美少女、再び ②
令嬢生活を始めたクリスは、どうやら伯爵夫人にかなりしごかれている様子だった。
少し可哀そうではあるが、それも仕方がない。
淑女のマナーを学ぶはずだった十年間を、男として生きていたのだ。
今まで一切気にもならなかった動作も、ドレス姿だとやはり違和感がある。
それに夫人の気持ちも、分からなくはないんだ。
誰もが羨む自慢の娘を、これから自分の手で淑女として教育することを心待ちにしていた矢先に、あのようなことが起こってしまったのだから。
夫人は社交界でも淑女の鑑と呼ばれたほどの有名な、容姿も所作も美しい令嬢だった。
だから自分の娘には、自分自身が直接教え込もうと楽しみにしていたのだろう。
そういう話を聞いていた私には、回復薬を渡して応援するしか他なかった。
一応「ほどほどにお願いします」とは、言っておいたけど。
それよりも今日は、クリスに絶対に伝えなくてはいけないことがあるんだ。
本当は女性に戻ったその日に伝えたかったのだけれど、流石に場の空気は読んだ。
せっかく今まで待ったんだ。
ガツガツしていたら嫌がられると、血を吐く思いで我慢した。
その想いをぜひとも汲んでくれ、クリス。
私は彼女に婚約を申し込んだ。
クリスは口をあんぐりと開けたまま、固まってしまった。
え、婚約話を持ち出したこと、そんなに意外だった?
本音を言うと、私はクリスに好かれている自信があった。
どこまで男として見られているか分からないが、憧れくらいはもたれているつもりだったのだ。
頬を染め、二つ返事で受け入れてくれるものだと思っていた私は、途端に焦りだした。
まさかクリスに『は? 何言ってんの、こいつ。頭大丈夫? まさか、小さい頃からそんな目で私を見ていたわけじゃないでしょうね。やだ、マジでキモいんですけど』とか、思われてたら………………やばい、泣く。
一気に嫌な汗が流れだす。
「参ったなぁ。……そんなに、嫌だった?」
私のどこがそんなに嫌? と追及したくなる気持ちをグッと堪えて、困った風に訊いてみた。
するとクリスは我に返って「嫌なはずがありません。むしろ光栄です。嬉しいです」と返してくれた。
良かった。やはり私は好かれていたんだ。
ひとますホッとした。
全く私のクリスは恥ずかしがり屋なのだから。
私を狼狽えさせられるのなんて、クリスだけだよ。
ただその後も、彼女は自分でいいのかというようなことを言ってくる。
君じゃないと嫌なんだと思いながらも流石にそんなことを言ったら引かれると思い、せめてもと「私はクリスがいいよ」と言ってみる。
そのついでに、婚約は幼い頃すでにしていたことにしてほしいと頼んでみた。
クリスは本人の自覚が持てないうちに男にされてしまったが、ハッキリ言ってかなりの美少女だ。
外に出ただけで、そこにいる全ての男が彼女に求婚するだろうと、私は思っている。
だから最近彼女と婚約を結んだというよりは、すでに売約済みなのだということにした方が、余計な虫が寄り付かないと考えたのだ。
ただでさえ幼い頃には、殿下の伴侶にと声が上がっていたほどだ。
今はもう殿下にも婚約者は決まったし私との取引もあるが、それでも今の彼女を見たら殿下も周囲もどう考えを変えるか分からない。
予防線を張っとくに越したことはないのだ。
それと、彼女は今まで病気で療養していたことにする。
それならば尚更、なんの不自由もなく婚約を結んだというより彼女の療養中も励まし、共に乗り越えてきたのだと、愛し合う者達同士の深さを印象付けれるだろう。
詳細を知っている殿下には通用しないが、周囲にはそれなりに効果はあるはずだ。
そう思ってクリスに提案してみたのだが、クリスは私に横恋慕している令嬢方にいじめられないようにしてくれたのだと勘違いしたようだ。
私ではなく君なんだけれど。と思いながらも、う~ん、まぁ、そこは流しておくか。
その後私は、クリスの気が変わらないうちにと婚約届に署名してもらう。
素直に書いてもらえたことに、心の中で狂喜乱舞した。
これで正式にクリスは私のものだ!
