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協力者


 (狙うなら、膝裏か)

 

 馬頭の機動力を削ぐべく、桃弥は馬頭の膝目掛けて包丁を投擲。


『ヒ、ヒヒイーーーン!?』


 予想だにしていない方向からの攻撃に、馬頭は慌てふ溜める。その隙をつき、もう一方のひさ裏に刃を突き立てる。


 しかしーーパキン!


 軽快な破砕音共に、桃弥の包丁は砕ける。


「っう!」


 すぐさま予備の包丁を取り出し、馬頭に突き刺し距離を取る。


(機動力は奪ったが、武器は今ので打ち止めだ)


 だがーー


(関係ない! 一気に仕留める)


『ヒイイイイイイーーン!!』


 怒れ狂う馬頭の手元を目掛け、鋭い蹴りを放つ。灰色の鬼、餓鬼相手なら頭蓋骨すら容易く砕く一撃。


『ブルル!?』


 だが、馬頭には大したダメージではなかったのか、少し怯んだだけ。しかし、桃弥にとってはそれで十分である。


 すかさず回し蹴りで馬頭の槍を叩き落とし、それを掴む。


『ヒ、ヒイイイイイイ!?』


「終わりだ」


 あとは、馬頭に槍を突き立てるだけ。


 断末魔すら許されず、馬頭は灰と化していく。その中から、黄色の球が現れる。


「黄色、か。検証が必要だな」


 しかしそれは今ではない。危険が完全に排除されたわけではない以上、一刻も早く移動する必要がある。


 黄色の珠を拾い上げた桃弥は、すぐさま移動を開始する。助けた少女には目もくれずに。


「っあ」


 桃弥が離れていくのに気づいた少女は、よろめきながら立ち上がり、引き摺った足で桃弥を追う。


「あ、あの……」

「なんだ?」


 一度足を止める桃弥。


「あ、あの、お、お礼を……助けていただき、ありがとうございます」

「別に助けたわけじゃないから、気にするな。じゃあ」


 世辞でもなんでもなく、桃弥は本当に助けたつもりはないのだ。これはいわば、ただの威力偵察。未知の敵の情報を手に入れるため行動でしかない。


「あ、あの、その」

「……」

「わ、私もついて行っちゃ、ダメ、ですか」

「俺に、か?」

「足手まといにはなりません! だからどうかーー」

「ダメだ」

「っ! どうしーー」

「理由は3つ。1つ、その足で足手まといにならないと言われても説得力に欠ける。2つ、仮に足手まといでなくとも他人を養える余裕は俺にはない。3つ、俺は他人を信用できない。それじゃあ」


 早口で理由を告げて、桃弥は再び足を動かす。


「ま、待ってください!」

「……」


 周囲からは物音がしないため、危険は少ない。しかし、だからと言って一か所に留まり続けていいことにはならない。


 もしも、次に少女の口から飛び出たのが頓珍漢な嘆願、例えば「強いんだから助けてよ」や「同じ人間でしょ? 力を合わせよう」などなら、桃弥は無視して走り出すだろう。


「そ、その、この足なら、1日休めば十分動けるようになります! それに、養っていただく必要はありません! 自分の面倒は自分で見ます! あとはあとは、えーと、信用、信用ーー」 


 しかし、少女は桃弥の提示した「共に行動できない理由」を否定する要素を次々と提示していく。その場しのぎではあるが、確かな根拠に基づいての発言だろう。


「えーと、そのー、し、信用していただかなくて結構です! 私、戦いにはちょっと自信があるので、どうぞ使ってください! その、さっきの馬頭には勝てませんでしたが、無財餓鬼なら問題なく倒せます」


 少女の発言に、桃弥は僅かに驚く。


(馬頭に無財餓鬼? 確かに俺もあいつらが三悪趣の化け物だと思っていたが……)


 桃弥の知識は、馬頭や牛頭といった有名どころの極卒や餓鬼程度。その詳しい種類を知っているわけではない。


(世界観への理解は向うの方が上。それだけでも関わる価値はある、か)


