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呪われた性別不明の令嬢ですが、知らぬ間に溺愛されていたようです  作者: 白まゆら


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夜会での一時

 ケリエル様ご家族と私の両親とで、数年ぶりに楽しい時間を過ごしていると、会場が先程よりざわついてきた。

「あら、王太子様のお出ましね」

 お母様が私達の背中越しを見て、声を上げる。

 我がネルギニ国の王太子、リッチィーニ・ウル・ネルギニ。

 私と同じ金髪で深い緑の瞳をしている、ケリエル様に負けず劣らずの美しい容姿の持ち主だ。

 まあ、私の好みはケリエル様一択なのだが。

 男姿では何度か挨拶程度はしたこともあるが、こんなに近付いたのは初めてかもしれない。

 言葉を掛けられそうになったらいつも、全力でケリエル様の後ろに避難していた。

 だって、国の王子と呪いをかけられた中身女の伯爵令息が、何の話ができるというのだ。


 スッと礼をとる両親達に習って、私も頭を下げる。

「やあ、皆様。今宵はいつも以上に楽しんでいるようだね。そのわけは、彼女かな? ケリエル、彼女を私に紹介してくれるかい?」

「嫌です」

 え?


 王太子殿下が私を紹介しろという言葉に、間髪を入れずにケリエル様が拒否した。

 えっと……なんで?

 あ、まさか私を王太子殿下に正式に紹介するのは抵抗があるとか?

 やはり王太子殿下の前で婚約者のフリをするのは、主君に嘘を吐いているみたいで嫌だったのかもしれない。

 そうだよね。ケリエル様は誠実な人だし、私みたいに短期間で仕上げたなんちゃって淑女が婚約者だなんて言いたくないよね。

 俯いたまま、じわっと涙が浮かびあがってくる。


「ク、クリス?」

 ギョッとしたケリエル様の声が聞こえる。

「ち、違うのよ、クリスティーナ。それは貴方の誤解よ」

「ああ、もう。ケリエル、お前が悪い。ちゃんとクリスティーナに謝りなさい」

 私の涙に気が付いたイブニーズル侯爵と侯爵夫人が、慌てて私を慰めようとしてくれる。

 チラリと顔を上げると、ピシッとその場の空気が固まった。

 ごめんなさい、最も華やかで楽しい夜会で泣くなんて、淑女としてあるまじき行為だよね。

 空気を読まずに涙を浮かべる私に、お母様がオホホホホと笑って扇で私の顔を隠す。

『クリス、貴方はどういう立場でここに立っているのですか?』

 お母様が私を窘めるように問う。

 その言葉に、私はハッと顔を上げる。

 心配そうに私を囲むイブニーズル侯爵家の皆様。

 ケリエル様は私に向かって手を出そうとして、その手を空中で止めている。

 きっと、いつものように慰めようと私の頭に手を伸ばしたが王太子殿下や両親がいるため、どうしようか悩んでいるのだろう。

 ここで泣いたりなんかしたら、この優しいイブニーズル侯爵家の皆様に迷惑をかけてしまう。

 私はケリエル様の婚約者。

 優しいケリエル様が私を守るためにフリをしてくれているだけだが、それでも正式に婚約者という立場を得て、この場に立っている。

 これ以上、ケリエル様に恥をかかせるわけにはいかない。


 私はグッと涙を止めると、お母様に扇を返す。

 そして王太子殿下に向けてカーテシーをとると、そのまま挨拶の言葉を述べる。

「お初にお目にかかります。オルバーナ伯爵家長女のクリスティーナ・オルバーナと申します」

「……美しい方だね」

「光栄でございます。先程はお目汚しをいたしまして、大変申しわけございませんでした」

「どこが? 眼福だった。なんて言うと、失礼かな?」

「お戯れを。ですが、ありがとうございます。王太子殿下は、とてもお優しい方なのですね」

 そう言ってニッコリ笑うと、周囲がざわっと妙な空気になる。

 なんだろう? やはりなんちゃって淑女の私は、どこかおかしいのだろうか?

 周囲を見渡そうと顔を上げると、ケリエル様がグイッと私の腰に手を回し、自分へと引き寄せた。


「お声をおかけくださり、ありがとうございます。殿下は彼女とは初めてお会いしますね。私の婚約者のクリスティーナ・オルバーナです。彼女は幼い頃に病を患いまして、ずっと療養生活を送っていたのですが、この度とうとう完治いたしまして、やっと私の婚約者として殿下にもお目通りが叶うようになりました。私達の婚約は幼い頃に結んでおりましたので、正式に私の婚約者として皆様に紹介できるこの日を嬉しく思います。ね、クリス」

 ニッコリ笑うケリエル様が……おかしい?


