憔悴した男
「なあ、あの女、なんか変な物でも食ったのか?」
魔道具を見つけた二日後、食堂でいまだに例の魔道具を開封できないペルに嫌味を言っていると、目の前にウィリー・フェリス第二騎士団長がぬっと顔を出してきた。
挨拶しようと顔を上げると、心なしかやつれているように見える。
「どうした? 何か悩み事でもあるのか?」
「トウハー、お前の所の例の職員だ。友人関係になったのはいいが、必要以上に体をくねらせ密着してくる。たまに卑猥な言葉も浴びせられるのだが、あれは、どう捉えたらいいのだ? 理解に苦しむ」
かなり困惑している様子のウィリーに、やつれた原因はやはりあいつかと、私とペルが視線を合わす。
「適当に流していればいいですよ。あれは誰にでも、あんな態度です」
前の椅子に座るよう勧めながら、気にするなと言う私にウィリーは、パッと顔を上げる。
「そうなのか? では、俺に何かを求めているという訳ではないのだな。俺は責任とらなくていいんだよな?」
「何かしたなら、責任はとってくださいよ」
「馬鹿を言うな。何もしていない。というか、そういう気分にならない。令嬢にくっつかれているというのに、喜ぶどころか何故か背中に悪寒が走るのだ。見目は悪い子ではないのだが……」
首を傾げるウィリーに、お前もそうかとペルが頷く。
「そうだよな。彼女はどちらかというと可愛いし、気立ても悪くない。それなのに思わせぶりな態度をとられても、全く嬉しい気持ちにならない。できるなら、すぐにでも彼女のそばから逃げ出したくなる。そんな感じだな」
私はクリス一筋だから、どんな女相手でも嫌悪感しか抱かないが、普通の男ならば可愛い令嬢が媚びて来たら困りはするが、悪い気はしないはずだ。
だが、彼女に関してはどうしても喜べない。
気持ちが悪い、近付くなと、そう思うそうだ。
ペルと王太子殿下だけの意見かと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
「俺、このまま彼女のそばにいる自信がない。いつまで見張ればいいんだろう? 殿下は何か仰ってなかったか?」
「とりあえず昼食をとっては如何ですか? やつれていますよ。体力が資本の騎士がフラフラでは、いざという時役に立ちません」
「……回復薬、譲ってくれないか?」
「そんなに辛いんですか?」
少し驚いてしまう。
ウィリーは、体力だけは無限の脳筋の代表だと思っていた。
まあ、純粋で仲間思いではあるので、ただの馬鹿ではないのだが、まさか薬に頼るほど疲弊していたとは思っていなかった。
目を丸くする私達に、ウィリーは苦笑する。
「なんとなく、眠れなくてな。ああ、言っておくが興奮しているとかそういう、こっぱずかしい理由ではないぞ。精神的に参っているのかな?」
脳筋馬鹿を精神的に追い詰めるとは、職員、恐るべし。
私は持っていた回復薬を、懐から取り出す。
「あげますよ。こちらから依頼した件ではありますからね。また辛くなったら言ってください」
「ケリエルの手作りか? ありがたい。お前の薬はすぐに効くからな」
そう言って、目の前でグビグビと飲み干す。
みるみるうちに顔色が良くなり、本来の健康的なウィリーへと戻る。
「助かった。これでメシも食える。ありがとう」
「食事もとれなかったのですか?」
「いや、一応食ってはいたが、喉を通らなくてな。いつもの半分も食べれなかった」
それほど職員にベタベタされたのが苦痛だったのか⁉
私は目の前の大柄な男を凝視する。
繊細さの欠片もないような男が少し大げさだろうと思いながらも、もしかしたら職員に対して何かしらの違和感を感じ取っているのかもしれない。
しかし、体が資本の男がやつれるほどの違和感とはなんだ?
訳が分からず、ますます職員に近付くのが嫌になってくる。
ペルと二人、元気になったウィリーが厨房から食事を受け取りに行く姿をなんとなく見つめていると、奴に体当たりする職員が目に入った。
食堂で、衆人環視の中、抱きつく職員にウィリーはかなり狼狽えている。
私とペルは無言のまま、そっとその場から立ち上がる。
ウィリーがこちらに助けを求めてくると同時に、逃げだした。
すまん、ウィリー。成仏してくれ。骨は拾ってやるからな。
「……ちょっと待ってくれ。理解に苦しむ」
ペルと共に慌てて魔法研究所に戻ると、私達がいると思い遊びに来ていた王太子殿下と遭遇する。
ちょうどいいと、私は殿下に先程のウィリーの様子を話して聞かせた。
すると王太子殿下は、額を押さえて苦悩し始めた。
「騎士団ともあろう者が、パティアナ嬢のそばに行かせただけで、憔悴するとはどういうことだ?」
「彼女が生気を吸い取っているのでは?」
「今、そういうのは冗談にならないから、やめろ」
「冗談のつもりはないのですが」
私が王太子殿下とやり取りしていると、隣でペルが研究所での職員の様子を話し始めた。
「元々僕は、彼女が普通の職員として働いていた時は、何も感じなかったんですよ。可もなく不可もなく、ただ普通の部下として扱っていた。だが、クリスティーナ嬢の事件がきっかけで、僕達に擦り寄って来るようになってから、そばにいることが苦痛になったんです。あの嫌悪感は異常ともいえる。今ウィリー・フェリスは僕と同じ状態でしょう」
殿下も同じですよね? と問われて笑顔で返す王太子殿下。
流石に令嬢を、気持ちが悪いの一言で返すわけにはいかないのだろう。
「研究所の同僚には、特に異常を訴える者はいません。女性職員はもちろんのこと、男性職員もです。ですから以前の彼女の印象は、修復能力だけが異常に高い、目立たない一職員といったところでしょうか」
ペルの説明に私も王太子殿下も、クリスやカロッツ子爵の件がなければ気にも留めなかったなと頷く。
「そういえば気になっていたのですが、カロッツ子爵の動きが怪しいというのは、どちらからの情報だったのですか? あの件がなければ私達はあれ以上、あの職員と係わることはなかったと思うのです。ちょっと、タイミングが良過ぎるのでは?」
カロッツ子爵の事件を持ち出した私に、王太子殿下は「ああ」と頷く。
私はいつも王太子殿下の命に従うだけなので、情報の出所までは確認したことはない。
だが殿下も実行する私に隠す気はないようで、すぐに説明を始めてくれた。




