第1話 能力強化
4日目の朝。時間にして9時ほど。
世界が崩壊して以降初めての熟睡から、少女は目を覚ます。
「おはよう、よく眠れたか」
「ふぁ、ふぁい。おはようございまぁす」
やや眠そうにしつつも、少女はベッドから起き上がる。昨晩はあれほど緊張していたのに、気づけば熟睡していたのだから、この少女も中々に図太い神経をしているようだ。
「上々。じゃあ、移動を始めるぞ」
寝ぼける少女を差し置いて、桃弥は荷物をまとめる。必要最低限の食料と、水。武器となる包丁や、救急セット。最悪戻ってこれなくてもいいように、桃弥は準備する。
そんな桃弥を、少女はただぼーっと眺めていた。
(結局昨日、何もなかったなぁ)
結局あれは自分の勘違いでしかないことを、少女は思い知らされる。恥ずかしい思いはしたが、結果オーライというべきか。
ブンブン頭を振り、脳内から昨日の記憶追い出すと、少女もまた荷物をまとめ始めるのだった。
◆
「とりあえず、中継地点としてここから北に10kmほど離れた中型スーパーに向かうぞ」
「スーパー、ですか? それならここら辺にもあるのでは?」
「ここら辺のスーパーやコンビニなら一通り回った。ほとんど何も残ってなかったぞ」
「え、そうなんですか?」
「あー、誰かに持ち出されたか、灰になったものばかりだ。餓鬼どものせいだろうな」
「あ、確かに。無財餓鬼は食べ物を口にすると全部燃えてしまいますからね」
「無財餓鬼……その言い方だと、食べ物を食べても燃えない餓鬼もいるのか?」
「はい。有財餓鬼と言って、限定的ですが飲食ができる餓鬼もいます。その中でもさらにーー」
情報を共有しつつ、二人は目的地へと歩き出す。
少女が言うには、餓鬼には二種類いる。
食べ物を口にするとたちまち燃え尽きてしまう無財餓鬼と、限定的な飲食が可能な有財餓鬼。
有財餓鬼の中でも、少財餓鬼と多財餓鬼の二種類がいる。少財餓鬼は膿や血などの不浄なものを食べることができ、多財餓鬼はさらに他者から施されたものなら食べることができるらしい。
「餓鬼道というのは生前物欲が強い人が落ちる世界なので、永遠に満たされない食欲に苦しむようできてるだとか」
「……へぇ、詳しいのだな」
「そっち系の本を読むのが好きで、えへへ……あ、す、すみません、関係ないことをペラペラと」
「いや、関係ならある。むしろ大ありだ」
「へ?」
「今から向かう場所には恐らくーーその有財餓鬼が住み着いてる」
餓鬼がいない場所なら人が食料を攫って行き、餓鬼がいる場所なら食べ物はすべて灰と化してしまう。こうしてこの世の食料はどんどん減っていくわけだが、例外的な場所も存在する。
「無財餓鬼どもは食べれもしないくせにどんどん食べ物に手を染めやがる。おかげでこっちは食料の入手に苦心してるわけだが、今から向かうスーパーは別だ」
「別、というと?」
「一昨日遠出した時に見つけたんだが、そのスーパーには、餓鬼が100匹以上居座ってやがった」
「ひゃ!?」
「にも拘わらずだ、そいつらは食料そのものに全く手を付ける気配がない。おかげで食料が大量に残っていた」
例外的な場所、それは人が寄り付かないほど餓鬼が集中していても、食料が灰にならない場所のことである。
獣同然の餓鬼が食事を前に手を伸ばさない。にもかかわらず食料がある場所に居座っている。その二点を踏まえると、食料を口にできるリーダー格の存在が薄っすらと浮かび上がる。
「そ、そんな危険な場所に、今から」
「そうだが、怖いか?」
「い、いえ、頑張ります!」
「そんな死を覚悟した顔をするな。勝算ならある。だがその前に、互いの戦力把握だ」
どういうことですか? と少女が尋ねる前に、前から餓鬼の姿が。