 先程私を紹介するのは嫌だと言っていたのに、私が直接ご挨拶した後に改めて紹介するなんて。

 しかも婚約者、婚約者と何度も強調しなくても……あ、そうか。

 ケリエル様にご執心のご令嬢方の前で幼い頃からの婚約者と紹介しないと意味がないんだった。

 先程はそのご令嬢方がいなかった、もしくは話を聞いていなかったのかもしれない。

 今改めてお話ししているのは、そのお嬢様方が近くにいらっしゃるのかな?

 どんなご令嬢方なんだろうと私が周りを見渡すと、皆がこちらに注目していることに気が付いた。

 まあ、王太子殿下とケリエル様。素敵な殿方が二人もそろっているのだ。鑑賞したくもなるよね。


「私のようなものを、ずっと支えてくださっていたケリエル様には感謝の言葉もありません。これからはケリエル様の婚約者として、名に恥じないよう努めていきたいと思います」

 私はケリエル様の話に合わせて、微笑んでみた。

 王太子殿下は少し目を開くと、クスッと笑った。

「貴方の話は、ケリエルから聞いている。まあ、あまり詳しくは教えてくれなかったけれど、ケリエルの寵愛は想像通りだということは分かった。ああ、ケリエルを安心させるために一つ私からも報告があるのだが、いいかな?」

 ケリエル様の寵愛って、話を合わせてくださっているのかしら?

 でも、王太子殿下はこれがお芝居だなんて知らないはずなのに。

 それとも誰かと間違っている? え、誰と? まさかケリエル様に他に寵愛する誰かがいたとか……。

 ズゥゥ~ン。とまたもや暗い気持ちになっていると、王太子殿下がケリエル様、というよりは皆に向かって大きな声で発表した。


「私の婚約者である隣国の姫君、ヴァレット・ニア・ジェルニングが数日後に訪れることに決まった。正式な婚約式は半年後となるが、まずはこの国を知ってもらいたいという陛下のお気持ちで来日することとなったのだ。皆の者もそのつもりで頼む」


 わあっと歓声が上がる。

 隣国のお姫様かぁ、どんな方なんだろう?

 ちょっとワクワクする私の腰を抱いたまま、ケリエル様と王太子殿下がひそひそと小声で話をしている。

『聞いてない。いつ決まったのです、そんなこと?』

『先程、夜会の前にな。いいだろう、別に。お前だって愛しのクリスティーナ嬢と過ごせるようになったんだ。私だって婚約者と一緒にいたいさ』

『警備は? レイモンドはなんて言ってます?』

『まだ話していない。夜会の前に決まったと言っただろう。今の言葉を聞いて、レイモンドもどこかでひっくり返っているかもな』

『も。って、ひっくり返る者が他にもいることを想定して話を進めているのですか? 酷い主だ』

『ハハハ、因みに私の予想では君もひっくり返る予定だったのだけれど、案外余裕だね』

『私はある程度の自由を、貴方からもらっているはずです。貴方一色にはなりませんよ』

『余計な権限を与えたな。クリスティーナ嬢もこんなに美しく育つなんて、ちょっと判断誤ったかな』

「殺すぞ」

「え?」


 今の今まで王太子殿下と仲良く話していたケリエル様が突然、王太子殿下に向かって恐ろしい言葉を言ったように聞こえた。

 盛り上がっている周囲には聞こえない音量だが、腰を抱かれた私にだけは聞こえてしまった言葉。

 でも、聞き間違いかな? そうだよね、ケリエル様がそんな恐ろしい言葉を口にするはずがない。

 しかも、主君に向かってなんて、絶対にありえないよね。

 私が少し不安な気持ちで下からケリエル様を覗いていると、そんな私に気が付いたケリエル様がニッコリと笑う。

「皆を驚かすのが大好きな王太子殿下には、いつも振り回される。そういことで、私は少し忙しくなるかもしれないけれど、安心して。クリスの件はちゃんと進めるからね」

 解呪のことを言っているのだろうとすぐに気が付いたが、忙しいケリエル様にこれ以上負担をかけるのは申しわけない。

「私は大丈夫です。それよりもお体を壊さないようにしてくださいね。ケリエル様が心配です」

 ケリエル様は今まで、私に調子の悪い姿など見せたことがない。

 多分、回復薬を飲んでいるのだろうけど、やはり薬に頼るほど疲れてなんてほしくない。

 そう思ってジッと見つめると、ケリエル様が頬を赤らめて嬉しそうに笑う。

「ありがとう。クリスは優しいね」

 優しいのはケリエル様の方だと思うけど。

 やはり、先程の言葉は聞き間違いだ。

 こんなに優しいケリエル様が、あんな物騒な言葉を主君に言うはずがない。

 私達がニコニコと微笑みあっていると、王太子殿下が「そうだ。せっかくだし、クリスティーナ嬢にも手伝ってもらおうかな」と両手をパンっと叩き、にこやかに仰った。

「ふざけんな、マジ殺すぞ」


 ――今度はしっかりと聞こえた……。

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