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今までのこと ①

 ここは、我がオルバーナ伯爵家の談話室。

 今朝方、十年ぶりに女に戻った私はお父様とお母様。そして私の幼馴染で、兄のように慕っている侯爵家のケリエル・イブニーズル様に集まってもらった。


 幼い頃の私を知っている侍女数名とカーターを控えさせ、この姿を見せるとお母様は私を抱きしめ、すぐにドレスを着せた。

 お母様の娘時代の物だと言うが、すぐに用意できたことに感心する。

 お母様曰く、私がいつ娘に戻ってもいいようにと、常にその年代の物を用意してくれていたのだ。

 私でさえ諦めていたことを、お母様はずっと信じて待っていてくれたのだ。ありがたい。

 そしてケリエル様を呼んだのは、彼が王宮で魔法を研究する機関、魔法研究所に勤めている方だったからだ。

 彼ならこれが一時的なものなのか、確実に呪いが解けたものなのかが判断できるだろう。

 決して私が彼に密かに恋をしていて、女に戻った姿を見てもらいたかったからではない。そう、決してそんなことではないのだ。



 豊かな山に囲まれた美しい土地、ネルギニ国。それが私のいる国の名前だ。

 この国には魔力というものがあり、生まれつきその力が備わっている者を魔法使いと呼ぶ。

 何もない所から火を出したり水を溢れさせたりと、不可思議な現象を起こすことができる力を魔力という。

 だがその力を使う魔法使いは、年々その数が減少していた。

 魔力は突然変異みたいなもので、親が持っているから子も必ず持つとは限らない。

 そして魔力量も個人差があり、軽く光を灯すしかできない者もいれば、湖の水を一気に空にすることができる者もいる。

 そして女から男へと変える、私が受けた不可思議な力もまた魔法によるものだった。

 私達はこの他者へと向ける悪意ある力を呪いと呼んだ。

 一般的な魔法による呪いは、他者を貶めたり不幸にしたりするもの。

 私のように性別を変える呪いなど、聞いたこともなかった。


 その魔法全体を研究する魔法研究所に勤めているケリエル様。

 私はチラリと彼を見る。

 艶やかな黒髪に紫の瞳。整った顔ながらも、少し垂れた目は人の良さを表している。

 侯爵家の嫡男で私より三歳年上の彼は、王宮では研究職をしているにもかかわらず、華奢な感じはない。しっかりとバランスの良い体型をされている。

 元々父親同士が知り合いで、私が産まれた時からこの屋敷に出入りしている、正に兄のような存在。

 幼い頃はどこに行くのも、彼の後を追いかけ回し、物心つく頃にはケリー様の妻になると叫んでいた。

 あの頃の私は、そんな幸せな日々が永遠に続くと信じていて、まさかそれが壊れるとは微塵にも思ってはいなかったのだ。



 悪夢が始まったのは七歳の頃。

 お父様に連れられ城下町に買い物に行った時に、事件は起きた。


 お父様が知り合いに声をかけられ立ち話をしている時、猫が私を横切ったのだ。

 私は好奇心に負けて猫の後を追った。

 そして路地裏へと辿り着いた私は、そこに黒いローブに身を包んだ怪しげな男と遭遇したのだ。

 猫は男の胸へと飛びついた。

 男は猫を抱きながら、私に近付き顔を覗き込んだ。

「綺麗だねぇ。ああ、本当に綺麗だ。キラキラ光る麦の穂のような金髪に、透き通った空のような青。こんな綺麗なもの、奴にやるのは癪だなぁ。そうだ、やっぱり僕が連れて行くことにしよう。僕のものにしてしまえばいいんだ。でも、君はまだ幼いね。今連れて行くのは無理そうだ。だけどこのままだと、先に奴に連れて行かれてしまうかも。ああ、そうだ、そうだ。良いことを思いついた。奴に連れて行かれないように、君を男にすればいいんだ。クククッ、奴はさぞかし苦しむだろうね。ああ、心配しないで。僕は魔法の天才だからね。君が年頃になったら迎えに行くよ。それまで君は男として誰も寄せ付けない生活を送っておくといい。一人ぼっちの君を、僕が迎えに行ってあげる。それを楽しみに待っていて」


 私はそのまま意識を失い、その場に倒れた。

 探しに来てくれたお父様が見つけた時には、私は男の子の体になっていた。

 その後、男を探そうにも私の意識は朧気で、その場にいた男の痕跡も何もない状態では探し出すことは不可能だった。


 実はあの時のことは後々考えると、とても不思議な出来事だったのだ。

 まず、お父様と私の周りには護衛の人間がちゃんとついていた。

 私達を囲む様に五人の護衛がいたにもかかわらず、誰にも気付かれずに私はその場を離れた。

 そして、街の誰の目にも止まることなく、私は路地裏に入って行ったのだ。

 普通、七歳の身なりの良い女の子が路地裏になど向かっていたら、誰かが止めるだろう。

 それなのに、誰も私の姿を見ていないのだ。

 そして極めつけは、ここ大事!

 思わず猫の後を追いかけたくなるほど、私は猫好きではなかったのだ。

 どちらかというと、犬派。

 お屋敷でも犬を飼っているほど犬派。


 そう考えるとこの時点で私達は、その男に魔法で操られていたと考えられる。

 初めから私を狙っていたのだ。

 くっそう、あのロリコンめ~。



「詳しくはちゃんと調べないと分からないけど……正直に言うね。多分、呪いは解けていないと思う。どちらかというと、以前よりこんがらかった術式が施されている。前の呪いから更に上乗せされたような状態かな」

「は?」

「女の子だったクリスに男の子になる呪いがかけられ、更に今回男のクリスに女になる呪いがかけられた。結果性別は戻っているが、呪いが解かれたわけではないから、いつまたどちらの呪いが解けるか分からない。油断はできないね」

「はああああ~~~~~?」


 私が昔を思い出し、ムカついている間にケリエル様が今の私の状態を説明してくれた。

 いや、待って。何、そのややこしい状態は?

 私があまりのことに口をパクパクしていると、ケリエル様が頭にポンと手を置いた。

 そのまま軽く撫でるとその甘い声で「落ち着いて」と言う。

 はい、落ち着きます。いえ、落ち着きません。ケリエル様の大きなお手が私の頭に~~~~~。

 真っ赤であろう私の顔を見ながら「そんなに怒らないでね」と言うケリエル様。

 いえ、怒ってはいますが顔が赤いのは貴方の所為です。

「呪いが解けたわけではないのか……」

 ガックリと肩を落とすお父様とお母様。私も一緒に肩を落としたい。

「……不甲斐なくて申しわけない。こんなに簡単に性別が移行されたというのに、一向にその術を解けない私は、本当に役立たずだ」

 眉を八の字にして項垂れるケリエル様。いやん、可愛い♡ ではなく。

「顔を上げてください。ケリエル様は何も悪くありません。役立たずなんて滅相もない。私が男になった時もそばにいて、生きていく術を教えてくださったのは貴方ではありませんか」

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