視線は怖いよ
女に戻って二度目の夜会は、またもや断れない城での開催。
王太子殿下の婚約者ヴァレット・ニア・ジェネリンク様の歓迎の宴である。
ヴァレット様の妹であるミレニアム様の我儘で行われることになったこの夜会には、年頃の貴族の子息と令嬢が集まっている。
ある意味、婚約者に友人をと考えていた王太子殿下の思惑通りといえよう。
私はケリエル様と事前に相談していたように、弟のエリオットにエスコートされて入場した。
馬車乗り場まで迎えに行くことを譲らなかったケリエル様だったが、何度目かの話し合いでカーターが差し出した私のリボンでやっと折れてくれた。
ん? 私のリボンなんて何に使うのかしら?
会場までの道中、周りからの無遠慮な視線に気を失うかと思ったが、エリオットがちゃんとエスコートをしてくれていたので、どうにか倒れないで目的地へ着いた。
豪華な会場の雰囲気に圧倒されそうになりながらも、ケリエル様を必死で探す。
会場の隅で数人の男性と会話しているケリエル様を見つけた私は、エリオットの制止も聞かずにそのまま彼へと突進した。
「ケリエル様」
嬉しさのあまり名前を呼んでしまい、一斉に周りを取り囲む青年達の視線を集めてしまう。
ケリエル様だけがこちらに気付いてくれると思っていた私は、注目されて一気に固まる。
ひいぃぃぃ~、話の邪魔したのは悪かったけど、そんなに見ることないじゃない。
誰も何も言わずに顔を赤らめ、一心に見つめてくる姿は恐怖以外の何ものでもない。
プルプルと体が震えだし、泣きそうになった私を助けてくれてのは、やはり私の王子様、ケリエル様だ。
「クリス、無事に来られたみたいで良かった」
そう言って抱きしめるように私の腰を両手で抱き、自然に周囲の視線から隠してくれる。
ケリエル様に触れてもらえたことで安堵した私は、その体勢のままケリエル様を仰ぎ見る。
「あ、はい。エリオットがちゃんと連れて来てくれたので……て、あれ? エリオットがいない?」
弟が隣にいないことに気が付いた私は、ケリエル様から身を離しキョロキョロと周囲を見渡す。
「人を迷子みたいに言わないでくれる。一人で突っ走って行ったのは姉上でしょう」
すると背後から、息を吐きつつエリオットが近付いてきた。
いきなり走り出した私の後を、急いで追いかけてきてくれたのだろう。
「ごめんなさい。ケリエル様を見つけたから、つい夢中になっちゃって」
「夜会で淑女は走らない。もちろん小走りも。母上がいたらお説教は確実だったね」
「ううう~、言わないで~」
気分を害した様子のエリオットに頭を下げていると、ケリエル様と話をしていた青年の一人が「彼女が噂の婚約者か……。これは、本当に美しいな。それにクリスティーン・オルバーナとそっくりだ」と、頭の先から足の先まで舐めるようにじっとりと見てきた。
私は男だった時のクリスティーンという名前が出て、ビクッと体を震わす。
「確かに。クリスティーン・オルバーナも白皙の貴公子だったが、彼女もまた負けず劣らず美しい」
「ちょっと怖がっている感じがいいね。クリスティーン・オルバーナは無表情だったから」
「名前を教えてもらえるかな? 美しいご令嬢」
他の青年も興味深げに距離を縮め、色々と話しかけてくる。
その頬はうっすらと赤いが、ねっとりとした視線は値踏みされているようで、とても嫌な感じだ。
私はいたたまれなくなって、ケリエル様にしがみついた。
そんな私の肩を抱くと、ケリエル様は青年達に向き直る。
「似ていて当然です。クリスティーンとクリスティーナは双子なのですから。弟のエリオットだって似ているでしょう」
そう言って、エリオットを紹介すると皆「確かに」と納得したように頷いている。
「それよりも皆さん、その不躾な視線は私の婚約者に対して失礼ですよ。仕事の話は以上です。私はこれより招待客としての参加になりますので、皆さんは仕事に戻ってください」
シッシッと、獣を追い払うかのような仕草をするケリエル様。
「おいおい、それはいくらなんでも俺達に失礼じゃないのか? こんな綺麗な婚約者を独り占めしたいのは分かるが、もう少しぐらい目の保養をさせてくれてもいいじゃないか。滅多にお目にかかれない美人なんだから……」
「私をこれ以上、怒らせない方がいいと思うのですが……」
軽口をたたいて私に身を寄せた青年が、ガっと目の前でケリエル様に首根っこを掴まれた。
「イタタタタ」
ケリエル様は笑顔なのだが……。なんだか、背中からドス黒い靄のようなものが見える気がする。
「お、おい、イブニーズル⁉」
「もう一度言います。これ以上、私を怒らせないでくださいね」
ニッコリと微笑むケリエル様。
首根っこを掴まれている青年が「ひっ!」と言って、ブルブルと震え始めた。
あれ? 周囲の人もなんだか心なしか顔色が悪い?
