巻き込まないで
不穏な言葉を口にしたはずのケリエル様を直視できなくて、ついつい俯いてしまった私の耳に、楽しそうな王太子殿下の声が聞こえる。
「何も難しいことを頼むわけではないよ。時間がある時に城に来て、ヴァレットの話し相手をしてほしいんだ。他にも何人かのご令嬢に頼むつもりだから、責任を伴うものでもない。それでも無理だろうか、オルバーナ伯爵?」
王太子殿下はケリエル様の言葉が聴こえなかったのか、それとも聞き流しているのか、お父様に私の貸し出しを要求してきた。
あれ? やっぱり私の聞き間違いだったのかな?
そうよね、優しいケリエル様がそんな乱暴な言葉遣いされるわけないわよね。
そっか、そっかと安心したところでハッと我に返る。
いやいやいや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。王太子殿下の要求の方が大問題だ。
まだ完全に女性に戻ったわけでもない私が、ノコノコと城に出向いてもしも何かあったら大変なことになる。
突然、男の姿に戻った私がお姫様と一緒の部屋にいたりとか、至近距離で変身を見られたりとか、そんなの想像しただけで普通に怖過ぎる。
私もだけど、多分それに巻き込まれた人も怖いよね。
それに何より、今まで男として育ってきた私が、お姫様の話し相手なんて務まるわけないじゃない。
何を話していいのかも、さっぱり分からないわよ。
絶対に無理だとお父様を睨むが「そ、そうですねぇ~、どうですかねぇ~」と歯切れ悪く言うだけだ。
流石にこんな衆人環視の中、王太子殿下に断るのは難しいのかもしれない。
「はぁ、分かったよ。じゃあ、クリスティーナ嬢を呼ぶのは私も一緒にいる時にしよう。そうすればケリエルも同席できるだろう。それでどうだ、ケリエル?」
今度はお父様ではなく、ケリエル様にたずねる。
私の意見は?
確かに、ケリエル様が一緒ならばそれほど心強いことはないだろうが、それでもお忙しいケリエル様にまた負担をかけてしまうことになる。
これ以上、ケリエル様のご迷惑になるわけにはいかない。
私は誰も断れないのなら、自分でハッキリと断ろうと考えた。
どうせ今までも碌に社交の場にも出ず、城勤めもしていなかったのだから、私の評判など悪くなっても構わない。
そりゃあ、仮とはいえケリエル様の婚約者としてこの場に立っている身としては、悪評を立てられるのはイブニーズル侯爵家に対して申しわけない気持ちはあるけれど、それでもケリエル様のお仕事の邪魔を考えたら、私から断るのが一番いいと思う。
病弱設定をいかせれば、断れないこともないだろう。
私は王太子殿下に頭を下げる。
「申しわけありません、王太子殿下。せっかくのお誘いなのですが、私は病み上がりの身。ご迷惑をおかけするかもしれませんので、この話は辞退させてください」
「あれ? 日中とかケリエルに会いたくないの?」
私が無理だと言うと、王太子殿下は仕事中にケリエル様と会いたくないのかと訊いてきた。
会いたいに決まっているでしょう。いついかなる時でも会いたいわよ。と言いたくなる気持ちを隠して、私は尚も頭を下げたまま冷静な声で返事をする。
「今までも、私のことでケリエル様には多大なご迷惑をおかけしてきたのです。これ以上はケリエル様の重荷になってしまいます。ご容赦くださいませ」
「え~、ヴァレットとは年も近いし、話が合うと思ったんだけどな」
尚も粘る王太子殿下。しつこい。
「療養中でしたので、ずっと領地に引きこもっておりました。そのような私には、お姫様に聞いていただけるような気の利いた会話の一つも思い浮かびません。誠に残念ですが……」
私のような田舎者など、話し相手にもならないと言ってやる。いい加減、諦めて。
「だったら特別サービスだ。一日来てくれたら次の日は、ケリエルを休みにしてやる。二日間ケリエルと一緒だぞ。これならどうだ?」
王太子殿下が、ビシッと人差し指を突きつけてきた。
なんで、そこまでして私を婚約者様の話し相手にしたいの? 意味が分からない。
私は思わず、王太子殿下の指先を凝視してしまう。
冷静に考えて、ケリエル様と二日間も一緒にいられるなんてすっごく嬉しいし、ケリエル様にも休息をとっていただきたいから、一日丸ごとお休みになるのはありがたい。
だけど、それがこの不安定な私の体を人前に長時間、さらしていい理由になんてならない。
今日だって、ケリエル様やイブニーズル侯爵夫妻、そして私の両親が総出で何かあれば対処してくれるというありがたい申し出があったから、出席できているのだ。
そうでなければ外になど、ましてや城になど来られるはずがなかった。
穏便に呪いが解けるのを屋敷で待つ日々の方が、絶対いいに決まっている。
「全く、殿下の我儘にも困ったものですね。仕方がありません。その条件でのみましょう」
は?
