弟がいました
今日も女性である喜びをかみしめながら、ドレスを着る。
普段着使いのドレスなので、一人で脱ぎ着できる簡素なものだ。
男でいた時は何を食べても味気なく、食に喜びを見いだせなかった私は、ハッキリ言ってガリガリだった。
そのまま女になり必要な所には、それなりに肉もついてはいるが、やはり細かったのだろう。
普段着ならばコルセットをつける必要もなかった。
朝食を食堂で、両親と共に取ろうと階段を下りる。
ちょうどエントランスから人の気配がした。
ケリエル様がいらっしゃったのかな? と喜びに胸を弾ませながら、いそいそと出向くとそこにいたのは一つ下の弟、エリオット・オルバーナが帰宅したところだった。
「……………………」
「……………………」
二人、無言で見つめ合う。
先に口を開いたのは、エリオット。
「あ、に上じゃない、姉上ですか?」
「あ、えと、そう、です。お帰りなさい」
「父上から手紙をいただいて、とりあえず帰国したのですが……そうですか、本当に姉上に戻られたのですね」
「い、いえ。完全に戻れたというわけではないの。その、更にまた呪いをかけられた状態でして……」
「は? なんですか、それは?」
そんなたどたどしい会話をしていると、玄関の扉が再び開いた。
「エリオットが戻ったって……ああ、タイミング良かったみたいだね」
「ケリー兄様!」
パッと小柄な私の弟が、ケリエル様に飛びついた。
「大きくなったなぁって言いたいけれど、まだ小さいな」
そのまま脇に手を入れ持ち上げる。
小さい子供が高い高いをしてもらっているようだ。
「失礼だな。まだまだ発展途上なんだよ。ケリー兄様がでかいだけなんだ」
笑いを含んだケリエル様の声に、プウッと頬を膨らませながらも嬉しそうに笑うエリオット。
ううう~、羨ましい。
私でさえ、そんなのしてもらったことないのに~。と恨みがましく見ていると、私に気付いたケリエル様がエリオットをおろしながら「おはよう」と微笑んでくれる。
一瞬にして気持ちが向上する。
やっぱり素敵だな、ケリエル様は。
ケリエル様の笑顔に癒されていると、エリオットが言いにくそうに私をチラチラと見ながらケリエル様にたずねる。
「ケリー兄様、え~っと、その人、姉上に戻ったんじゃないの?」
「ああ、詳しくは食事をとってからにしよう。急な手紙に急いで駆け付けたんだ。エリオットはまだ、ご両親にも挨拶してないんだろう。ちゃんと帰宅の挨拶をして、お腹を満たそう。話しはそれからだね」
ケリエル様は慌てるなというようにエリオットの頭を撫でると、私に向かって手を差し伸べてきた。
「食堂までエスコートをしても?」
「……お願いします」
ちゃんと女性として扱ってくれるケリエル様に、つい頬が緩む。
「……ふぅん、ちゃんと女性の所作できるんだ」
エリオットはそんな私を半眼で見ると、先に食堂へと歩いて行った。
そんな私と弟を見ながら、ケリエル様は苦笑する。
ハア~っと、深い溜息が出てしまう私に行こうかと言って、食堂へと誘導してくれるケリエル様。
途中、私達の後ろに控えていた執事に、お父様への報告と自分の分の食事も頼むと茶目っ気たっぷりに言うケリエル様にホッとする。
カーターが廊下の端からその光景を見ていたようだが、ケリエル様と目が合うとヘラッと笑って奥へとすっこんだ。
不思議に思い隣にいるケリエル様を見上げると、ニッコリと微笑まれたので一瞬にしてカーターの行動は忘れ、ケリエル様のエスコートに合わせて食堂へと向かった。
食堂に着くと、先に来ていた弟と両親が久しぶりの再会に熱い抱擁を交わしていた。
弟は人懐っこい。
天使のような可愛い容姿に明るい性格。
十六歳になった今でも、性格は変わらないらしい。
遅れてやって来た私達に両親は、家族が揃ったと喜びながら食卓へと誘導した。
ケリエル様を家族だという両親に、ちょっと照れてしまう。
一応婚約者だけど、それはあくまでフリだからね。本当じゃないからね。
食事が終わり、食後のお茶が済んだ所でエリオットが私にチラリと視線を送る。
