不本意な状況
「ケリエルにこれを届けてくれないか。薬草園にいるはずだ」
魔法研究所で通りすがりの職員ことパティアナ嬢に、三冊の中々に重量感のある本を押し付けたペルが、ニッコリと微笑む。
打ち合わせ通りに、ペルが職員を私の元へと誘導しているのだ。
「え、私でいいのですか? 私はケリエル様には、あまりよく思われていないのでは?」
良く思わないどころか、存在を抹消したいほど嫌いだ。
「ああ、急ぎなんだ。手の空いている物が他にいないからね」
ペルは私の職員に対する好感度については返事をせずに、他に誰もいないと言って追い出す。
上手い。そう言えば私が近寄るなと怒鳴っても、職員には近寄る理由ができる。
まあ今回は、そんなこと言わないけどね。
職員はペルの言葉を聞いて、いそいそと私の元に足を進める。
大義名分があれば、堂々と私に近付けるのだ。
今までの様子を、私は薬草園で透視魔法を介して覗き見ていた。
もうすぐ職員がやって来る。
私はチラリと、大きな木の後ろに視線を向ける。
そこには王太子殿下と母上とカーター、と何故かクリスまでいる。
勘弁してくれと思うものの、クリスを除外することはできなかった。
この計画を立てる際、本来ならば家の者には隠しておくつもりでいた。
父上、母上、カーター、誰に話しても必ずクリスの耳に入ると思っていたからね。
最近、我がイブニーズル侯爵家の団結力には、凄まじいものがある。
元から母上はクリスにはすぐに話すし、父上は母上に甘い。
二人からの情報は、隠しようもない。
そして今まではクリスを守る意味でも、カーターにだけはある程度の事情を話していたのだが、結局、後からクリスの耳に入る方が面倒くさいと、裏切られてしまったのだ。
まあ、キュリタスが捕まって件の黒幕であろう女をマークしているのだから、今までのような異常な警戒は必要ないだろうとのことらしい。
だが、何か悲しくて好きな女性に嫌いな女性を口説くような姿を見られないといけないのだ。
この状況に泣きそうになるが、確かにカーターの言うことにも一理ある。
私と職員が二人でいる所を、万が一誰かの口から聞いてしまった場合、本当に本当に、面倒くさいことになりかねない。
下手をすれば、一年は口をきいてもらえない状況になるかも……。
ゾッとした私は、観念してクリスも交えた全員に計画の説明をした。
まあ、元からクリスには逐一報告する約束をさせられていたからね。
父上と母上は面白がり、カーターは呆れ、クリスは涙目になっていた。
ああ、話すんじゃなかったと早くも後悔しながら、クリスの手を握りしめる。
私も不本意ではあることを強調し、それでも早々に片を付けるにはこれしかないと説明する。
ゆっくりとではあるが、首を縦に頷いてくれたのでホッとしていると、容赦ない言葉が浴びせられた。
「その現場、私にも見せてください」
浮気現場を見せろと言う正妻、いや、浮気ではないのだけどね。
演技とはいえ、似たようなものか?
ゲラゲラ笑う両親を横目にカーターが流石にそれは……と、止めてくれたのだがクリスは引かなかった。
自分が失敗した所為で、私が出る羽目になったと思っているらしい。
だからといって愛する人がそばで見ているなんて、なんの拷問?
昔を思い出したクリスは、言い出したら聞かないところがある。
それは多分、私に愛されているという自信がそうさせているのだろう。
そして私を愛し、守りたいという思いも強い。
そういう強気なクリスも好きなので我儘最高♡ とか思ったりもするのだが、今回に限っては流石に勘弁してほしかった。
私の精神が死ぬ。
なのに最後には、頷いている私がいる。
ああ、クリスには永久に勝てないことを悟った。
そんな私に、カーターが大丈夫かと近寄る。
「今からそれで、どうするんですか? 結婚したら完全にクリス様の尻に敷かれますよ」
本気で心配している弟に、私は遠い目で本音を伝える。
「クリスの尻なら敷かれてもいい」
「馬鹿ですね。ご愁傷さまです」
もう、知らね。と見放された私は、今日を迎える羽目になったのだった。
「ケリエル様~」
ピクッと私の頬が引き攣った。
何故、名前呼び?
