二人きりですが
王太子殿下に与えられた部屋は、会場より少し奥の方にある一室だった。
扉近くの机と椅子以外にも、気分が悪くなった人のために用意してあるのか、寝台も設置されている。
数日泊っても、なんら支障がないほど立派な客間だ。
私がキョロキョロと部屋を観察していると、ケリエル様がソファへと誘ってくれた。
素直に従うが、ポスッとソファへと身を沈めた瞬間、我に返った。
私とケリエル様、二人っきりだということを……。
扉に視線を送ると、少しだけ隙間があるようだった。
一応、結婚前の男女が二人きりだということを考慮しての対応だろうと、その優しさに感謝する。
だが、ここは会場から離れており、周囲には人の気配がまるでない。
警備の騎士もいないようだった。
昔は部屋に二人きりなどよくあったことだったが、お互いに幼かったし私が男だったりしたため、なんの問題もなかった。
しかし、今は女。しかも年頃の。
今更かもしれないが、少しだけ身構えてしまうのは仕方がないだろう。
ケリエル様は長い足を組んで、何かを思案しているように一点を見つめていた。
改めてケリエル様の顔を凝視してしまう。
長いまつ毛の向こうに、紫のアメシストがキラキラと輝いていた。
いただいたアメシストと似た色合いだなぁと、胸元のネックレスに触れる。
なんとなく触っていると、ケリエル様がこちらを向いた。
ゴクッと喉が鳴る。
「ええっと、まずは弁解させてくれるかな? 王太子殿下と気楽に話すのは、幼馴染の気安さからなんだ。あの通り、殿下も気さくな方だからね。こちらが強めな発言で制止しなければ、調子に乗って様々な問題を押し付けられてしまうんだ」
え、幼馴染?
私は初めて知った事実にキョトンとしてしまう。
「ケリエル様と王太子殿下って、幼馴染だったのですか? お仕事の関係だけだと思っておりました」
「幼い頃から城を駆け回っていたような方だからね。子供の頃から城に通っている者は、大抵が幼馴染になってしまう。だからついつい場を弁えずに強い口調でやり取りしてしまうんだが、その様子を初めて見たクリスには私がいつもと違うように見えてしまったんだろうね」
苦笑するケリエル様は、いつもと変わらない雰囲気だ。
「だからね、殿下といるのが楽しくてクリスといる時は無理しているとか、そういうことではないんだよ。どちらかというと先程の無茶ぶり。クリスも当事者になってしまったけれど、ああいうのが日常茶飯事にあるんだ。殿下のそばにいる人間なら多分、皆同じ反応をするだろうね」
ハハハとから笑いするケリエル様が、お労わしい。
これは相当無理強いをされているんだな。とその反応だけで分かってしまう。
「後はどこで落とし所を見つけるかなんだ。殿下は一度口にしたことは、決して引かないからね。だから本当に楽しいわけではないんだよ。私が心から楽しいと感じるのは、クリスといる時だけだよ。楽しいというか、安心するというのかな」
フフっと笑うケリエル様に、何故か急に色気を感じた。
ブワッと赤くなる顔を必死で抑え込む。
なに、なに、なに? いきなりなんで赤くなるのかなぁ?
