疑わしき者
キラキラキラキラ、キラキラキラキラ。
「なんだか色々と面白いことになっているんだな。古代魔女パフィーネだって? まさかそんな名前が出て来るとは思わなかったよ」
瞳をか輝かせ、頬を染めて興奮している王太子殿下に頭を抱える。
「……一応言っておきますが、その顔、他の人に見せてはいませんよ」
王太子殿下の予想通りの反応に呆れながらも、報告を済ませようと懐から魔法書を取り出す。
「殿下は魔法使いではありませんが、この国に保存されている魔法書は確認済みですよね。これは、国に保管されているパフィーネの魔法書と類似していませんか?」
魔法書をパラリとめくり机の上に置くと、王太子殿下が覗き込む。
数枚めくった殿下は「ふむ」と頷いてから、私に視線を戻した。
「確かにね。よくこんな魔法書を、あのキュリタス・サンシャルが手に入れられたな」
「本人はサンシャル家の祖先が集めていた魔法書の中にあったと言っていましたが、おそらくは魔道具と同じで、何者かに託された可能性があると思われます」
「それがあの、パティアナ嬢というわけか」
前回の件から本日の魔道具発見時の彼女の怪しい行動には、王太子殿下も思うところがあるようだ。
頷きながら職員の名前を口にする。
「断定はできません。ですが、疑うには充分の怪しさです」
私の言葉に王太子殿下はコクリと頷く。
「まあね。だが、キュリタスがこの魔法書と魔道具を手に入れたのは、十年も昔だろう。その頃パティアナ嬢は、まだ子供だったはずだ。研究所にも関わっていない彼女が、どうしたらキュリタスを利用できるだろうか?」
「キュリタスを狙って利用しようとしたかどうかは分かりませんが、子供でも研究所に出入りすることは可能です。私も昔から王宮のどこにでも自由に出入りしていましたから」
そう言うと、今まで会話を楽しんでいたような殿下が、急に半眼になった。
「君は特別だろう。それに彼女はその頃はまだ、平民だったはずだ。尚更、不可能だよ」
お前と一緒にするなと言う王太子殿下に、気付かれないように舌を出す。
職員が魔法使いだと認められ、カロッツ子爵家に引き取られ、魔法研究所に勤めだしたのは、ここ数年程の出来事だ。
十年も、前から全て計算して、行動していたというのには無理があるだろうと殿下は言う。
確かに普通で考えればその通りなのだろうが、それでも私は、それさえも疑わしいと感じてしまうのだ。
「彼女の力が、修復の力だけとは限らないのではないですか?」
「……他の魔法も使えるかもしれない、ということか? それも子供の頃から?」
私の考えに、目を丸くする王太子殿下。
「まあ、そう考えても仕方がないほど、怪しい人物ではありますよね」
「例えばどんな魔法が使えたら、平民の子供が城内にある魔法研究所に出入りできると思うのだ? 転移魔法でも、一度は足を踏み入れなければならないだろう」
「……案外、彼女がパフィーネだったりして」
私の軽口に、王太子殿下は呆けた顔になる。
「は? 何を言っているんだ。パフィーネは千年も前に亡くなっているのだぞ。いくら大魔法使いでも、不老不死はありえない」
「そうですよねぇ、すみません。これは暴言でした。忘れてください」
素直に頭を下げると、王太子殿下は「そう考える気持ちも分からなくはないが」と意見を尊重しながらも「いや、でもそれは流石に無理がある」と首を横に振っていた。
殿下もその可能性もアリだとは思ってくれたようだが、いくらなんでもと常識が邪魔をしているようだ。
まあ、私とて、流石に無茶を言ったと自覚している。
千年も前に亡くなった人間が、今も若い娘の姿で生きているなど、ありえるはずがないのだから。
「ついでにお聞きしますが、あの職員の経歴ってちゃんと確認とれていますか?」
私がチラリと視線を送ると、殿下は眉間に皺を寄せた。
