第3話 戦いの後
「お兄さん、大丈夫ですか!?」
「あぁ、傷は浅い。だがーー」
しばらく右肩は使い物にならないだろう。
(っち、しくじった。最後の最後で油断した)
久々の危機に桃弥の脳はフル回転し、シミュレーションを行う。
ーー多財は倒れたが、まだ餓鬼どもは8割以上残っている
ーー普段ならともかく、肩に傷を負ったままでは怪しい
ーーこの場においての最悪は、何らかの理由で餓鬼どもを1人で相手しなければ状況
ーー裏切るなり、怖気づくなり、なんにせよ彼女がこの場から離れれば大ピンチだ
ーー他人の判断に命を委ねなければならないとは、俺も焼が回ったもんだ
ーーいや、そんなことはどうでもいい
ーー問題は最悪が起こった時の対処だ
ーー武器は残り包丁1本、体力は半分以下、右肩の負傷から利き手の使用も不可
ー―餓鬼の全滅は無理だ
ーーならば逃走一択
ーー入り口までの距離とその間の障害物、餓鬼どもの動きを予測して最適のルートは……
すでに脳内で1人で戦う場合の想定を始めた桃弥だが、少女はそんな彼の想定を打ち砕く。
「お兄さんは下がっていてください。私がやります!」
「っ!?」
金属バットを片手に桃弥を背に庇うように餓鬼たちの前に立ちはだかる。
ーー本心か? 嘘か?
ーーいや、この場で嘘をつく理由はない
ーー裏切るならそのまま去ればいいだけだ
ーー怖気づいた様子もない
ーーしかし、あり得るのか
強くなった少女だが、それでも80匹以上の餓鬼を相手に1人で勝てるはずがない。桃弥を完全に全力外扱いした態度からも、餓鬼たちを1人で相手するつもりだ。
まさに決死の覚悟といったところだろう。
ーー人が人のために命を張ることが、あり得るのか?
今までにない要素に、桃弥の脳は一種のバグ状態に陥る。しかし、それも一瞬のこと。
すぐさま多財餓鬼の遺灰に手を突っ込み、色珠を取り出す。黄色の色珠だ。
黄色で上がる能力値は100。決して少ないくない強化だ。
だが、それを使うのは桃弥じゃない。
「っ! これを使え」
「え、い、いいんですか!?」
「体力強化に振っておけ。長期戦になるぞ」
手負いの自分ではなく、少女の強化こそがこの場で最善。
ーー結局やることは同じ
ーー俺が信じられるのは、俺だけだ
ーーだから俺は、俺の判断を信じる
包丁を取り立ち上がる桃弥。
「狭い一本道だ。一度に相手する数はそう多くない。前だけに集中しろ。後ろの餓鬼は俺が何とかする」
「で、でも、お兄さん、怪我がーー」
「こんなちんちくりんども、腕一本で十分だ。行くぞ」
こうして、スーパー攻略戦の最後の戦いが始まった。
◆
「はあ、はあ、はあ」
「はあ、はあ、はあ、さすがにキツイな」
「はあ、はあ……はい、何度か死にかけましたね」
今、桃弥たちの周囲には大量の色珠が転がっていた。2時間にもわたる死闘の末、二人は餓鬼たちを殲滅した。
とはいえ、二人とも無傷ではない。
桃弥は包丁が折れたため、途中から餓鬼たちを蹴り殺し続けていた。そのせいで、両足には無数のひっかき傷が残っている。その他にも、ちらほら血がにじむ外傷が見受けられる。
少女の方はというと、金属バットはへし曲げ、餓鬼の返り血がべっとりついていた。体には桃弥と同様、大量の生傷が付いていた。
「傷を見せてみろ。手当てする」
「それはお兄さんのほうですよ。私よりずっと重傷なんですから」
「……肩だけ頼めるか」
「もちろん」
救急セットを引っ張り出し、二人は傷の手当を始める。
「あ、そういえばお兄さん」
「……なんだ?」
「私、まだお兄さんの名前聞いてません。ずっとお兄さんお兄さんって呼ぶのも変じゃないですか?」
「たかが固有名詞だ。二人しかいないんだから知らなくても困りはしないだろ」
「困りはしませんが、やっぱり変です。あ、私は水篠月那、18歳です。月那って呼んでください。お兄さんは?」
「……亘桃弥。20歳だ」
「え? お兄さん、ごっほん、桃弥さんまだ20歳なんですか? しっかりしてるからてっきりもっと年上かと」
「過大評価だ。しっかりしてるならこんな傷は負ってない。最後の最後で詰めが甘い」
「えー……」
なにいってんだこいつ、といった雰囲気の少女改め、月那。