「よし。これで妥協してくれて本当に良かったよ。これでも無理なら最終手段までいかざるをえなかった」
「……因みに、最終手段とは?」
「ヴァレットが帰った後、二週間の休暇」
「くうぅ、もう少し待てばよかった」
「あっはっはっ、今回は私の勝ちだな」
……とっても悔しがるケリエル様。
あの、私の意見は……?
つい胡乱な目でケリエル様を見つめていると、ケリエル様が狼狽えだした。
「あ、ごめんね、クリス。でも殿下は決して引きそうになかったし、あれがこの場では最善な取引かなって思ったんだ。もちろん、不安はあるだろうけど私も精一杯の協力はするし、決してクリスを一人にはしないと約束するよ」
そんな風に言うケリエル様に、私はいつもと違う雰囲気を感じた。
「……もしかして、ケリエル様って私と一緒の時は無理されていますか? 王太子殿下と会話されている姿はいつもと違って、その、とても楽しそうです」
王太子殿下と会ってからのケリエル様は、私が幼い頃から見ていたケリエル様と少し違っていた。
とても自然で楽しそうで、いつもの穏やかで大人の感じとは少しだけど違う。
……やっぱり、私はケリエル様にとって重荷だったのかもしれない。
優しいケリエル様は、男になってしまった可哀そうな妹のような存在を冷たくあしらうわけにもいかずに、ずっと我慢して付き合ってくれていたのだろう。
私は今までそんなことにも気付かずに、いたんだ。
ずうぅぅん、と落ち込みだした私に「ちょ、ちょっと、待って」とケリエル様が先程よりも慌てだした。
「あ~、クリス。落ち着いた所で、ちゃんと二人で話そう。殿下、貴方の所為なんですからね。部屋を用意してください」
「私も行きたいな。ヴァレットの話をしてあげようか」
「後にしろ」
「……降参。揶揄うのはこれぐらいにして、部屋を用意するから後は好きにして。クリスティーナ嬢、今度はお茶をしながらゆっくり話そうね」
そう言って、バイバイと手を振る王太子殿下。
こんなにも自由な方だったなんて、知らなかった。
王太子殿下が去ると、すぐに従者が部屋に案内すると申し出てきた。
ケリエル様は両方の両親に断りを入れてから、私をエスコートする。
実はそうなんだ。我慢して君の相手をしていたんだ。なんて肯定されたら、私はどうしたらいいんだろう?
嫌だなぁ、行きたくないなぁ。とその場で立ち尽くすと、ケリエル様はエスコートの手を反対に変えて、もう片方で私の腰を自分の方へと引き寄せてきた。
グイグイと押される感じで、部屋へと連れて行かれる。
なかば強制連行だ。
チラリとお母様達を見ると、皆に視線を逸らされた。
ううう~、酷い。
私は初めて、ケリエル様と二人になることが怖いと感じた。