突然、自分が今は女性の姿なのだということを意識する。
しかも何故か、ケリエル様の背中側にある寝台が目に付いた。
いたたまれなくなった私は、スカートをもじもじといじってしまう。
なんだか、恥ずかしいよぅ~。
「どうしたの、クリス?」
私の挙動不審な行動を目にしたケリエル様が、首を傾げる。
「な、なんでもないです。あの、結局私は王太子殿下の婚約者様の話し相手をさせられるのでしょうか?」
私は誤魔化すように、先程の要求は受け入れなくてはいけないのかとたずねた。
ケリエル様と王太子殿下の仲は、分かった。
私が思う以上に気さくなのも、言葉が少々荒くなるのも二人の絆があるからこそ。
だけど、私がお姫様の相手をするために城に来ることは、話が違う。
ただでさえ、複雑な今の状況をこれ以上難しくしてどうするのだ。
「そんなに嫌かい? だったら今日の所は承諾しておいて、誘われたら当日に体調が悪いということにして断ったらいいよ。病み上がりなのだから、殿下もそれは納得するだろう」
「それは、ちょっとずるくないですか? 婚約者様にも失礼かも」
「じゃあ、二回に一回の誘いは受け入れる? どうせ懲りずに誘いはちょくちょくあるだろうから」
「え?」
ケリエル様の言葉に、私は固まってしまう。
そんな頻繁に私はお誘いされるのですか? それは最早、断るのは不可能ではないのですか?
困惑する私に、ケリエル様が苦笑する。
「多分、殿下はヴァレット様が嫁いで来る前に人脈を広げておきたいんだろうね。急に嫁いできて孤立無援にならないように。それと利用されないように、できるだけ信用が置ける者を紹介したいと考えているのだろうね。これはそのための期間なんだろう」
他のご令嬢にも声をかけると言っていたからね。と苦笑するケリエル様を見て、この無茶ぶりにも意味があることを知った。
なるほど、それは断れないわ。
幼馴染で信頼しているケリエル様の婚約者なんて立場の人間、無理を言ってでもお姫様のそばに置きたいと思うのは、婚約者としての王太子殿下の優しさなのだろう。
ううう~、分かりたくないけど分かってしまった。
私の立場と皆様のお気持ちが。
こうなりゃ、腹をくくるしかない。
何かあったら、その時はその時だ。
城で男に戻っても、多少の変化ならすぐには気付かれないだろう。
ドレスも厚めのものを着ていたら、誤魔化せるかもしれない。
私の表情を見て、ケリエル様は私が承諾することが分かったのか、ニッコリと微笑む。
「大丈夫だよ、クリス。私が絶対にそばにいて、守ってあげるからね」
「いえ、それじゃあケリエル様にご負担が……」
「本当はクリスをこれ以上他の者の目に触れさせるのは嫌だったんだけど、二人で過ごせる時間が増えたと思えば、多少の問題は解決できる。クリスは私のそばから離れないようにだけしておいてね」
ん?
他の者の目にって? 別に誰も私なんて見ないと思うけど?
反対にケリエル様や王太子殿下、婚約者様と一緒の方が目立ってしまうだろうな。
私は口には出さないで、ケリエル様にコクリと頷く。
お城では、できるだけ皆から離れて一人でいるようにしようっと。
ケリエル様と話がまとまった所で、軽く扉を叩く音がした。
隙間から恐る恐る顔を覗かせたのは、お父様達だ。
何故か、明らかに安堵した表情を見せる。
『流石に暴挙にはでなかったみたいだな』
『当然だ。城でそんなことされたら、婚約話は考えるぞ』
『覆せるのか? あのケリエルから』
『……無理だな』
何故かボソボソと話しているお父様と侯爵様。
一体どうしたのだろう?
私が首を傾げていると、こちらを向いたお父様が慌てて笑う。
「殿下に退出の許可をいただいたよ。そろそろ帰ろうか」
「クリスティーナ、疲れたでしょう。ケリエル様、ありがとうございました」
「ケリエル、先程の話を受けるならば必ずクリスティーナを守ってあげなさい。いいね」
「クリスティーナ、我が家にも遊びに来てね」
それぞれが言葉を掛けてくる中で、私はドッと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
とにかく今日は、もう眠りたい。
心なしかフラフラと、ふらつく体を支えてくれるケリエル様の手があったかい。
本当の女性に戻れればこんなに悩むこともなく、ケリエル様に迷惑もかけないですむのにと、自分が本当に情けなくなる。
私は明日も自分が女でありますようにと祈りながら、お城を後にしたのだった。




