頼れる執事は手放せない
ケリエル様が訪れた夜、自室に戻った私にカーターが「クリス様、今日も一日女性で良かったですね。明日も女性でありますように」となんともおかしな言葉と共に私を拝んで、その場を去ろうとした。
そんな彼の腕を、私は慌てて掴む。
「ねえ、カーター。どうして私の専属執事を辞めてしまったの?」
首を傾げる私にカーターは、何を今頃? というように呆れながらも、引きとめた手をやんわりと外した。
「女性のクリス様の元に、いつまでも男の執事がそばにいるわけにはいかないでしょう。仕事内容だって男性の時とは変わりますし、何よりケリエル様が怖いです」
「たまにエリオットもそんな風に言うけど、ケリエル様の何が怖いの? あんなに優しい方はいないでしょ」
「……わぁお、ケリエル様の執念が垣間見れた」
「何言ってるの? それより確かにカーターに手伝ってもらうことは、男の時より減ってしまうかもしれないけど、やっぱり私はカーターに今まで通りにそばにいてほしいんだけど、駄目かな?」
そう言ってカーターのそばまで行き、下から彼を覗き込んでみる。
高身長のカーターを見上げるのは首が痛いが、こうでもしないと必ず逃げられる。
私が頑張ってジッと見つめていると、カーターが「うっ」と言って口元を手で覆い隠し、顔を背けてしまった。
「いやいや、これは不可抗力でしょう。ケリエル様、お願いですからそんな今にも殺しにきそうな顔で睨んでこないでくださいよ」
「ケリエル様はもう帰ったでしょう? 何言ってるの?」
一人でブツブツ言うカーターに、首を傾げる。
どうやらカーターには、ケリエル様の幻影が見えているようだ。何それ、羨ましい。
「いえ、これは自分を鎮めるための呪文みたいなもので……はい、落ち着きました。ケリエル様の顔を思い浮かべたら、どんな欲望も抑まります」
「だから、何言ってるのか意味が分からない。それよりもどうなの? また私の執事に戻ってくれる?」
わけの分からないことを言い続けるカーターに、ちゃんと答えろと詰め寄る。
カーターは私を見て苦笑すると、私の体を自分から引き離した。
「無理ですよ、クリス様。こんな見た目も言葉遣いも考え方も、全て変わってしまったクリス様に男だった時と同じようにお仕えすることはできません。それに気付いているかどうか分かりませんが、この際だからハッキリ伝えておきますね。俺の主人はケリエル様ですよ。クリス様を心配したケリエル様が、俺を送り込んだのです」
「え?」
カーターの突然の暴露に、私は固まった。
カーターは伯爵家で雇った使用人じゃなかったの?
私が男になって皆が気を使うから、何も知らない人間を外から新しく入れたんじゃなかったっけ?
あ、でもカーターは聡くてすぐに私に何かあると勘づいたから、お父様が全てを話したと聞いたわ。
それでも態度は変わることがなかったから、そのまま雇い続けたんだけど……そういえば、ケリエル様とはいつから親しくしていたかしら?
なんだか最初から、普通に話していたような……。ああ、なるほど。ケリエル様が本当の主人だから話していたのね。二人は一切隠していない。私が勘違いしていただけなんだ。とそこまで考えて、私は首を傾げた。
「ケリエル様がカーターの本当の主人だったからって、それが何?」
「は?」
「いえ、だからね。ケリエル様が主人でもカーターは私の執事だったわけでしょう? 私を心配したケリエル様が伯爵家に連れて来てくれたわけじゃない。雇用主がお父様でもケリエル様でもカーターは私の執事なわけだし、そこはあんまり気にしないかなって」
「え? そこ、一番大事なんじゃないんですか?」
私の言葉を聞いたカーターが驚いて、先程まで取っていた私との距離を縮めてくる。
「どうして?」
コテンと首を傾げる私に、その小悪魔的動作やめてください。と言いながらカーターは眉を顰める。
「だって、嫌でしょう? ケリエル様の手の者が紛れ込んでたんですよ。どんな情報を流されていたか、心配じゃないんですか?」
「情報先はケリエル様でしょう。なら別にいいけど。男だった時の私の情報なんて、引きこもっていたから何も面白いことなんてなかったし、別に話されて困ることもなかったでしょう」
う~んと、顎に手を当てながら考え込むが、ケリエル様の耳に入って困ることなんて何もない。むしろ何もなさ過ぎて申しわけないぐらいだ。
そう思って顔を上げると、カーターがポカンと私を見ていた。
ん、何その表情? と反対に首を傾げて、アッと気付く。
「あ、あ、あ、まさか……あの話は、してないよ、ね?」
「へ? あの話って、どの話っすか?」
「だ、だから、あの……。だ、誰にも相談できなかった、その、朝の、男の体の……」
「ああ、朝勃……」
「ギャアアアアアァァァァァッ!」
ドゴオォォ!