満面の笑みで分厚い本を三冊も片手で抱え、もう片方の手をブンブンと私に向かって振って来る職員。
研究所の薬草園で大声を上げて駆け寄るその姿は、まさに恋人を見つけて喜んでいる少女そのもの。
やはりクリスの耳に入れておいて良かった。
この状況では、仮に私がそっけない態度であっても妙な噂が広まりかねないからね。
一応、この付近は人払いと結界が張ってあるから、人目に触れることはないと思うが念の為。
何かあれば魔法騎士団も、すぐに動けるように本部で待機させている。
ここに呼んでいないのは、これから行う私の黒歴史をこれ以上、他の者に見せないためだ。
ハアハアと頬を染め息を切らせながらも笑顔の職員に、ドン引きする。
ハッと我に返って、慌てて口角を持ち上げる。
「パティアナ嬢、私に何か用かな?」
職員は私が嫌な顔一つせず、笑顔で受け入れたことから一瞬呆けた表情を見せたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「はい、これを。トウハー所長からお渡しするように預かって来ました」
ずいっと距離を縮めて本を手渡す。
それ以上近付くなと思いながら本を受け取ったが、受け取る際に手が当たった。
口角が上がる職員を見てわざとだと気付いたが、気が付かないふりをする。
そのまま掴まれないように、職員との間に本を盾代わりに持つ。
「こんなに重たい本を三冊も、ありがとう。大事な物だから助かったよ」
「いえ、私は頼まれただけで。でも腕が少しだけ、しびれちゃいました」
アルカイックスマイルの私に、職員は媚びた目でじぶんの腕を擦る。
代償を求めているのが、丸わかりだ。
そんな見え透いた態度にも気付かないふりで、ニコリと笑う。
「そうか、それはすまなかった。お詫びにお茶でもおごろうか?」
「え?」
一応言ってはみたものの、まさか私がお茶に誘うなど思ってもいなかったのだろう。
「えっと、あの、いいんですか?」
呆けた表情で確認してくる職員に、私はコックリと頷く。
「ああ、もちろんだ。いつも君には、美味しいお茶を出してもらっているからね。その礼も兼ねて今度……」
「では、すぐに行きましょう。今日から食堂で、新しいケーキが出されるとか」
――喰いつかれた。
今日は第一段階として約束だけして、後日改めて場を作ろうと考えていたのだが、職員はあっさりと距離を縮めて来た。
この機会を逃してなるものかという意気込みを感じる。
いや、欲望か?
肉食動物に狙われた感が半端ない。
背中に嫌な汗をかきながらも、顔だけは笑顔を崩さない。
「ハハハ、そんなにケーキが好きなのか? いいよ。それなら私の部屋に来るかい?」
「え?」
チラリと流し目で職員に視線を送ると、職員は固まった。
「食後のケーキなら、食堂でなくても取り寄せられるからね。ああ、でも騎士団の部屋は少し遠いから、研究所の方にしよう。午後からなら、ペルが用事で出払っているから、二人きりになれるよ」
色を込めた目で見つめると、職員はボッと顔を赤くした。
「い、行きます。すぐに行きます!」
グッと私に顔を近付けてくる職員に、気持ちは後ずさりしながらも、どうにか堪える。
「フフ、すぐには無理だな。まだペルがいるからね。昼休憩になったらおいで」
フニッと近付いている職員の唇を人差し指で押して「後でね」と思わせぶりな態度を取る。
ボボンッと顔を真っ赤に染める職員に、自分で仕向けたこととはいえ、そのまま頭突きを食らわせてやりたくなった。
「わ、分かりました。では、昼休憩になったらすぐに行きます。何があってもいいように、用意しておきますね」
「ハハハ、用意しておくのは私でしょう。ちゃんと新作のケーキ、頼んでおくからね」
鼻息荒く答える職員に、下品な想像を匂わされたが、思いっ切りすっとぼけておく。
全身に鳥肌が立ったのが分かった。
あああ~、早くクリスに癒されたい。が、ずっとこの様子を見ているクリスが、どのような表情になっているのか、見るのも怖い。
背中にチクチクと視線を感じながら、早くこの場から職員が去れと願うしかなかった。