世界が崩壊して4日。大勢が逃げ惑うので精いっぱいなこの状況下で、100匹以上の餓鬼の集団を討ち滅ぼしす。そんなことができる人間は果たして何人いるのか。
だが、こういった自省こそが桃弥の強さの源なのだろうと、月那も納得する。
そうやって雑談をしているうちに、二人はけがの手当てを済ませる。
「さて、まずは色珠の回収と食料の確保だな。二手に分かれて作業するぞ。俺は色珠を集める。食料の方を頼めるか」
「わかりました。何か食べたいものはありますか?」
「うーん、強いていうなら、日持ちしない食料だな。廃棄はなるべく減らしたい」
「むぅ。そういうことじゃなくて……もぅ」
ぶつぶつ言いながらも、月那は食料集めに動き出していた。
同時に桃弥も色珠を集め始める。とはいったものの、色珠集めの方は15分ほどで済んだわけだが。
(122個か。黄色はなし。やっぱ鉈使いじゃない方のデカブツは青判定なのか)
122個の青い色珠。2人でわけるなら1人61個。ステータス値にして610。相当な戦力強化につながるだろう。
能力値の振り分けを考えていると、少しはなれば場所から月那が声を上げる。
「あ、桃弥さん見てください、これ! カセットコンロがありますよ!」
「へぇ、スーパーにカセットコンロとは珍しいな」
「これがあるなら、色々作れますね」
「任せた。俺は少し気になるところがあるから、もう少しスーパー内を回る」
「はい、お任せください」
「あ、あとこれ、月那の分な」
ポイっと、適当なビニール袋に詰められた色珠を渡す。
しかし、なぜか月那からの反応がなく、ただ茫然とするだけだった。
「ん? どうかしたのか?」
「……え? あ、い、いえ、なんでもありません! はい、私は元気です!」
「そ、そう。ならいいんだが」
突然の元気宣言に戸惑いつつも、桃弥は精肉コーナの厨房へと進んだ。武器補充のためである。
一方、月那の方だがーー
(え、あれ? 今名前で呼ばれた? うそ、え、あれぇ? 桃弥さんから名前呼び、初めてかも。というか初めて。あ、あれぇ、ていうか私、初めて男の人に名前で呼ばれたかも、え……うあ)
初めての名前呼びに動揺していたのだった。
◆
厨房から包丁を確保した桃弥は、周囲を軽く見回りすべくスーパーの外に出ていた。
そして戻ってくると、そこには数々の料理が並べられていたのだ。これにはさすがの桃弥も目を丸くした。
「すごいな。こんな短時間で」
「私、料理は得意分野ですから!」
いつになく自慢げな月那。実際、彼女の言葉通り料理が得意なのだろう。
具だくさんな味噌汁や、混ぜご飯。何足らの和え物に、サバの味噌煮。さらにはその横には半分にカットされた煮卵もあった。
「まあご飯はインスタントですし、サバも袋のサバを温めただけですけどね。筋肉痛が凄いですからタンパク質がほしいんですけど、生肉は殆どダメになりましたから卵とお魚にしました」
「ありがたい。頂こう」
「はい、どうぞ」
4日ぶりのまともな食事。疲れた体に栄養が染み渡る。2人前どころか、4人前はあったそれらの料理はあっという間に平らげられた。
「ふぅ、ご馳走様。美味しかった」
「いえいえ、お粗末様です」
戦いの後にひと時の安らぎ。二人とも、そのわずかな休息を噛みしめるのだった。
「さて、今後の予定だが、しばらくここを拠点に活動しようと思う」
「ですね。見たところ、食べられそうなものだけでも1ヶ月は持ちそうです」
「あー、厨房には武器もそれなりにあったからな。ただ、唯一の難点は防衛面だな」
「バリケードでも設置します? 米袋もそれなりにありますし」
「……ないよりはましか」
「そうですね。ちょっと作ってきます」
「いや、俺がやろう。月那は移動用の保存食をまとめてくれ。3日分は用意してほしい。あ、あとそれが済んだら休んでいいぞ。見張りは俺が先にやる」
「……わ、分かりました」
こんな壊れた世界では、一瞬の油断さえ命取り。ここまで生き残った二人は、それがよく分かっている。
だからこそ、万全を期すために備えるのだ。
だだし一つ、桃弥が見逃したことがある。その誤算が、彼らの予定を大きく狂わすこととなる。
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