ハッと気付くとカーターが消えていた。否、壁にめり込んでいた。
「ぐふぅ、いいパンチです。流石、元男……」
「カーターが悪い、カーターが悪い、カーターが悪い!」
「はい、俺が悪かったです。今は令嬢のクリス様に、話してはいけない内容でした」
壁から這い出て素直に謝るカーターに、自分からふった内容だったのにと申しわけなく思いながらも、いたたまれずに顔を伏せる。
「ううう~、ごめんなさい。でも、あの時は本当にカーターがいてくれて、私、本当に感謝しているの。あんなこと、お父様にもエリオットにも、ましてやケリエル様になんて相談できるはずなかったし……。だから、カーターのことはすごく頼りにしていて、このままそばにいてほしいって思うのは、いけないかな?」
顔の熱が治まらないまま、私は素直にカーターに執事でいて欲しいと頼んでみる。
「殺し文句っすね」と苦笑するカーター。
カーターはケリエル様とは別の、頼りになる兄だと私は勝手に思っている。
主扱いしない気さくなカーターを、私は心を閉ざしていた間も唯一そばに置いていた。
本当は貴族の令嬢なら、姉のような存在の侍女がそばにいるはずだが、男になってしまった私にそんな存在はいない。
カーターが唯一の側仕えなのである。
そんな彼に女に戻ったとはいえ、離れられることを寂しいと感じてしまうのは仕方がないと思う。
「ケリエル様が私のことを心配して貴方をそばに置いてくれたのでしょう。だったら呪いはまだ解けていないのだし、このままそばにいてくれても問題はないんじゃないの?」
「……確かに問題は何も解決できていません。ですから、ケリエル様も俺を伯爵家に残しているのですよ。ただ専属執事というあまりにも近い状態で、美しくなった令嬢のクリス様のそばにいるのは、流石にケリエル様が嫉妬されます」
「まさか。ケリエル様はそんな心の狭い方ではないわ。それに嫉妬なんて、ケリエル様が私にしてくれるはずないもの。私はケリエル様の妹のような存在なのよ」
アハハハハと笑い飛ばす私に、カーターが「それ本気で言ってます?」と胡乱な目を向けてきた。
「ケリエル様が雇用主だっていうのなら、カーターだってよく分かっているでしょう。ケリエル様の優しさを。彼は優しいから私を心配してくれているだけよ。性別がハッキリしない私に、同情してくれているの」
あ、自分で言ってて泣きたくなる。
けれどこれが、真実だ。
側仕えにまで嫉妬するほど、ケリエル様に愛されてみたいなんて、そんなこと思ってはいけないわ。
自分の立場は分かっていると、私は顔を上げてカーターと目を合わす。
「……この際ついでに暴露しますけど、ケリエル様を無条件に優しいと思っているのは王都中探したってクリス様だけですよ」
「え、だって優しいでしょう?」
「優しくないとは言いませんが、それだって理由あってのこと。クリス様が考えてる感じではないと思いますが……」
「意味が分からないわ。私は産まれた時からケリエル様の笑顔しか見たことないもの。優しい人を優しいと言って何が悪いの?」
眉間に皺を寄せる私に、カーターは呆れた表情をする。
「悪くはありませんが……ケリエル様は頑張ったんですね。無事洗脳は完了しています。だけどここまで洗脳されていて、どうして妹なんてポジションだと思い込んでいるんだろうか? そっちの方が謎だ」
ついには横を向いて、ブツブツと一人考え込んでしまった。
ん? なんか話がそれてしまっていない?
「とにかく、カーターは今まで通り私の専属執事として働いてちょうだい。ケリエル様の承諾が必要なら私がお願いするから。貴方は気にしないで」
「いや、そこ、めっちゃ気にします。恨まれるのは俺なんですから」
「はい、話は終わり。また明日ね、カーター。おやすみなさい」
そう言ってまだ喚いているカーターを部屋から追い出して、扉を閉めた。
私は一人満足して、湯あみの準備に取り掛かるのであった。