 ある程度化け物の種類を特定できるだけで、不用意な戦闘が避けられる。さっきは運よく馬頭に勝てたが、またあんな威力偵察が通用するとも限らない。


 そう桃弥が思考している最中でも、少女は頭を下げ続ける。


「自分の食べ物は自分で調達しますので! それ以外も、なんでもします! だから、だからーー」

「何でも?」

「っ! な、なんでも、です」


 女が男に「なんでもする」と宣言する。それがどれほど迂闊なことか、遅れながらも少女は気づく。しかし、ここまで来たら引くに引けなくなってしまった。


(そこまでする理由はないはずだが……)


 改めて少女をじっくり見つめる桃弥。


(うん、()()()だな。随分と雰囲気が違うが……まあ、協力者としては極上の部類だろう)


 相手の所作から本心を推察し、脳内で無数のシミュレーションを行う。一見理性をフル動員させるように見える桃弥の十八番だが、それは全自動で行われるいわば本能のようなものだ。


 そんな桃弥のシミュレーションにおいても、彼女と関わることで「最悪」に至る可能性は限りなくゼロに近いと結果が出ている。


「はぁ、別々で食料を取りに行くのはリスクが増えるだけだ。食料調達は二人で行う。いいな?」

「は、はい! ……え?」

「なんでもするんだろ? だったら俺の命令には従ってもらう。一応言っておくが、裏切りは許さんぞ」

「は、はぃ」


 そう言って、少女は桃弥の後ろに続く。先ほどの威勢は立ち消え、どこかソワソワした様子だった。何かの覚悟を決めているようだが、桃弥はそれを気にする余裕はなかった。


(家までの最短ルートには複数の音がする。めんどくさいが、遠回りするしかない)


 武器を全て失った上に、けが人を1人連れている状況だ。1、2匹なら問題ないが、それ以上の群れと遭遇するのは避けたい。


 全神経を耳に集約させながら、桃弥は索敵を続ける。


 しかし、そのせいでーー


(妙に心臓の音がうるさいな……)


 少女の心臓の鼓動まで筒抜けであった。


 

 ◆


 最短距離の倍以上の遠回りしてようやく、桃弥たちは拠点のアパートに帰還した。


「さて、適当に座ってくれ」

「は、はひ!」

「足を出せ」

「い、いきなりですか!?」

「あ? 何の話だ?」


 そう言って桃弥は、引き出しから救急セットを取り出す。


「消毒するから足を出せ」

「あ、そいう」

「逆にどういうことがあるんだ。少し沁みるぞ」

「っひ!」


 慣れた手つきで、桃弥は消毒を済ませ包帯を巻く。実はこの数日で、桃弥も完全に無傷で済んだわけではなく、大なり小なり外傷ができていた。そのおかげで、傷の手当にはかなり手慣れてきている。


