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呪い再び

よろしければ、気楽に読んでいただけると嬉しいです。

 黄金に輝く流れる髪、筋の通った高い鼻。澄んだ青い瞳に自分の姿が映し出されるのを、指折り数えて待っていた。

 だって私にだけは、その権利があったのだから。

 引き結ばれた口元に弧を描くのは、私にだけ。

 無表情のその冷たい雰囲気を緩めるのも、私にだけ。

 作り物めいたその美貌が、いつか甘い表情に変わるのだと信じて疑わなかった。

 それなのに月日は無常に過ぎていく。


 堪りかねた私は、訊いてしまった。

 いつ私を見てくれるのかと。


『貴方との関係は形だけのもの。家同士の繋がりに何を望むのです?』


 残酷なその言葉は、私の心を黒く染めた。


 ならば教えてあげよう。この焦がれる想いを。

 相手の視線が欲しくて常に見続けてしまう気持ちを。

 相手の笑顔が見たくてどんなことでもしてしまう思いを。

 相手の手に触れたくて堪らなくなる感情を。


 〇〇する気持ちを教えてあげる。


 そのためには、まず貴方にも私と同じ〇〇〇になってもらわないといけない。

 簡単よ。私にはその知識があるのだから。

 古から受け継がれたこの方法。

 幾重にも重ねれば、簡単には解かれない。

 〇〇〇となった貴方は、今のままでいられるかしら?

 ああ、楽しみね。

 一人ぼっちで苦しむ貴方が壊れていく姿は、どれほど甘美なのでしょう。

 私は貴方を見守っているわ。

 ずっとずっと、見守っているわ……。



 ピチチチ、チチチ。


 鳥の鳴き声で目覚めるなんて、いつ以来だろうか?

 確実に普段より遅くなってしまった目覚めに、不快感を覚える。だが、この重い気持ちはそれだけではないだろう。

 先程まで見ていた悪夢。見知らぬ女が私に問いかけるのだ。

 ――見知らぬ女。

 靄にかかったようでその顔をハッキリとは思い出せないのだが、身近な人間でないことは確かだ。

 私はある時期から、女性の顔を認識できなくなっている。

 それも関係しているのかもしれないが、そもそも女性という者は全員同じ化粧に流行のドレス。同じ話し方に揃えたかのような所作をするのだ。

 そんな様相で、何を基準に見分けろというのか?

 女は〇〇する気持ちが分からないのかと、何度も同じ言葉を繰り返す。

 余りのしつこさにそんなものは必要ないと言うと、それならば教えてやろうと笑ったその顔は、醜悪さだけを残して……。



 そこで目が覚めた。

 喉が渇いた。

 私は寝台から降りて、机に置いてある水差しから水を灌ぐと一気に飲み干した。

 ふとコップに添えている己の手を見る。

 やけにほっそりとしている。

 私は武術をやらない。ひ弱な私は圧倒的に力がないのだ。それにまだ、そこまでの覚悟もなかった。

 その代わりと言うべきか、頭脳専門で伯爵家の嫡男としての地位を守ってきた。

 それを恥じた事は一度もない。寧ろ誇らしい。

 だが、それにしてもいつもよりやけに細く感じられる。

 気のせいだとは思うが、私は袖をまくり上げて見る。

 腕もいつにもまして細い気がする。

「?」

 トントンと軽いノックと共に寝室まで入って来たのは、私の専属執事カーター・マキソンズ。

「あれ? 珍しい。まだ着替えていないんですか?」

「私は入室の許可を出してはいないよ」

「今更ですね。……それよりも、なんかおかしくないですか?」

 カーターは首を傾げながら、私のそばまで寄って来る。

 ジロジロと見てくる姿を不快に思うと、カーターが何かに気付いてピシリと固まる。

 そうして気付く。いつもと違う目線に。

「……何、これ?」

 私を見下ろすカーターが、恐る恐る指さすものは……。


 これは呪いが解けたのだろうか……⁉


 いつものように白いシャツを着る。く、苦しい……。

 無理矢理ボタンを留めるが、今にもはちきれそうだ。

 黒のスラックスを身に着けると、信じられないところに厚みがあるのを感じる。

 ボンキュッボンとは言わないが、これは明らかに女性の体。

 いつもの服は胸元と腰回りが窮屈で、思わず隣室で待機しているカーターに言った。

「お前の服を持ってこい」

「え、いや。俺の服を持ってきたところで結果は同じ……」

「それでもお前の方がでかいんだ。少しはマシなはずだろう」

「あ、あ~、はい。かしこまりました」

 部屋を出て行く扉の音を聞きながら、私は鏡に映った己の姿を凝視する。


 ……って、当たり前よ!


 今の私は十七歳だもの。大人の女になってるのも当然だわ。

 バッと鏡に飛びつき、今の自分の姿をじっくりと観察する。

 髪質はあまり変わらない。サラリと流れる金髪は健在だ。

 腰まである長い髪を一つにくくっていたのだが、髪紐を解くとちゃんとした女性に見える。

 顔もあまり変化は見られない。しいて言うなら、高い鼻が少し低くなったような気はする。

 喉を見ると、細身ながらもしっかりあった喉仏がスッキリとなくなっていた。

 腕や足も元々が細かったため、服を着ていれば分からない程度の誤差だ。

 とにかく顕著なのは胸と腰回り。どこからどう見ても女。どう頑張っても男には見えない膨らみがある。

 昔はツルペタだったため、ちょっと新鮮♡ 

 て、ああ、なんで私は喜んでいるの? いえ、呪いが解けたのなら喜んでいいはずよ。

 だけど私は十年間、男として生きてきた。

 呪いは絶対に解けないと言われて、泣いて、暴れて、諦めて……。

 それからの私は、笑顔を忘れて氷のような男として生きてきたのに、どうして今更?

 混乱する私は、頭を抱えてその場に座り込む。

 だって混乱するなって言う方が無理よ。そうでしょう。誰だって混乱するわよね。


 私は女として産まれて、七歳で気味の悪い魔法使いに呪いをかけられて男にされていた。

 そして、今。

 また女に戻った。

 私は一体、どうしたっていうの~~~~~⁉



「本当に……君が私の息子のクリスティーン・オルバーナなのかい?」

「娘のクリスティーナ・オルバーナです。お父様」

「ああ、そうだったね。産まれた時はその名前だったね」

「男にされた時、クリスティーンという名前の人間を作っただけです」

「では、呪いが解けて本当の女の姿に戻ったんだね」

「それなら良いのですが……そうなのですか? ケリエル様」

 私は隣に座る美丈夫を身上げる。

 ニッコリと微笑むその姿に腰砕けになりそうだ。はぅん、素敵♡ じゃない!

 コホンと咳払いをすると「失礼」と言って、ケリエル様は居ずまいを正す。

「クリスが元に戻れた事が嬉しくてね。つい顔が緩んでしまった」

 緩むだなんて、どのような表情をされても美形は崩れないものだと改めて認識しました。

 ニコニコと微笑むケリエル様につられて私もえへっと頬が緩むが、慌てて表情を引き締める。

 いけない、いけない。男がヘラヘラ笑っていたら威厳が保てなくなる。

 私はいつもの冷酷な表情に変わるが……あれ? 今はもう女に戻っていたんだった。

 無表情でいる意味、ないよねぇ?

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