている。
思わずエリオットを見ると「ケリー兄様に理性が残っていて助かったよ。ここで行動されたら僕じゃ止められなかった。目の前で繰り広げられるめぐるめく光景。地獄絵図」とこちらも何やらブツブツ言っている。
私はコテンと首を傾げる。
どうやら迷惑はかけてはいない。と思うのは、私の願望だろうか?




