十年という月日 ③
私が魔法騎士団の団長になるための余計な訓練に時間を費やしている間に、気が付けばクリスが無表情になっていた。
笑うどころか泣くことも、怒ることもしない。
何か気晴らしになることをさせた方がいいのではないかとクリスの父、オルバーナ伯爵に相談すると、剣を学ばないかと直接打診したようだ。
体を動かして鬱屈を発散させようと考えたのだろうが、状況は悪化した。
剣など習っては本当の男になってしまう。とでも思っているのだろうか。
ますます意固地になるクリスに、私はそれよりも勉強をしようかと持ち掛けた。
元々、本を読むのが好きなクリスは私の提案に喜んで飛びつく。
これで私と二人だけの時間がもてる。
私はクリスが望むままに知識を与えた。
ついでに領地の勉強も教えたのは将来、私の伴侶となった場合、常に一緒にいられるようにとの思いだった。
仕事内容が分かれば、手伝いと称して行動を共にすることができるからね。
月日が経ち、勉学に勤しむクリスを置いて私は先に社交界デビューとなった。
ますます時間が無くなった私は苦肉の策として、伯爵に頼みカーター・マキソンズを彼女付きの執事として潜り込ませた。
彼は男爵家の四男なのだが、私の母上の血縁者で魔力を持っていたため、侯爵家で預かっていた少年だった。
年齢は私より二つ年下で、魔力の制御などを私が直接教えていたのだ。
同時に奥向きの仕事も学ばせていたので、執事の簡単な仕事などは習得していた。
少々口が悪いのが欠点だったが、クリスがこのような状態になり色々心配になった私は、彼を彼女のそばへと送り込んだのだ。
本音を言うと、ものすごぉ~~~く、嫌だった。
私でさえ中々会えない彼女と四六時中一緒だなんて……。
もしも件の魔法使いが彼女を攫いにきたりとか、男だからと気を緩めている可愛いクリスに言い寄る輩がいた場合だとかの対処として、護衛にと送り込んだわけだが、それでも嫌なものは嫌だった。
仕方がないので、カーターには逐一彼女の活動報告をさせた。
会えない間のクリスの状況を教えてもらっていたのだが、カーターには「もうこれって、護衛の仕事と言うより間諜ですよね。クリス様のつきまといをする、ケリエル様の片棒を担がされているだけですよね」と言われた。
失敬な。
ちゃんと給料払っているだろう。
それに不思議なことに、頑なに人を寄せ付けなかったクリスが、カーターにはそばにいることを許したのだ。
男になってしまったクリスを屋敷の使用人は、腫れものを触るような扱いをしていたのだ。
その中で、カーターの主人を主人とも思わない砕けた態度が、逆に彼女の気持ちをほぐれさせたのだろう。
――ムカつく。
呪いの解読は、中々思うようには進まない。
膨大な資料の中、一人では捌けない私は王子に与えられた権限で、魔法研究所を利用し始めた。
貴重な書物はもちろんのこと、マル秘の研究資料や人員を手にしたのだ。
人員とは、頼りになる天才の知識を拝借すること。
だが、本人に会わせてくれたら分かるかもしれないなどとふざけたことを言われた私は、私以外の男を紹介するなど絶対に嫌だったので、少し強めに拒否して私の情報だけでどうにか分かることだけを助言してもらった。
その際、彼が胡乱な目をしていたのは何故だったのだろう?
