想像に反して
クリスがクラリウスとしてパティアナ嬢に接近して数日が経った。が、思った以上に二人の距離は縮まらなかった。
クラリウスの美貌に頬は染めるものの、クリスが甘い言葉を囁くのに対し、するりと逃げてしまうのだ。
他の女性なら確実に落ちるだろうと思うような言葉に対しても、平然と対処している。
甘ければ甘いほど表情が抜け落ちていくのは、どういうわけか⁉
魔法研究所の一室で、母上以外のいつもの面子が揃う。
「自信がなくなりました」
ず~んと落ち込むクリスに、慰めようがない。
尻尾を振ってクリスに抱きつく姿を見たら殴りたくなるだろうが、クリスの優しい微笑に反応を示さないのにも腹が立つ。
奴は普通の女性として、何かが足りないのではないか?
「やっぱりケリエルじゃないと、駄目なのかな?」
落ち込むクリスの横で、嘯く王太子殿下。
思わずギロリと睨みつけてしまう。
「ふざけないでくださいよ。殿下でもペルでも、なんならウィリーでも飛びつくのではありませんか?」
「……じゃあ、やっぱり私に魅力がないから」
ふにゃりと泣きそうな顔をするクリスに、慌てて慰めの言葉を吐く。
「そういうことじゃないよ。あいつの好みが変なだけなんだ」
「ケリエル様が好みなら、変なわけないじゃないですか!」
何故かキッと睨みつけられる。
よく分からないが、私を褒めているのかな?
疑問符を飛ばしながらも、一応礼は言っておく。
「あ、ああ、そう? ありが、とう?」
「もう、もう、もう。ケリエル様に近寄られるのが嫌で、それなら私が盾になろうと思って協力したのに、これじゃあ、柵にもならない。役立たずだわ、私」
癇癪を起したクリスだが、その内容に私は驚いてしまう。
今回クリスが協力を申し出たのは、私と職員が接近するのをよく思わなかった所為だったなんて。
嫉妬かと、ちょっと嬉しくなる。
「でも、困ったね。これ以上クラリウスが近付いても、何も進展はなさそうだ。彼女が動くまで待つしかないかな?」
ペルの言葉に、皆が一斉に黙り込む。
あれからペルの頑張りにより、魔道具は開かれた。
魔法をかけたり物理的に衝撃を与えたりしてもビクともしなかったその不気味な箱は、裏側に書かれていた〔願いを言え〕という部分の下に、小さな穴が開いていたのだ。
盲点ともいえるその穴に針を刺してみると、どういう仕掛けなのかパッカリと上の一面だけが開かれたのである。
そしてその中には、術式がびっしりと書かれていた。
驚くほど精密に書かれたその術式は、暫くするとスウッと消えてしまったらしい。
そして開かれていた一面も、すぐに閉じられる。
もう一度、針を刺してみるが、同等のことが起こる。
何度か試しててみるが、結果は同じ。
どうやらその術式は、外気に触れると消える仕組みになっているようだ。
よって術式を調べるのも難航している。
書き写すだけでも一苦労なのだ。
しかし見たことも無い精巧なその術式なら、願いを叶えるものだと言われても納得できると、ペルが感心していた。
ではキュリタスが言っていたことは、本当だったのか……。
今回の場合、本来ならキュリタスには、あの魔法書を扱えるだけの力はなかった。
奴の魔力量も技術も、高が知れている。
それを補ったのが、あの魔道具というわけだ。
魔道具の願いを叶える力により、力のないキュリタスでもあの魔法書を操り、難解な術式を作り上げ、クリスに呪いをかけることを可能にした。
本人も言っていた。最初は失敗続きだったと。
魔法書を手に入れただけでは、奴が他者に呪いをかけることなど、できなかったのだ。
あの変態が力もないくせに、あの複雑な呪いをかけられた理由は、偶然の産物などではなく、魔道具によるものだと解明できた。
だがそうすると、職員があの魔道具を研究所の地下室に置いた行動が、ますます怪しくなるというわけだ。
だからこそ、少しでも職員から情報を引き出したいと考えていたのだが、まさかここであの男好きの職員が、クラリウスの色香に迷わないとは誰も想像していなかった。
「仕方がないな。ウィリーにもう少し、パティアナ嬢と親しくなるように命令しようか?」
「……昨日、十本目の回復薬をあげましたけど、大丈夫でしょうか?」
「……………………………………何にでも、犠牲はつきものだ」
王太子殿下の作戦にペルが半眼で忠告すると、殿下は窓から庭を眺めながら爽やかに応えた。
うん、良いと思う。私は賛成だ。
「ここには悪魔しかいないのか⁉」
カーターがキョトンとしているクリスの後ろで呟いた。
慣れろ。そして自分が代わりにすると言わないお前も同罪だ。
こうして私が当初、死ぬほど心配していたクリスの役目は終了した。
とりあえず、ホッと胸を撫でおろす。
後は……回復薬を一箱ほど用意しておけば大丈夫だろう。
「ケリエル様、私、これでお払い箱ですか?」
うんうんと一人納得していると、クリスが上目遣いで私の服の裾を引っ張ってくる。
可愛い♡
多分クリスはここで自分が除外されて、事態が進むのを嫌がっているのだろう。
関わっていたいと潤んだ切なげな瞳が、私に訴える。
だが、私はここで負けるわけにはいかない。
相手はもしかすると古代魔女パフィーネかもしれないのだ。
魔法使いでもないクリスを、これ以上踏み込ませるのは危険過ぎる。
私は服の裾を握っていたクリスの手を取って、見つめる。
「ごめんね、クリス。この先は魔法研究所と魔法騎士団の仕事だ。進展があり次第、ちゃんとクリスにも伝えるから、ここは我慢して屋敷に戻ってくれるかな?」
「除け者……」
ボソッと呟いたクリスの口はとがっている。
ああ、納得していない。
思わず後ろに控えているカーターを見るが、視線を逸らされた。
どうやら拗ねているクリスには、カーターもお手上げらしい。
仕方がないので、どうにか一人で説得することにする。
私はクリスのとがっている唇を、ムニッと摘まんだ。
驚いた表情のクリスにニコリと微笑む。
「今の状態では、私でも何もできない。何か起これば母上の力も必要になるかもしれないし、クリスやカーターの力も必要になるかもしれない。その時はまた手伝ってくれるかな?」
そう言って手の甲にキスをおくると、顔を真っ赤にした彼女に手をペイっとはねのけられた。
「そうやって、また私をいいように操って……分かりました。私はケリエル様を信じていますからね。絶対に教えてくださいよ。絶対です。信じていますからね」
前半、余りに小さな声なので何を言っているか聞こえなかったが、後半は顔を上げて力説された。
信じていると二度言われたのには、苦笑するしかない。
「んっ」
真っ赤な拗ね顔のクリスに、両手を広げられた。
抱きしめろということらしい。
私は苦笑しながら、ギュッと彼女を抱きしめる。
「良い子で、屋敷で待っていてね」
「信じてますからね」
……三度目。かなり信用ないようだ。うん、ちょっと、泣ける。
そうして後ろ髪を引かれているクリスを、カーターが手を引いて連れ帰った。
クルリと振り返ると、半眼の王太子殿下とペルがいた。
「ここまで堂々とイチャつかれると、腹も立ちませんね」
「手綱を握っているのは、クリスティーナ嬢なのか、ケリエルなのか?」
二人共、何を言っている。
これは通常運転で、こんなものはイチャつきのうちに入らないし、手綱はお互いに握り合っている。
ただほんのちょっと、ちょっとだけ、クリスの方が短いような気がするだけだ。




