仲直りは力技
弟エリオットに嫌われていたことを知った私は、頑なに彼との接触を避けるようになっていた。
この四年間、留学先には手紙の一つも送らずにいたし、休暇中で戻ってきても部屋に閉じこもり、できるだけ会わないようにしていた。
女性に戻った後もエリオットのことは気になっていたが、私はまだ中途半端な状態で彼に何を言えばいいか分からずにいたので、正直彼がこの場にいないことにホッとしていた。
私はエリオットとの距離に、悩んでいたのだ。
いつまた男に変わり、そのまま戻れなくなったらと思うと簡単にはクリスティーンという存在を失くし、伯爵家の跡継ぎという座を渡すことができなかった。
クリスティーンという存在だけを残し、跡継ぎの座を譲ることは、この国の法律が許さなかったのだ。
それは両親も同じ考えのようで、二人共私同様、口をつぐんでしまった。
気まずい空気の中、ケリエル様がエリオットの頭をくしゃっと撫でる。
「ケ、ケリー兄様?」
「エリオット、以前にも言ったけど、そこは安心して良いよ。オルバーナ伯爵家を継ぐのはお前だ。クリスは私が引き受ける」
ケリエル様の言葉に、吃驚する私と安堵するお母様と苦笑するお父様。
三者三様の態度に眉を顰めたエリオットは「ケリー兄様はまたそれだ」と呆れた声を出す。
「この人が女のままならケリー兄様の伴侶にもなれるけど、男だったらどういう立ち位置で置くつもり? 周囲に変な目で見られるよ」
「ハハハ、同性婚か。それもいいね。なぁに、この国の五代前の王様がそういう人だったから、大して偏見はないさ」
「そういうことじゃなくて。僕だって偏見はないけど、跡継ぎはどうするのかって話になるでしょう。侯爵家に跡継ぎがいないなんて、大問題だよ」
「そうかな? 女性と結婚してもできない場合もあるんだから、そこはそんな重要な問題でもないと思うけど。いざとなれば縁戚から優秀なのを引っ張てくればいいんだし」
「ケリー兄様の優秀な遺伝子を残さない気なの? そんなの侯爵家の大損失だよ」
「エリオットは大げさだ。それに、こうしてクリスは女に戻ってるんだ。解呪方法が見つかれば問題はないだろう」
「この十年、それが見つからなかったから、今また複雑な状況になってるんだよね」
「それは耳が痛い。私の不徳の致すところだね」
「そんな……それは、ケリー兄様の所為じゃないだろう。あの王太子殿下に無理難題言われて、この人の世話をして、そんな忙しい状態で研究に没頭する時間なんて持てるはずがないんだから。兄様はこの人を甘やかしすぎ。どうせ今もまだ、何も知らないままなんでしょう?」
「エリオット」
「ご、ごめん。でも、いい加減兄様の苦労をこの人も知るべきだ」
そう言って私を見るエリオット。
……ごめんなさい。情報量が多過ぎて、ついていけなかった。
エリオットの真剣な眼差しに焦りながらも、二人の会話を必死に思い出す。
えっとえっと、私が女でも男でもケリエル様が引き取ってくれるから、エリオットがこの家の跡継ぎだという話?
それで、ケリエル様の跡継ぎの話に変わって、十年間の苦労話に変わった、のかな?
あ、あれ? 私はどういう立場でケリエル様のおそばにおいてもらえるのだろう?
それに十年の苦労って……それは紛れもなく、私の呪いを解くために頑張ってくれているケリエル様の苦労のことだよね?
頭の中で整理しながらも、申しわけなさでいっぱいになってくる。
優し過ぎるケリエル様は、不幸な幼馴染の女の子の面倒をとことん看ようとしているのだ。
魔法の研究職に就いているからといって、呪いのことは任せっきり。
その上、姉の勉強をみながら、弟の留学先の世話までしてくれた。
オルバーナ伯爵家が落ち着くようにと、将来私を引き取ってくれるとまで言ってくれている。
そこまで考えて、己の身が無性に情けなくなって、涙が浮かんできた。
「あ、姉上⁉」
はらはらと泣きだした私に、エリオットはギョッとする。
「ご、ごめんなさい。色々と迷惑をかけてしまって……。ケリエル様、私、一人でも大丈夫です。いざとなったら他国にでも移住します。ケリエル様が勉強をみてくださっていたから……。そうですね、貴族の教師にでもなろうかと思います」
「どうしてそうなる⁉」
私の言葉に今度はケリエル様がギョッとなった。
「お、落ち着きなさい、クリス」
「そうよ。貴方が外に出て行ったら、もっと話が複雑になるわ」
お父様とお母様が慌てて私を引きとめる。
ありがとう、私の家族は本当に優しい。
「安心して、エリオット。次に男になった時は、私この家を出るから。貴方にはこれ以上迷惑をかけないようにする」
涙の残る顔でニッコリ微笑んで見せると、エリオットは顔を青ざめさせた。
「何言ってんのさ。そんなの僕が追い出したって言っているようなものじゃない。それって僕に死ねってこと? 姉上がこの家を出たりなんかしたら、すぐに誰かに連れて行かれちゃうし、ケリー兄様の怒りの矛先も僕に向くでしょう」
