地下でバッタリ
気絶してしまったキュリタスを放置して、王太子殿下とペルと私は魔法研究所へと向かっていた。
父上と母上とは先程の部屋で別れた。
多分、転移魔法で屋敷へと帰るのだろうが、王太子殿下にそれを見られるわけにかないので、先に部屋を後したのだ。
見張りの兵には、時間を空けて戻るように言っておいた。
王太子殿下は母上が転移魔法を使えるのにも気付いてはいるだろうが、だからと言って目の前で発動する訳にもいかない。
知らぬふりをしてくれているのならば、ありがたくそれに乗っかれというものである。
部屋を出た私達は、キュリタスが言っていた例の魔道具が置いてあったという地下倉庫に、一応確認に行くことにした。
今更行ったところで何かあるというわけでもないのだが、まあ、念のためである。
殿下まで来ることはないと言ったのだが、こんな所で仲間外れにするなと拗ねられたので、仕方なく行動を共にしている。
殿下の護衛を呼ぶのも、面倒くさかったしね。
私達三人が現れると研究所の職員は慌てたが、ペルが「構うな」と指示を出したので、そのまま自分達の仕事に戻った。
人気のない暗い階段を降りると地下に着く。
ペルが明かりを灯そうとして、異変に気が付いた。
誰かが明かりを灯した形跡があるのだ。
魔道具の件で、確かに以前よりはここに出入する人間は多い。だが、本日はまだ日常業務が終わっていないため、こちらの作業には手を付けていないはずだ。
一通り目星の付いた今、残りの倉庫の点検は、手の空いた時間にと言い聞かせているからである。
仄かに温かさが残る明かりに、先程まで使っていたことが分かった。
私達三人は目配せすると、幾つかある部屋を見つめてコックリと頷きあう。
全てしっかりと閉じている扉を、静かに一つ一つ調べていくことにしたのである。
ゆっくりと開けて光の確認をした後、誰もいないかを視認する。
そうして三つ目の扉をそっと開けたところで、光が差し込んできた。
そっと体を滑り込ませる。
私、王太子殿下、ペルの順で入ると、ゆらりと炎が揺れた。
「誰⁉」
木箱に埋もれた一際明るい場所から、ザッと人影が現れた。
その人影の主は、パティアナ・カロッツ。いや、今は別の男爵家の養女になったので、パティアナ・フレマン男爵令嬢だ。
私達三人が唖然としていると、職員は「え~、皆さんお揃いでどうしたんですか?」と間の抜けた声で問うてきた。
いや、どうしたとはこちらの言葉だ。
私がムスッとしたのを悟ったペルが、慌てて「君こそ何をしているんだ? まだ通常業務中のはずだが」と問う。
「え、だって時間があればここの魔道具と目録の確認をするように言われていたので、作業していただけですよ。私の業務は一段落したので」
職員は何故問われるているのか分からないというように、首を傾げて説明する。
確かにその命令を下したのは我々だ。
うっと言葉に詰まりながらも、どうにかペルが言い返す。
「だったら、廊下や部屋の明かりをつけていればいいだろう。わざわざランプの明かりだけで作業するなど、やましいことでもしているのかと疑ってしまう」
「え~、だって私一人にあちらこちらの明かりをつけているなんて、勿体ないじゃないですか。私は元平民だったので無駄使いは性に合わないんです」
ハッキリと言い切られ、今度は言い返すことができなくなった。
「そうだね。驚かせたこちらの方が悪かった。気を悪くしないでくれ」
王太子殿下がその場を和ませるかのように、王族スマイルを浮かべて職員に謝罪した。
そんな殿下に、私とペルは「は?」と間抜け面になる。
節約か何かは知らないが、明かりもつけずにこのような場所に一人でいては、誰でも驚くし怪しむのは当然だ。
そのような状態で作業していた、あちらにも非はある。
それなのに王太子殿下は、一方的にこちらに非があるかのように謝ったのだ。
「いえいえ、驚きはしましたけど大丈夫ですよ。平気です」
職員はなんてことないとニッコリ笑って手を横に振っていたが、お前、王族に謝らせて何、平気な顔をしているんだ⁉
信じられないと私とペルが二人を交互に見ていたが、王太子殿下はそのまま「ならば、良かった」とニコニコしている。
そうしてチラリと私達に視線を送る。
そこで私達は、王太子殿下に何か考えがあることに気付き、黙って二人の成り行きを見守ることにした。
「ところで、この場所の作業は誰に命令されたのかな?」
「ですから、上からの命令です」
「君の直属の上司というと、カッサムかな?」
「そうですね。ですがこれは、王太子殿下からの直接依頼だと伺っていますよ?」
「うん、確かに私が頼んだね。けれど、それは少し前からでしょう?」
「何が言いたいんですか?」
「この場所は、一番最初に確認してもらったはずなんだ。とっくに終わっているんだよ。通達は行き届いている。それなのに何故、君が今更作業しているのか分からない」
「……………………」
王太子殿下の言葉に、職員の顔つきが変わった。だが、それは一瞬だけのこと。
「あれぇ、そうでしたっけ? だったら私の勘違いかな? 幾つも同じような部屋があったから、間違えちゃった」
片目を瞑ってえへっと言う職員に、イラっとする。
だが、それまでとは打って変わって明らかに感じる違和感。
「そうか。誰にでも間違えはあるものだ」
アハハハハと笑い合う王太子殿下と職員に、ペルと私は無言になる。
「まあ、いくら職場だからといって、このような暗闇に女性が一人でいるのは、やはりよくないな。よからぬことを考える輩もいるかもしれないからね。一人で作業するなとは言わないが、くれぐれも気を付けるように、明かりも城で働く者のためならば、無駄使いではないからね」
王太子殿下がコホンと咳をして、一応注意をする。
「そんな、よからぬことって……ああ、でも確かにそうですね。泣き叫んでも外には一切、聞こえませんものね。やだ、私貞操の危機だったのかしら?」
「……いくら、地下とはいえ、ここは魔法研究所だ。一応、救助信号は出せるようにしてある」
職員の言葉に脱力するペル。
誇れる自分の職場に、ケチを付けられた感じなのだろう。
「え、どこです? 私、知りません」
「君は、ここに勤務する前にちゃんと説明を聞いていなかったのか?」
能天気な職員を、ギロリと睨みつける。
「どのみち、君を襲うような命知らずは存在しないだろう」
私も呆れて、つい本音が漏れた。
すると私の存在に今気が付いた職員が、目をキラキラさせて体をくねらせ始めた。
「私、ケリエル様なら襲われても救助信号なんて出しません。なんちゃって」
「コロス」
誰がお前など襲うか! 私はクリス一筋だ!
血管を浮き上がらせる私に、ペルが背中を叩く。
「気持ちは分かるが、落ち着け」
ふざけ始めた雰囲気に、王太子殿下が職員にこの場から去るように命じる。
「悪いが、ここは今から使うから君はもう下がっていいよ。廊下の明かりは、ちゃんとつけて行ってくれていいから」
「何かお探しですか? よかったら私もお手伝いします」
王族の命令だというのに、尚も食い下がる職員にイラっとする。
「いや、人手は十分足りている」
「ちぇ、せっかくケリエル様と一緒にいられると思ったのに」
「帰れ!」
邪すぎる呟きに、私の血管がキレそうだ。
「ご、ごめんなさい。そんなに怒らないでください。久しぶりに会えて嬉しかっただけなんです。では失礼します」
職員が慌てて部屋を出て行くのを、私達は深い溜息で見送ったのだった。