だが、せめて使われている古代魔法だけでも分かれば先に進むことができるはず。
私は魔法研究所を利用するための王子との契約通り、魔法騎士になるための鍛練にますます精を出さなければならなくなった。
彼女がデビュタントを終えてから、雲行きが怪しくなってくる。
クリスが私と距離をとるようになったのだ。
もう自分は一人でも平気だとか、社交は好きではないから一人で行ってくれとか言い出したのだ。
私だってクリスのいない社交になど、興味はない。
私も行かないよと言うと、それは駄目だと、自分の分まで社交には顔を出してほしいと言う。
意味が分からない。
文句を言って嫌われたくはないので、少しだけ拗ねた感じで反論してみたが、社交に出ないからと言って噂に疎くなるのは嫌だから、自分の代わりに聞いていてほしいと言われてしまっては、それ以上に何も言えなくなってしまった。
確かに、ただでさえ氷の貴公子などというふざけた呼び方をされていたクリスが顔を出さなくなった途端、それに輪をかけた悪評など流されてはたまらないからな。
私は見張りも兼ねて嫌々ながらも、社交には顔を出すようにした。
まぁ、王太子殿下の護衛も兼ねての社交なので仕事といえば仕事だったのだが。
ああ、そうそう。ちょうどこの時期に私は魔法騎士団の団長になっている。
史上最年少だということだが、そんなのはどうでもいい余談だ。
その頃私は、中々思うように呪いの解読ができない状態に煮詰まっていた。
クリスに距離を取られモチベーションが下がっているのか、イライラが募る。
そんな状況の中、オルバーナ伯爵が信じられないことを口にした。
「伯爵令嬢がクリスと婚約したいと言ってきたんだが、どうしたらいいと思う?」
「却下!」婚約話を。
「滅却!」打診された手紙を。
「殺す!」相手を?
父上と母上、最後に私の発言で伯爵は「そ、そうだよね。分かってるって」と慌てて汗を拭く。
父上と母上もクリスには会えない状態なので、その手の話には敏感になっているのだ。
自分達が会えないのに、見ず知らずの令嬢がクリスのそばにいるなんて考えられない。
幼い頃から輝く美貌のクリスだが、それを鼻にかけることもなく素直に懐いてくれる彼女を、両親は本当に気に入っていたのだ。
それなのに男になったからといって距離を取られてしまったことに、彼らも少なからずショックを受けている。
「クリスティーナが男になったのなら、ケリエルが女になればいいんだぁ」などと無茶苦茶なことを叫ぶくらいには錯乱していたと思う。
「それで、その恥知らずなことを言ったのは、どこの伯爵令嬢なんだい?」
伯爵がちゃんと婚約話は断ると約束したのを見て、落ち着いた父上は相手の名前を問う。
「サンシャル伯爵の一番目の令嬢だよ。一応、由緒ある伯爵家だ」
「ああ、あの陰気な伯爵家ね。古いだけでなんのとりえもない家だ」
中々辛辣な言葉を吐く父上。
私も伯爵家の家族の顔を思い浮かべる。
確かにあの程度の容姿で、私のクリスに近付こうなどと片腹痛い。
「身の程を弁えろと言って断ってやれ」
「まだ婚約は考えていないと言って断るよ」
伯爵は人が良すぎる。
父上とは幼少期からの友人だと聞いているが、よく父上と長年付き合いができたものだと本気で思う。
私なら父上の本性を目にした途端、逃げだす。
絶対に敵にはしたくないが、味方だと考えても恐ろしい。
「もしかして伯爵って、父上から逃げ遅れた人ですか?」
「いきなりなんだい、ケリエル殿?」
「……いえ、別に。それよりも、クリスはどんな様子ですか?」
ついつい本音が口から洩れた。
気を付けないといけないと思いながらも、クリスの近況をたずねる。
ほとんど毎日と言っていいほどカーターから報告は受けているが、父親にしか分からないこともあるだろう。
私がクリスの話をすると、父上も母上も期待のこもった瞳で伯爵を見た。
「そうだね。相変わらず無表情だけど……最近は服まで黒一色になってきた」
喪服?
……それは、かなりの末期ではないだろうか?
言葉を失くす私達に、伯爵は慌てて「ああ、でもこの間君がくれたイチゴは美味しそうに食べていたよ。やっぱりイチゴは好きなんだね」と言う。
その言葉を聞いて父上は「よし、畑ごとプレゼントしよう。クリスは長旅ができるかな? なあに、ほんの五日程の道のりだ」と言い、またもや伯爵を慌てさせていた。
そういえば、小さな頃にイチゴの髪飾りをプレゼントしたことがあったっけ?
クリスはまだ、持ってくれているのだろうか?




