彼女の決意
「こんな所で何をしているの? もしかして、迷子の仔猫ちゃんなのかな?」
魔法研究所の奥深く、薬草を栽培している日当たりのいい庭で、一人の茶髪眼鏡男子に声をかけられた少女が一人、目を丸くしていた。
その少女の頬は、次第に赤みがさしていく。
それもそのはず。
声をかけた男性は、この世の者とは思えない美貌の持ち主であったのだ。
――って、なんで私のクリスが職員を誑かしているんだ!?!
思わず隣でニヤニヤと笑っていた母上に、掴みかかりそうになる。
カーターが咄嗟の判断で、私と母上の間に割り込んでいなかったら、そのまま攻撃魔法をかけていたかもしれない。
まあ、その際は私の魔法が当たる前に倍にして跳ね返されていただろうが……。
痛ましそうに私を見つめる王太子殿下とペル。
ここは中庭に面した魔法研究所の一室。
そこに王太子殿下とペルと私、母上とカーターが揃っていた。
カーテン越しに見えるのは、クラリウスに変装したクリスと職員ことパティアナ嬢。
薬草畑に足を踏み入れた職員に、研究所職員の制服を着込んだクラリウスが話しかけている。
これが母上の作戦である。
要は、男好きの職員を色仕掛けで落とし、真相を吐かせればいいという単純なものだ。
そんなもの、効くか⁉ と叫ぶ私に、母上はクラリウスの色気なら効く、と言い切った。
賛成したのは王太子殿下。
大切な場面で二回も成功しているクリスを高く評価しているようだが、それとこれとは話が違うと怒鳴りつける。
正直、もしも職員が何かを企み私達を陥れるために行動しているとしても、それは切羽詰まったものではない。
急を要することはないし、なんなら必ず解決だってできる。
クリスを女性に戻すことだって職員に注意を払っていれば、問題なく行動できる。
何もこのような、クリスに危険が生じる恐れのある作戦を行う必要など、どこにもないのだ。
そう四人で話をしていると、なんの因果かクリスとカーターがその場に現れたのだ。
はあ? と目を見張る私に、研究所の職員に案内されて訪れたクリスが、母上に私の忘れ物を届けて欲しいと頼まれたのだと説明した。
「お義母様、どうしてこちらに?」
純粋な瞳でたずねるクリスに良心は痛まないのかと窘めるが、悪びれた様子もない母上はクリスに笑顔で「私もギプラに忘れ物を届けに来たのよ」とあからさまな嘘を吐く。
領地経営で忙しいと言っていたのは、貴方ではないのか?
「あれ? お義父様、屋敷にいたような……?」
午前中まで父上を手伝い、昼食後、休憩をとるように母上に命令されていたカーターが「旦那様と離すために根回しされてしまいました」と肩を落としている。
「計画的犯行……」
恐ろしいと顔に書いてあるペルに、私も同意見だと力強く頷く。
そして少しだけ話を聞いてしまったクリスが、またもや「私でお役に立てるのなら」と了承してしまったのだ。
「母上、クリスの従順さを利用しないでくれ。クリス、母上の言うことは単なる無茶だ。前回と違って、これはやらなくてもいいことだからね」
やる気満々のクリスの肩を掴むと、私は断れと叫ぶ。
だがクリスは、ムッと唇を突き出してしまった。
「でも、いい加減、鬱陶しいと思いませんか?」
「は?」
「私の人生、どうして知らない人達に弄ばれないといけないんですか? 古代魔女かなんだが知りませんが、ふざけるなと言いたいです。お義母様の仰る通り待つのではなく、こちらからも動いていいと思います」
……クリスの目が据わっている。
男どもが引く中、母上だけが嬉しそうだ。
それでも私は、クリスの身を案じて必死で抵抗を試みる。
ここで引くわけにはいかないだろう。
「いや、それでもあいつが黒幕なら、どんな危険があるか分からないし……」
「ケリエル様は、このまま私と結婚できなくてもいいのですか?」
「ど、どうしてそうなるの?」
クリスの発言にギョッとなる。
何故ここで、私達の婚姻話が出て来るのか⁉
「だって私、ウェディングドレス着たいもの」
プッと頬を膨らませるクリスが可愛い。ではなく、ウェディングドレスなど着たいだけ着ればいい。
それと婚姻話がなくなるのと、関係がないのではないかと私は首を傾げる。
「もちろん、一着だろうが二着だろうが、クリスが満足するまで何着だって着させてあげるよ」
「いえ、一着で充分です」
手の平を向けられキッパリ、ノーと言われた。ちょっと、へこむ。
「ですが、それも女性の姿でのことですよ。この男性の姿でウェディングドレスは着ませんからね」
「うん、それは分かっている。だからこの件に関わらなくても、ちゃんと責任を持って近いうちに女性に戻してあげるよ」
コクコクと頷く私に、クリスは半眼になる。
「それでまた、男性にされたらどうするんですか?」
「え?」
クリスの予想がつかない言葉に、私は一瞬間抜けな顔になる。
「あ、いや、まあ、もしもそうなったら、また元に戻すから」
そんな不安を抱えていたのかと驚きながらも、そうなればそうなったとしても、何度だって元に戻すから心配するなと胸を叩く私の手を、クリスはペイっと振り払った。
え、何その行動⁉
ガ~ンっとショックを受ける私を、クリスはキッと睨みつける。
「そういう心配を、この先もずっと持ち続けるのが嫌なんです!」
「!」
「もしかして、また男性にされるんじゃないかって、ビクビクオドオドして暮らすのはもう嫌なの。私はちゃんと女性に戻って、なんの心配もなくケリエル様と結婚して、子供だっていっぱい産みたいの。だからこの際、ハッキリとケリを付けたい」
「よく言ったわ、クリス。流石、私の義娘」
「い、勇ましい……。キュリタスをボコってた時も思ったけど、クリスティーナ嬢ってかなり逞しい⁉」
「キュリタスをボコったって、なんだ? そんな報告は受けていないぞ」
「ケリエル様、放心している場合じゃないですよ」
あまりのことに、思考が止まってしまった私を置いて、周囲がワイワイと騒ぐ中、カーターに揺さぶられて意識を取り戻す。
「ク、クリスが勇ましい……けど、こういう姿、昔も見たことあるような……」
「あ、やっぱり元々のクリス様の性格って好戦的だったんですね」
私はゆっくりと幼い時を思い出す。
普段はおっとりしているのに、意外とハッキリとした性格だった、とは思う。
だから私がクリスにちょっかい掛けてくる奴を魔法で飛ばしても、駄目だと言いつつも喜んでいた節があった。
ああ、そうだ。
我がイブニーズル侯爵家がクリスをお気に入りなのは、私に感情をもたらす存在であるのと同時に、母上ともの凄く気が合っていたからだ。
並の令嬢では、こうはいかない。
「母上のお気に入りだからな」
私は遠い目をしながらそう呟くと、カーターが深く深く頷いた。
「納得です」
そうして今回の作戦が実行されたのだが、目の前のクリスは完璧な貴公子を演じている。
私より男前なその姿に、悲しいかな。もの凄く落ち込んでしまう。
全てが終わった時、クリスに主導権を持って行かれるのではないかと少し不安になるが、クリスになら尻に敷かれてもいいかと思ってしまう私は、もうすでにヘタレになってしまっているかもしれない。