「フフ、冗談が上手ね、エリオット。私なんて誰も望まないし、優しいケリエル様が怒るなんて想像もできないわ」
エリオットが悲壮な顔で訴えてくるが、何を言っているのやら。
ケリエル様は私がいなくなったからといって、弟のように可愛がっているエリオットを怒るはずなんてないのに。
むしろお前の所為じゃないよって慰めてくれると思うけど。
「だったら、こうしよう。この家を出たくなったら、私の所に来ればいいよ。伯爵家に迷惑をかけるのが嫌だから外に出るんだよね。それならば私のそばでゆっくりすればいい。侯爵家が嫌なら、新しく屋敷を用意する。そこでじっくり呪いについて調べよう。もしかしたら解呪方法も、案外簡単に見つかるかもしれない。そうだ、そうしよう」
ケリエル様が慌てて、そう提案してくれる。
私のために新しい屋敷だなんて、どれだけ優しい人なのだろう。だけど十年も迷惑かけ続けた私は、そろそろ離れるべきかもしれない。
「ありがとうございます。でも、もうこれ以上、ケリエル様にも迷惑かけたくないんです。先程も話していたでしょう。ケリエル様はただでさえお忙しい身なのに、半分以上は私の所為だと。私が呪いなんて受けなければ、ケリエル様はもっと実力を発揮できていたのに。私は貴方の足枷にしかならない」
私は涙を零しながらも必死で笑顔を見せる、がその内に耐えられなくなって俯いてしまった。
涙は次から次へと溢れてくる。
「エリオットォォ~」
「うわわわわ、違う、違う。そういうことじゃないんだ。なんで、こんなに何も分かっていないんだよ。僕を睨む前にちゃんと気持ちは伝えてあるの、兄様?」
ガタッとエリオットが椅子から立ち上がる音がした。
「もちろんだ。けれど伝わってない。自分に自信を持つ前に、あんな呪いにかかってしまって、お前にもたいした顔じゃないって言われて、恐ろしく自己評価が低い上に全ての考えが後ろ向きなんだ」
「僕の所為? ていうか、信じられない。その顔の所為でこんな状態になっているというのに、本人がその顔の価値を一切見出していないなんて。宝の持ち腐れじゃん」
泣き過ぎて会話が耳に入ってこないけれど、なんか失礼なことを言われているのだけは分かる。
「そんなに嫌わないで、エリオット。お姉ちゃんが悪かったから。もうエリオットの地位を脅かしたりなんかしないから~」
グズグズと泣いていた私は、とうとう幼い頃に戻ってしまった。
まだ二人が四・五歳の頃、弟に嫌いと言われて泣きながら謝っていた記憶を思い出す。
「僕が拗ねているだけの問題になっている? 違うから、なんか、色々と違うから~~~」
「でも、お姉ちゃんのこと、嫌いでしょう?」
ヒックヒックと涙を手で拭きながら、エリオットにたずねる。
「ひっ、だから睨むなってケリー兄。ああ、もう、嫌ってない。嫌ってないから。別に今更、伯爵家を継ぐなんてどうでもいいんだ。留学先で面白い研究もしてるし。生きていけるだけの能力は身につけている。ただ自分の立場がハッキリしないのが不服なだけで……だから、だからもう泣き止んでよ、姉上~」
エリオットの方が泣きそうな声で懇願してくる。
その声にそっと顔を上げると、何故か遠くからエリオットが手を差し出している状態で固まっていた。
不思議に思いながらも隣を見ると、ケリエル様がニッコリと笑っている。
そっとハンカチで私の涙を拭きながら「エリオットは怒ってなんかいないから、出て行くなんて言わないでね」と優しく頭を撫でてくれた。
ケリエル様の優しさを享受しながらも、私は弟に長年気になっていたことを訊いてみた。
「……エリオット」
「はい!」
私の声に何故かビシッと姿勢を正す弟。
首を傾げながらも「じゃあ、お姉ちゃんのこと、好き?」と訊くと、またもや固まってしまった。
「……………………え?」
一拍置いて、やっと発した言葉に再び問う。
「好き?」
「えええ~~~~~⁉」
「好き?」
答えてくれるまで諦めたくないなぁと思いながら、何度もたずねると「……はい、……そう、ですね」と仕方なしに、そう返事してくれた。
「お姉ちゃんも♡」
そう言った途端、再び直立不動になった弟に首を傾げる。
「ほら、濡れたタオルで顔を拭いた方がいいよ」
いつの間にかカーターが用意したタオルを、ケリエル様が受け取って私の顔にあてる。
泣いた顔は少し火照っていたようで、タオルがとても気持ちいい。
ニコニコと笑うケリエル様に泣いた顔を見られてかなり照れ臭かったけど、その優しさにほっこりする。
目を瞑ってケリエル様に身を任せていると、離れた場所にいるエリオットの呟く声が聞こえた。
「こんなに露骨なのに気付かないなんて……姉上って、すげぇ」
意味は分からないけど、どうやら褒められているようだ。
良かった。長年わだかまりのあった弟と、やっと仲直りできた。
それも全てケリエル様のお蔭だと、私は目を瞑りながらもフフっと笑った。




