三悪趣
世界が狂い始めて、三日が過ぎた。
そろそろ国の救助隊が来てもいいころ合いだが、生憎国のシステムが麻痺した今ではそれもあてにはならない。
三日前まで人が闊歩していた道路には、鬼の集団が徘徊していた。道路には大量の車が乗り捨てられており、道端には人の遺灰ようなものがそこら中にまき散らされている。
桃弥の体感では、人口はおよそ100分の1まで減ってしまったのではないかとすら感じている。
「8体か……いけるな」
そんな変わり果てた世界で、桃弥は今日も悪鬼を狩って回っていた。
8匹の悪鬼が路地裏へ入っていくのを確認した桃弥は、素早く後を追う。
「ギ? ガギギギ!」
「っち、気づかれたか。勘のいい奴が混ざってるみたいだ、な!」
1匹の悪鬼が桃弥の存在に気づくが、すでに手遅れである。
桃弥は右手に持った包丁を投擲し、1匹の喉に刺さる。すかさず予備の包丁を取り出し、悪鬼を切りつける。
悪鬼に突き刺さった包丁を抜き取る。走り抜く勢いのまま2匹の悪鬼を切りつける。
あっという間に仲間が半分になった悪鬼たちは慌てふためく。そんな混乱する悪鬼たちを桃弥は個別に追い込み、ものの数分で8匹の悪鬼を倒してしまった。
「ふぅ。さすがに包丁が限界か。今日は打ち止めだな」
落ちている青い珠を拾い上げ、ポケットにしまい込む。
この三日間で、桃弥は様々検証を行った。
まずは、聴力強化に次ぐ二つ目の能力ーー脚力強化について。
能力を取得することで、走る、蹴るなどの力が強化された。取得したばかりの能力でも、一般人を陸上選手にするほどの強化が得られる。
そしてやはりというべきか、1人が得られる能力の数は、あの世界での門の数と同じ。いや、鍵穴の数と同じであることが分かった。
便宜上心門と称するそれらの門は5つ存在し、それぞれに1つ鍵穴が付いている。能力の文字と、色付きの珠を合わせて得られる鍵で門を開くと、能力が得られる仕組みである。
5つしか能力が得られないなら、むやみやたらに能力を取得するわけにはいかない。現状、門を閉じる方法がわかっていない以上、能力の取り換えは不可能と考えたほうがいいだろう。
では、5つしか能力を取得できないのに、なぜ桃弥は色付きの珠を集めるのか?
答えは、それを門に投げ入れることで能力を強化できるからだ。
青い珠1つを門に投げ入れることで、能力の数値が10上がることが確認されている。
これは初めの強化能力を入手した時の、文字の横の数字と同じ。
それに気づいた桃弥は、「青い珠を10個集めたら灰色になっている他の能力も取得できるのでは?」と考え実行した。そして結果は、大正解である。
そのため、現在の桃弥の能力はこのようになっている。
ーー聴力強化 470
ーー脚力強化 610
ーー体力強化 330
ーー■■■■
ーー■■■■
能力枠を二つ残した状態で十分だと、桃弥は判断した。そして実際、灰色の悪鬼を苦戦せずに倒せている。
「さてと、そろそろ次の拠点を考えないとな。食料が足りん」
これからの予定を考えつつ、桃弥は帰路に着く。
しかし、常時20%ほど使用している聴力強化が、桃弥の耳にノイズを届ける。
(これは……人が襲われているのか? しかし……)
1日目、2日目ではこれも珍しい光景ではなかったが、3日目にもなると、生き残りはほとんど何処かへ避難していったため、こうして人が襲われる場面に遭遇するのは稀だ。
だが、それ以上に桃弥が気になっているのはーー
(この唸り声、灰色じゃないな。っていうか、鬼でもない気がする)
桃弥の本能が危険だと訴えかける。だが、それでも桃弥の音がした方向へ向かう。
(新種が出たなら、確認しなければ。予期せぬ形で遭遇した方が100倍まずい)
今なら、まだこっちのペースで戦える。刃こぼれした包丁を片手に、桃弥は足を早めた。
◆
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
世界が崩壊して三日目。少女はひたすら走っていた。灰色の鬼ではなく、別の何かから。
少女自身は、灰色の鬼程度なら3匹同時でも相手できると自負していたが、この化け物は次元が違う。灰色の鬼10体程度なら簡単に蹴散らせるだろう。
「きゃあ!」
負傷した足を引きずりながら走る少女だが、段差に躓き転倒してしまう。
そんな少女を、化け物は嬲るように眺めていた。
『ブルルルルル、ブルルルルル』
(あ、これ、無理かも)
もともといつでも殺せたが、化け物はあえてこの少女を逃して続けた。理由は言わずもがなだろう。
『ブルルル』
(あーあ、私の人生、クソだったなぁ)
今まで一度たりとも幸せが訪れたことのない人生。それでも諦めずに生き続けたが、それももう終わる。
最後は化け物の口の中かぁ。そう嘆く少女。
しかし、最後に一矢報いるべく、口を開く。
「っは、くたばれ、馬面」
『ヒヒイーーーーーーン!』
少女の態度が気に入らなかったのか、馬面の化け物は矛を振りかぶる。
しかし、少女は目を逸らさず、真っすぐ化け物を見つめる。最後の抵抗と言わんばかりに化け物を睨みつける。
それゆえ見逃していた。化け物の背後へ迫る怪物を。
◆
「なんだあれ?」
少女が化け物に襲われている現場に駆け付ける桃弥。しかし、すぐさま物陰に隠れ様子を伺う。
少女の方は、間違いなく美女と称せる容姿をしており、遠目では分からないが右目じりには美人ほくろもついている。
長い黒髪をひとまとめにして動きやすくしているが、生憎化け物には通用しなかったらしい。
服装は動きやすいジャージにヒートテック。しかし、ズボンのすそ周りの布が一部破れており、そこから血がにじみ出ていた。
まさに絶体絶命。しかし、桃弥が気になっていたのは少女ではなく、怪物の方の容姿であった。
「マッチョの体に馬の頭が乗ってやがる」
体格からして、灰色の鬼とはわけが違う。
体長2mはある巨躯に、鎧のような筋肉。皮膚は燃え盛る炎のように赤く、所々血管が浮き彫りになっている。そして何よりも目立つのが、その首から上の馬頭である。
「ミノタウロス? いや、あれは牛だしな。これはどっちかというとーー」
ーー馬頭
極卒のリーダーを務める地獄出身の化け物。
「前々から思っていたが、あの灰色の鬼、さては『餓鬼』の一種か?」
地獄の極卒がいるなら、思わずにはいられない。仏教の三悪趣、地獄道、餓鬼道、畜生道。これらの化け物は、それらの世界からやってきたのではないのかと。
一度だけ灰色の食事シーンを見かけたことがあるが、非常に奇妙なものだった。奴らが人の屍に歯をかけた途端、死体は激しく燃え上がったのだ。
何かの儀式かと思ったが、鬼たちの態度はとてもそうは見えなかった。
桃弥が考察しているうちに、馬頭は少女をどんどん追い込んでいた。だが、桃弥がまだ手を出さない。いや、出せない。
(さすがにあれはヤバい。正面衝突なら百負ける。やるなら、一瞬の隙を突くしかない)
そう思っているとーー
「っは、くたばれ、馬面」
『ヒヒイーーーーーーン!』
少女の言葉に激昂する馬頭。
しかし、そのせいで彼は背後に迫る本当の脅威を見逃してしまった。
(チャンスっ)
一瞬で気持ちを切り替えた桃弥は、馬頭目掛け駆け出した。
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