「疑う気満々だな。仮にも国の研究所だぞ。身元不確かな人間は雇えない」
「いえ、ですから魔法研究所で雇う際は、カロッツ子爵に引き取られた後でしょう。研究所の名簿にはカロッツ子爵の娘としか記載されていないはずです。では以前の経歴はどうなっていますか? 平民でいた時の所在は?」
目を大きく見開いた王太子殿下は、次に記憶を探るように思案した。
「……私もちゃんと確認を取ってはいないが、平民でいた時の所在も書かれていたはずだ。カロッツ子爵に捨て置かれていたとはいえ、母親の経歴は残っていたと思う」
「そうですか。杞憂でした。申しわけありません」
王太子殿下の返事に、私は素直に頭を下げた。
「いや、念のため、ちゃんと確認しておこう。疑わしいことを放置していては先に進めない」
ベルを鳴らし従者を呼ぶと、すぐに職員の名簿を持ってこさせる。
すぐに行動を取るところは流石だ。
暫くして、従者が持ってきた職員の名簿に目を通す。
身元引受人が父親であるカロッツ子爵であると同時に、亡くなった母親の素性も書かれてある。
不備のない立派な書類に感心する。
疑わしいところは、なさそうだ。なさそうなのだが……何かが引っかかる。
首を傾げる私に「どうした?」と横から王太子殿下が声をかける。
「いえ、母親って他国の者なんですね。侍女として子爵家で働いていた時に、お手付きになり着の身着のまま街へと逃げ込んで、子供を産んで生活していたなんて、根性ありますよね。この国の者なら分かるのですが、右も左も分からない他国で誰の手も借りずに、一からお針子として生活する。よく娼婦に身を落とさないで生きていけたと感心してしまいます。正直、どうして自国に戻らなかったのか謎ではありますよね」
女性一人が土地勘もない他国で暮らすのは、かなり大変なことだ。
最初の頃は、子爵家にと衣食住が約束された場所だから何も問題はなかった。
だが住む所さえない場所で、しかも子供を抱えた女性が一人、生きていくには想像を絶する厳しさがあったはずだ。
いくら腕が良くとも、針子の仕事だけで子供を養えるとは、到底思えなかった。
この国は優秀な統治者のお蔭で、民の暮らしは良い方だと思う。
だが、どれほど豊かな土地であろうと、必ず闇は存在する。
他国の子供を連れた、何も持っていない女性に、この国は優しかったのだろうか?
「それは……自国に帰れなかった訳があるのではないか? それこそ、父親のいない子供を連れて帰郷するなどできなかったとか」
「そうかもしれませんが、それならそれで家には帰らずに、自国の領土内に身を潜めれば良かったのではないですか? 彼女の国は隣国です。帰れない距離ではないと思いますが」
「……………………」
私の質問に、王太子殿下も思案し始めた。
まあ、母親の針子の腕が想像以上に良かったとか、職員が魔法使いであると同じように彼女もまた、魔法使いであったのかもしれない。
それならば稼ぐ方法はいくらでもあっただろう。
存外住んでいた土地も優しい人間が多かったのかもしれないし、知り合いもいたのかもしれない。
子供を抱えた女性一人でも、身を落とさないで暮らす方法は色々とあったのだろうと、私は考えを切り替えた。
「申しわけありません。ちょっと不思議に思っただけで、他意はないです。殿下の仰る通り帰れない理由があったのかもしれません。忘れてください」
「……いや、ケリエルの言うことは最もだ。少し調べてみよう」
王太子殿下は私の否定を良しとせず、一応調べると約束してくれた。
「調べたところで何もでてこなかったら、すみません」
「それならそれで、疑わしい点が一つ消えたと安心できる」
王太子殿下への報告は終了し、私は一人魔法研究所へと向かう。
さあ、ペルはこの短時間で魔道具をどこまで調べてくれただろうか?
まさか、まだ中が見れていないということはないだろうと、私は廊下を急ぐのだった。