「ぱっと見15匹程度。やるぞ。伏兵がいるかもしれないから注意な」
「は、はい!」
かくして、二人揃っての初陣が始まった。
◆
「すっご」
15匹程度の群れ。普段の少女なら尻尾巻いて逃げるのが精々だが、そんな相手が今、圧倒されている。
自分が2匹の相手をしているうちに、すでに半分以上の餓鬼がやられていた。
「私も、頑張らないと!」
今の構図は、桃弥対5匹の餓鬼、少女対1匹の餓鬼。キルスコアは桃弥が7、少女が2である。
あっという間に餓鬼たちを鎮圧した二人。
「はあ、はあ。お兄さんは、はあ、凄いですね」
三匹の相手だけだったとはいえ、桃弥につられて速いペースで敵を倒していたため、少女の息が上がっていた。
「いや、こんなもんだろ。今生き残ってる人間ならこれぐらいはできるはずだ」
いや、絶対無理。その言葉が飛び出そうな少女だが、喉の奥にぐっと押し込む。
「そっちの能力は大体把握した。とりあえず、戦利品の分配をするぞ。色珠、半々でいいな?」
「そ、そんな! 私全然役に立ててないのに!」
「貰っておけ。有財餓鬼戦でその能力値のままじゃあ役に立たんぞ」
「う、うぅ」
「能力値を上げるために、少し餓鬼狩りをするぞ。最低でも、二人で昨日の馬頭を正面から仕留められるようになる必要がある」
昨日倒して馬頭が落とした黄色の珠を使ってみたが、能力値は一気に100上昇した。恐らく、黄色は青の純粋な上位互換。であれば、有財餓鬼も馬頭相当の力があるとみるべきだろう。
正々堂々戦うつもりはないが、それでも最低限の力は必要だ。それに、相手には100もの手下がいる。準備しすぎるってこともないだろう。
こうして二人は、周辺の餓鬼を狩り始めた。
◆
「はあ、はあ、はあ、はあ、す、すみません」
時は正午。かなりのハイペースで二人は餓鬼を狩っており、すでに餌食となった餓鬼は100体を超える。桃弥の聴力強化で、的確に弱い集団を突いてこその戦果だ。
しかし、そのペースに少女はついて来れずにいた。そのため、付近のコンビニの駐車場で二人は休息をとっていた。
「……今手元にある色珠の数は?」
「はあ、はあ。すみません、さっき全部使ってしまいました」
「そうか……このままじゃあ、今日中にスーパー攻略は無理だ」
「す、すみまーー」
「だからこれを使え」
ポイっと投げ渡された袋を、少女は慌てて受け取る。袋を開けると、中には青い色珠が20個入っていた。
「これは……」
「これを使って、体力強化を取れ。あの能力は便利だ。取っておいて損はないだろう」
「い、いいんですか?」
「ああ、構わない」
この色珠は、桃弥が緊急時に使えるように前々から確保していたものだ。
ーー治癒強化 200
万が一重傷を負ったときに、すぐさまこれを取得することで窮地を乗り切れるかもしれない。負傷した時の保険というやつだ。
食料は既に底についているため、今日中に何としてもスーパーを攻略したい。そのため、桃弥は保険の色珠をここで切ることを決意した。
さらに、桃弥のこの行動は別に善意によるものではない。
(能力の上限数は5。腕力強化と視野強化間違いなく持っている。ここで体力強化を取らせておけば、残りの枠は2。もし他の能力を隠し持っていても、その程度なら裏切られても十分対処できる)
桃弥はどこまでも、疑り深い。常に最悪を想定しようとするのは、彼のサガである。たとえ協力者の少女であっても、懐疑対象であることに変わりはない。
現在の桃弥のステータス
ーー聴力強化 470 → 790(+320)
ーー脚力強化 610 → 910(+300)
ーー体力強化 330 → 430(+100)
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