「私のクリスを無神経に見つめた挙句、去れと言うのに居座り続けるその図々しさ。もしこれで何か一つでも仕事で失敗したらどうなるか、分かっていますか?」
笑顔でそう言うケリエル様に、青年達は震えながら身を寄せ合う。
そんな中、後方から茶髪の青年が首根っこを掴まれていた青年を助けながら、ケリエル様の肩を叩いた。
「ま、まぁまぁ、とりあえず放してやれ。こいつらも悪気があったわけではないからさ。こんなに美しい令嬢がそばにいたら見つめてしまうのも悲しい男の性というか……」
「そんなことは、どうでもいいです。私の婚約者と知ってそのような態度を取っているのなら、跡形もなく消し炭になる覚悟ができているということですよね」
どうにかその場を穏便に済ませようとしていた青年は、ケリエル様のにこやかな発言にギョッとなった。
「いや、できていないから。ケリエル、お前が言うと冗談にならないんだよ」
「冗談で言ったつもりは微塵もありませんが?」
キョトンとした表情で返すケリエル様に、青年はとうとう悲鳴を上げた。
「怖いよ。普通に怖いって! ああ、もう分かった。本当に消し炭にならないうちに行くぞ、お前ら」
そう言って、ガタガタと震える青年達のお尻を叩いてその場を辞退しようとした青年に向かって、ケリエル様はバイバイと手を振りながら優しい微笑を浮かべる。
「大丈夫ですよ。私が言った通りにすればいいんです。失敗さえしなければ、明日の朝日は拝めます」
「悪かった、悪かったよ。こいつらにも十分言って聞かせるから、もう許してやれって。クリスティーナ嬢、エリオット殿。今度改めてご挨拶申し上げます」
「気やすく下の名前で呼ばないでください」
「ああ、もう! オルバーナ伯爵家のご子息、ご令嬢。後日改めさせていただきます」
茶髪の青年が不憫に思えてきた私は、エリオットと視線を合わせ青年に向かってコクコクと頷いた。
早くこの場から消えた方がいいよと。
青年の一行が立ち去った後、周囲にいた人々もそっと私達から視線を逸らした。
なんか……怖がられている?
周囲をなんとなく見ていると、ケリエル様にクイッと顎を上げられ、視線を合わす。
「ごめんね。不快な思いをさせてしまったね。ちょっと、仕事の最終確認をしていたんだけれど、まさかあいつらがあんなに下品な行為をするとは思ってもいなかった」
顔を顰め項垂れるケリエル様に私が慌てていると、横からエリオットが呆れた声を出す。
「下品って……ケリー兄様。ちょっと僕らをっていうか、姉上を見ていただけじゃないですか。あんな視線慣れっこですよ」
「エリオットはそうかもしれないが、クリスは違うだろう。あんなに怯えて、可愛い……じゃなくて可哀そうに。もう怖がらなくていいからね」
エリオットの言葉に、ケリエル様は大丈夫だよというように私の頭を撫で回す。
ああ、また幼い妹のように心配されている。
私はキュッと唇を噛むと、顔を上げて微笑んだ。
「確かに怖かったけれど、私もいい加減慣れないといけませんよね。名ばかりの婚約者といえども、ケリエル様に恥をかかせるわけにはいきませんもの。今のは、その、ごめんなさい。まだ心構えができていませんでした。次は頑張ります」
そう言うと、ケリエル様はピタッと笑顔のまま固まった。
「名ばかりって……まだそれ言うんだ……。うん、まぁ、あんな視線に慣れなくていいよ。あんなのは躾のなってない駄犬がすることだからね」
ハハハと力のない声で笑うケリエル様に、エリオットがうわぁっという顔で身を引いた。
「……ケリー兄様、駄犬ってあきらかに名ばかりのって言葉の八つ当たりですよね。やめてあげましょうよ、それは」
気が付くと、周囲からはますます距離をあけられていた。
私が人を怖がるあまりに、ケリエル様が変に思われてしまっている。これはあきらかに私の責任だわ。もっとしっかりしないといけないわね。
私は話し込むケリエル様とエリオットを見ながら、心の中で自分を鼓舞するのだった。