一人書類を眺めて舞い上がっていると、何故かクリスが首を傾げている。
そこで我に返った。
一人で浮かれている場合ではない。
クリスの気持ちを慮るように、そっと手を握りしめる。
そのまま婚約式を挙げられないことと、無理矢理署名させたことを謝るが、クリスはニッコリと笑ってくれた。
「私はケリエル様の婚約者とういう立場だけで十分満足です。それが例え形だけでも」
「え?」
信じられない言葉を聞いた私は、思わず素になった。
「大丈夫です。勘違いは致しません。ケリエル様が私のためを思って婚約者のフリをしてくれること、本当に感謝しております」
……私は笑顔のまま、固まってしまった。
遠くでカーターの「うわぁ」という憐みの声が聞こえる。
……私の気持ちは、全く少しも伝わっていなかった。
王家主催の、どうしても断れない夜会がやってきた。
私は周囲にクリスは私のものだとアピールするために、私の目の色の紫色のドレスを送った。
私の髪色は黒なので、ドレスに使うにはクリスの愛らしい雰囲気とは少し合わない気がしたのだ。
もう少し大人になれば黒も似合うようになるのだろうが、今はまだ早い。
彼女がそのドレスに身を包んでやって来た姿に、私は時が止まった。
何度も綺麗だと思った。
天使とも女神とも。
だがこれは、もう言葉では言い尽くせない。
息もできない美しさに、目が離せない。
動けない私をカーターが後ろから小突く。
ハッと我に返ってエスコートするために、彼女の元へと向かった。
城に近付くにつれ、クリスの緊張が伝わってくる。
大丈夫だと励ますと、クリスは深呼吸をして自分を落ち着かせる。
――強い子だと思う。
蝶よ花よと育てられていた少女が、ある日突然、おかしな奴に男の姿に変えられてしまったのだ。
七歳の子供が、信じられなくて暴れるのは当然のこと。
だけどその様子を見た使用人からは、腫れ物に触るような扱いを受けてしまう。
女性の顔が識別できないほど、心を閉ざしてしまったクリス。
それでもどうにか頑張ろうと、男の姿のまま社交にも顔を出した。
男になろうが美しい容姿はそのままだったクリスは、社交場でも人気を得た。
だが女性の顔は識別できないし、男性の会話にもついていけずに孤立してしまう。
そんな中で領地経営の勉強に励む姿は、健気としか言いようがなかった。
正直、何年かかろうと女性に戻すつもりではいたが、もしもこのままクリスが男の姿だったとしても、私はクリスを守ろうと考えていた。
どのような姿だろうと、クリスはクリスだ。
私はクリスを手放す気など、一切ないのだから。
城に到着した彼女は、一気に体を強張らせる。
そんな彼女の手をそっと握る。
大丈夫、私がずっとそばにいるからね。
案の定、会場に到着した彼女を見た周囲は騒めき立った。
クリスの美しさに惚けている者や、露骨に彼女は誰だと聞きまわっている者、自分を美しいと勘違いしている者の中にはクリスを睨みつけている者もいる。
身のほど知らずが。
ただそんな周囲の状況を、クリスがどう感じているかと心配になった私は、そっと彼女を盗み見る。
彼女は自分のことにいっぱいいっぱいだったようで、周囲の状況に全く気付いていないようだった。
うん。あんな奴らのことなんて、気にする必要もないよ。
私とオルバーナ伯爵と夫人とで、クリスを守るように囲んでいると私の両親、イブニーズル侯爵夫妻がやって来た。
クリスは全く気付いていないようだったので、驚かさないようにと耳元で囁いてみる。
だがそれが反対に悪かったのか、少し涙目で睨まれた。可愛い。
十年ぶりにまともな会話ができた両親に、クリスは嬉し涙を見せる。
クリスのそんな姿に一気に色めき立つ周囲に、慌てて伯爵夫人がクリスに注意する。
危ない、危ない。
ただでさえクリスの美しさに見惚れている周囲に、涙なんて凶器見せたら理性ぶっ飛ぶよ。
まぁ、そんな怪しい輩が近付いて来ようものなら、私が本体ごとぶっ飛ばしてやるけどな。