「さて、いくつか聞きたいことがあるが、いいな?」

「は、はい。何でも聞いてください」

「じゃあまずはーー持ってる能力を教えてくれ」

「の、能力? あ、はい、色珠を消費するあれですね。私は、えーと……腕力強化と視野強化を持ってます」


 答えるまでに妙な間があった。全てではないだろうが、少なくともこの二つは持っているだろう。そう桃弥は判断した。


「腕力強化はともかく、視野強化? なぜそんな能力を」

「あ、えーと、囲まれた時にも戦えるように、と」

「ふむ、なるほど」


 自身は集団戦をはなから避ける方針だが、彼女は初めから一対多を想定した能力選定を行っているようだ。


「ちなみにあの文字の世界にある門の数は?」

「5つです。あと、あれは多分心象世界の一種だと思います。心のうち、みたいなものかと」


 数は同じ。おまけに知らない情報まで出てきた。


「じゃあ、その心象世界にあった能力、覚えている限り教えてくれ」

「あ、はい。えーとーー」


 彼女の口から次々と能力の名が飛び出る。こちらも、桃弥が知るものと同じ。であれば、全人類共通と思っても差し支えないだろう。


「なるほど、とりあえずこんなところだ。ご苦労様」

「い、いえ、こんなことでよければーー」


 ーーグウウウウゥ


 少女の腹の虫が大きく唸り声をあげる。


「あぅ……す、すみません、朝から何も食べてないもので。どうかお構いなく」

「いや、問題ない。何か出そう」

「そ、そんな! 自分の食料は自分でーー」

「いざって時に動けない方が迷惑だ。食べておけ」

「は、はぃ……ありがとうございます」


 残り少ない保存食を口にしながら、桃弥はこれからの予定を告げる。


 モグモグモグ、ごっくん。


「さて、とりあえず認識を共有しよう。俺たちの目的は、このいかれた世界で生き残ること。異議は?」

「ありません」

「よし。そのための中長期目標の一つ、安定した拠点の確保。これが必須だ」

「この家ではダメなのですか?」

「オートロック付きだから防衛面はギリギリ何とかなるが、周辺で食料が得られる場所が少ない。今食べてるのが、恐らくこの周辺で最後の食料だ」

「え、えええ!? そんな大事な食料を私に……や、やっぱりお返しします!」


 保存食を前にくいっと差し出す少女。


「……食べかけを返すな。食べた分の働きを期待している」

「は、はい……」


 先ほどよりも覚悟の決まった表情を少女は浮かべる。


「それに、この一食分程度でどうこうなるなら、どの道先は長くない。移動想定の食料も用意している」

「で、では、ありがたく頂きます」

「あぁ。それで話を戻すが、直近の目標として一に食料、二に武器。この二つの確保は必須だ。俺の包丁も残り3本になったわけだし」

「……すみません、両方私のせいでーー」

「さっきも言ったが、この程度に困っているようではどの道先はない。食料も武器も、当てならある。だから、明日から移動するぞ」

「明日……」

「ああ、だから今日はもう休め。着替えたいなら俺のやつを好きに使ってくれて構わない。汗拭きシートはあの引き出しの中。水道は止まってるから風呂は勘弁してくれ」


 必要事項だけ告げると、桃弥はベッドに体を沈める。


「あ、ベッドは一つしかないから、多少狭いがそこは我慢してもらうぞ」


 女性にベッドを譲り自分は床で寝る、などという発想は桃弥の脳内にはない。明日から移動が始まるのに、自分が睡眠不足に陥るようなことは論外。生き残るための最善手を、桃弥は選び取るだけ。


「そ、そうですよね……ベッドは一つで、つまり……そ、そういうことを……」


 少女は何やらぶつぶつと呟くが、桃弥はすでに目を閉じている。聴力が強化されているため、少女の行動はある程度監視できる。襲ってくるようなことはないだろうが、万が一の時でも対処できるように利き手はフリーにしておく。


 ガサゴソ、ガサゴソ。


 何やら服を脱ぐような音が耳に入るが、着替えるなら部屋の外でやってほしい。そう思うも、桃弥は口には出さない。


(まったく、油断が過ぎるぞ)


 少女はいつの間にか汗拭きシートを取り出し、身を拭う。


「あ、あのー、じ、準備できまちた」


 震える声で少女はそう告げる。


 だが、桃弥は思う。


(一体、なんの準備ができたんだ? 寝る準備ができたからベッドを空けろってことか?)


 しかし、桃弥は十分なスペースを開けている。少なくと、互いの体が触れない程度のスペースは空いているはずだ。


 桃弥は困惑していた。だがそれは、少女も同じだったらしい。


「あ、あれぇ?」


(それこっちのセリフだ)


 とりあえず寝たふりをしよう。そう桃弥は決める。


 しばらくすると、自身の勘違いに気づいた少女は慌てて服を着なおす。そして、桃弥が空けたスペースで横になる。


 しかしーー


(相変わらず心臓の音がうるさいな)


 心臓の鼓動はやはり桃弥に筒抜けであった。

 

最後まで読んでいただきありがとうございます。


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また、次の話でお会いしましょう!

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