うっ、分かってるわよ。早く説明しろって言うんでしょう。
そんなやり取りをしている私達に気付いたケリエル様が「エリオット、学園の方は大丈夫だったのかい?」と視線を遮ってくれた。
「ええ、試験が終わった所で後は特に何もないので。そのまま長期休暇に入るから、休み明けに戻れば大丈夫です」
「そうか。じゃあ、ゆっくりできるな。では私の方から、クリスの今の状況を説明しよう。正確に言うと、クリスは呪いが解けたわけではないんだよ。同じような呪いを別の者からも受けてしまった。今クリスは、二つの呪いがかかっている状態なんだ」
私や両親が説明しなければいけないことなのに、ケリエル様がその役を担ってくれた。
エリオットもわずかに眉を顰めたが、兄と慕っているケリエル様の言うことなので説明を遮る気はないようだったが、その内容には首を傾げる。
「え、それでなんで女に……て、まさか一周回って女に戻ったってこと?」
「察しが良いね。そう、だからこの状態がいつまで続くか分からないってのが本当の所だね。いきなり解ける場合もあるし、一生このままかもしれない。結局はちゃんと二つの呪いを解呪しないと、安心はできないってことだな」
「じゃあ、結局僕はこの人に振り回されっぱなしで、立場は変わらないんだね」
ポツリと呟くエリオットに、ケリエル様が窘める。
「エリオット」
「だってそうでしょう。この人が女の時は、僕が伯爵家の跡継ぎだって言われていたのに、この人が男になった途端、この人が後を継ぐからって僕は外されたんだ。ケリー兄様が他国の留学を進めてくれなかったら、僕は自分の立場に途方に暮れていたんだよ。この国の決まりとして、長男が後を継ぐっていうのは分かってるよ。だけどだからってコロコロと性別を変えて、この人だって辛いのは分かってるけど、僕だって辛いよ。僕はどうしたらいいんだよ」
この国ではどういう状況であれ、長男が家の後を継ぐという決まりがある。
犯罪を犯したとか病で明日をも知れぬ身だとか、よっぽどの理由がない限り、基本一番上の男性が後を継ぐのだ。
子供が女性しかいない場合は、一番上の女性が婿養子をもらって後を継ぐ。
私とエリオットは一つ違い。
呪いを受ける前は、エリオットがこのオルバーナ伯爵家を継ぐことになっていた。
だが私が男になり、その呪いが解けないと知った時、お父様は私をクリスティーンという名前の長男として出生届を出したのだ。
クリスティーナとクリスティーンを双子として。
普通に考えたら、何年も経って出生届など出しても受理などされないのだが、ケリエル様、イブニーズル侯爵家の力でそれは可能となったのだ。
今思えば、ケリエル様は王太子殿下と幼馴染だったと言っていたので、その影響かもしれない。
私は自分のことでいっぱいいっぱいだったので、その時のエリオットの心境など全く知ることもなかった。
まだ六歳だったから、そこまでこだわってはいないだろうと安直に考えていたのも否定できない。
私の知らない所で、私は弟に酷いことをしていたのだと、エリオットが留学する際の捨て台詞で初めて知った。
それまで彼とは仲が良いと信じていた私は、自分が大暴れして心を閉ざしていたにも関わらず「ペンプター王国に留学なんて、いいね。あそこは医療が盛んで優れた人材が集まっていると聞くよ。羨ましい」と言ってしまった。
外に自由に羽ばたける弟が羨ましいと、本気で思っていたのだ。
やさぐれ時代真っ只中である。
そんな私にエリオットは、チラリと視線を送ると淡々と言ってのけた。
「僕はあんたが大嫌いだ。自分一人が不幸だと本気で思っているだろう。ちょっと顔がいいからって調子に乗り過ぎ。そのまま周囲の気持ちも分かろうとしないで、努力を怠るようなら本物の馬鹿じゃん。因みにあんたの顔なんて、僕と大差ないんだから特別でもなんでもないんだよ」
そう言って、フンッと背を向けて行ってしまった。
後に残された私の思考は、停止していた。
若干十二歳の少年の主張であった。




